第38話 『夜道の先に』
イザヤ視点になります
ドロームの灯りが、だいぶ遠ざかった頃にはもう、空はすっかり夜の色に沈んでいた。
斜面都市の輪郭も、もう振り返らなければ見えない。
先を歩いているのだから、当然な話ではある。
前を向けば、そこには薄闇に覆われた黒く伸びる街道と、その両脇で風に揺れる草の影しかなかった。
遠くの景色は、何一つ見えない。
僕に見えているのは、クルエルが掲げる松明に照らされた橙色の地面。
それから、前を歩くクルエルの背中と、僕の隣を歩くティエラの横顔くらいだった。
「ねぇ」
横を歩くティエラが、クルエルに声を投げた。
「私たち今、どこに向かっているの?」
クルエルが答えるより先に、僕が答えた。
「クルエルの知り合いが、村長をやっている村に行くんだとさ」
「ふーん。じゃあ、その後は?」
そこでクルエルが、ティエラに言う。
「最終的に向かうのは、イミタシオンという国だ。ここからさらに東へ進めば、いずれ見えてくるだろう」
「イミタシオン?」
ティエラは小さく首を傾げた。
聞いたことない国なのだろう。
彼女も僕と同じで、この世界についてはあまり詳しくないのかもしれない。
その証拠に、今の彼女は頭の上に小さな『?』でも浮かべていそうな、なんとも言えない難しい顔をしていた。
「オジサン? 私、そんな国知らないんだけど」
クルエルは、すぐには返さなかった。
数秒の沈黙が落ち、それから低く呟くのだ。
「ティエラ」
「なに?」
「俺はおじさんじゃない。クルエルと、そう呼べ」
「はい。ごめんなさい」
その返しに、クルエルは小さく息を吐いた。
「実は八年前。俺が二十歳の時に改称したんだ。元々は、クレシミルと呼ばれる大きな国でな」
その国の名を聞いた瞬間、ティエラの頭上から小さな『?』が消えたのが分かった。
僕なんかより、彼女は外の世界に詳しいようだ。
「なるほどね。道理で私が知らないわけだわ」
そう言って、彼女は納得したように何度か頷いた。
「ありがとうクルエル! 教えてくれて」
僕はただ、二人の話を遮らないように黙って耳を傾けていた。
外の世界について、僕はまだ何も知らないから。
ベルクレアの外に出たのだって、ついこの間が初めてだ。
イミタシオンもクレシミルも、名前すら聞いたことがない
――けど。
僕にも一つだけ、単純に気になる疑問が浮かんだ。
「なぁクルエル」
「なんだイザヤ」
「ベルクレアとイミタシオンだったら、どっちのほうが国として大きいんだ?」
クルエルは迷わなかった。
躊躇うことなく、すでに答えが決まっていたかのように言葉を返してくる。
「そりゃ、ベルクレアだろうな」
「そんなに違うか?」
「あぁ。なんてたってベルクレアは、《始まりの国》とも呼ばれるくらいだからな。規模も歴史も、そこらの国とは比べものにならん」
《始まりの国》
自分が生まれ育った場所だというのに、その呼び名はどこか、遠い国のものみたいに聞こえた。
そもそもそんな言葉、お伽話の中でだって聞いたことないんだが。
「そんなことよりお前ら、あそこを見てみろ」
そう言って、クルエルは奥を指差した。
僕たちは、クルエルが指差す方向をじっと見つめた。
すると暗闇の向こう側に、小さな灯りがともっているのが視界に入った。
「もしかして、村か?」
「ほんとね。あれは村だわ」
僕たちの声に、クルエルが小さく頷く。
「あれはセロ村だ。今夜はあそこで休むつもりでいる」
その言葉を聞いた途端、張っていた肩の力が少しだけ抜けた。
何もない暗闇の中で、進むべき道を示してくれているような、あのオレンジ色の灯りは、どうしてこうも人を安心させるのだろうか。
そんなことを思いながら、僕は一度息を吐き、クルエルの背中を追うように再び歩き出した。
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