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灰雪のベルクレア  作者: ラッキー高校生
旅立ち編②
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第38話 『夜道の先に』

 

 ドロームの灯りが、だいぶ遠ざかった頃。

 空はすっかり夜の色に沈んでいた。


 斜面都市の輪郭も、もう振り返らなければ見えない。

 先を歩いているのだから、当然な話ではあるのだが。


 前を向けば、そこには薄闇に覆われた黒く伸びる街道と、その両脇で風に揺れる草の影しかなかった。


 遠くの景色は、何ひとつ見えない。


 僕に見えているのは、クルエルが掲げる松明に照らされた橙色の地面。

 それから、前を歩くクルエルの背中と、僕の隣を歩くティエラの横顔くらいだった。


 夜風が草を撫で、『サワサワッ』と擦れる音が、道の両脇からまとわりついてくる。

 昼間なら何でもない草原も、暗闇の中では、それだけで何かが潜んでいるように思えた。


「.....すぅ」


(夜道の空気、案外うまいな...)


「ねぇ」


 横を歩くティエラが、前を歩くクルエルに声を投げた。


「私たち今、何処に向かっているの?」


 クルエルが口を開くより先に、僕が口を開く。僕はすでに、クルエルから行き先を教えてもらっているんだ。


「クルエルの知り合いが、村長をやっている村に行くんだとさ」


「ふーん...」


 ティエラは軽く言葉を返し、それからすぐに次の疑問を投げ掛けた。


「じゃあ、その後は?」


 すると会話の中に、クルエルが静かに入ってくる。


「最終的に向かうのは、イミタシオンという国だ。此処からさらに東へ進めば、いずれ見えてくるだろう」


「イミタシオン?」


 ティエラは小さく首を傾げた。

 本当に聞いたことない国なのだろう。


 彼女も僕と同じで、この世界についてはあまり詳しくないのかもしれない。

 その証拠に、今の彼女は頭の上に小さな『?』でも浮かべていそうな、なんとも言えない難しい顔をしていた。


「オジサン? 私、そんな国知らないのだけれど」


 クルエルは、すぐには返さなかった。

 数秒の沈黙が落ち、それから低く呟く。


「...ティエラ」


「なに?」


「俺はおじさんじゃない。クルエルと、そう呼べ」


「はい。ごめんなさい」


 とたん、クルエルは小さく息を吐いた。


「実は八年前。俺が二十歳の時に改称したんだ。元々は、クレシミルと呼ばれる大きな国でな」


 その国の名を聞いた瞬間、ティエラの頭上から小さな『?』が消えたのが分かった。

 僕なんかより、彼女は外の世界に詳しいようだ。


「なるほどね。道理で私が知らないわけだわ」


 納得したように何度か頷き、すぐに明るく言葉を続ける。


「ありがとうクルエル! 教えてくれて」


 僕は、二人の話を遮らないよう黙って耳を傾けていた。

 外の世界について、僕はまだ何も知らないから。


 ベルクレアの外に出たのだって、ついこの間が初めてだ。イミタシオンもクレシミルも、名前すら聞いたことがない


          ――けど。


 僕にも一つだけ、単純に気になる疑問が浮かんだ。

 そんな素朴な疑問をクルエルに投げ掛けた。


「なぁ、クルエル」


「なんだイザヤ」


「ベルクレアとイミタシオンって、どっちのほうが国として大きいんだ?」


 クルエルは迷わなかった。躊躇うことなく、すでに答えが決まっていたかのように言葉を返してくる。


「そりゃ、ベルクレアだろうな」


「そんなに違うか?」


「あぁ。なんてたってベルクレアは、《始まりの国》とも呼ばれるくらいだからな。規模も歴史も、そこらの国とは比べものにならん」


 《始まりの国》


 自分が生まれ育った場所だというのに、その呼び名は何処か、遠い国のものみたいに聞こえた。

 そもそもそんな言葉、お伽話の中でだって聞いたことがないんだが。


 クルエルは、松明を少し持ち直しながら続ける。


「イザヤ。お前は金貨や銀貨、銅貨の別の呼び名を知っているか?」


「いや、知らない」


 日常で使うことはあっても、そんなものに別の名前があるとは思ってもみなかった。


 というか、必要ないんじゃないのか?


 誰もが『雑草』としか呼ばない道端の草に、いちいち大層な名がついているのと同じじゃんか。


「そうか」


「.....」


「金貨を『ベル』。銀貨を『クレア』。銅貨を『ラーメ』と呼ぶ。それが、この世界での共通の呼び名だ」


「ベル...クレア?」


「そうだ。ベルクレアの名が硬貨に残っている。どれだけ古くから影響力を持っていた国か、それだけでも、お前にだって分かるだろ?」


「じゃあ、『ラーメ』は?」


「それは俺も知らん。恐らくだが、途中で面倒になった誰かが捨て鉢に命名したんだろう」


「嘘だろ!? そんな適当なことあるかよ」


 僕は思わず笑ってしまった。

 クルエルにも、一応知らないことってあるんだなと。

 そう思ったのだ。


「でも、また一つ勉強になったよ。クルエル」


「それは何よりだ」


 僕とクルエルの会話がひと区切りつくのを待っていたのか、ティエラがこちらへ少し身を寄せる。


「ねぇイザヤ。あなた、ベルクレアの生まれなの?」


「そうだけど。なんで急に?」


「結構、良いところに住んでたのね」


「.....」


 ベルクレアは、外から見れば恵まれた国に見える。

 それはきっと、間違いないだろう。


 クルエルだって、同じようなことを僕に言ってきたくらいだ。それに、此処(ベルクレア)を訪れる旅人が『なんて綺麗な国だ』と、誰もが口を揃えるような場所なのだから。


「言っとくがな、ティエラ! 生まれだけ見りゃ勝ち組かもしれねぇけどよ、育ちは負け組なんだ!」


 僕がそう言い放つと、ティエラは負けじと噛みつくように言葉を返してくる。


「私だって、生まれだけ見れば勝ち組かもしれないけど、育ちは負け組よ!」


「なんで?」


「毎日毎日、常に誰かと比べられて、評価されるからよ! そういう環境で育つのも、それなりに息が詰まるのよ」


「でも、飯には困らないだろ?」


「.....」


「何不自由なく食えるなら、それだけで十分恵まれてるよ。俺なんて、盗みでもしなきゃ食い繋げない時期があったんだから」


「それとこれとは話が――」


 ティエラがそう言い掛けたところで、しょうもないことで言い争う僕たちの熱を冷ますように声が割り込んだ。


「お前らぁ!」


 そんな低い声が、夜道に落ちた。僕とティエラは『ハッ』と我に返り、同時に口を閉じる。


「うるさいぞ」


 前を見据えたまま、クルエルが静かに言う。


「ただでさえ暗くて視界が悪いってのに、耳まで聞こえなくしてどうする。今この場に敵がいたら、お前たちは死ぬ可能性だってあるんだぞ」


「.....」

「.....」


 そうして、風が草を揺らす音だけが残った。


 自分たちの声が消えた途端、さっきまでただの夜風に聞こえていたそれが、急に不気味に思えてくる。


「それに、奥を見てみろ」


 僕とティエラは、クルエルが指差す方向をじっと見つめた。すると暗闇の向こう側に、小さな灯りがともっているのが視界に入った。


「もしかして、村?」


 僕の声に、クルエルが小さく頷く。


「セロ村だ。今夜は、あそこで休むつもりだ」


 その言葉を聞いた途端、張っていた肩の力が少しだけ抜けた。


 何もない暗闇の中で、進むべき道を示してくれているような、あのオレンジ色の灯りは、どうしてこうも人を安心させるのだろうか。


 そんなことを考えながら、僕は一度息を吐き、クルエルの背中を追うように再び歩き出した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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