第35話 『Eクラス』
Eクラスへの廊下は長かった。
磨き上げられた床に、三人分の足音が響く。
シエロの足音には一切の乱れがない。
レストは首飾りを指で弄びながら、鉛のように重い俺の足取りに合わせ、あえてゆっくりと歩いてくれていた。
がしゃり。がしゃり。
白い壁と高い窓が続くこの明るい廊下では、自分の足音だけが酷く異物のように聞こえる。
やはり、どんな場所へ出ても、この足音はどこにも似合わない。
俺の居場所は、あの暗い地下牢の中だけなのだと...そう思い知らされている気がした。
やがてシエロは、一つの大きな両開きの扉の前で足を止めた。
「ここが、Eクラスだ」
そう言って、彼女は力強く扉を押し開ける。その教室の中は、俺が想像していたのとはまるで違っていた。
(なんて広さだ...)
まずそう思った。
高い天井から、黒い鉄細工のシャンデリアが吊られていた。そして壁には、尖ったアーチ型の窓が並び、白い朝の光が斜めに床へと落ちていた。
奥には大きな書棚があり、古い本が隙間なく収められている。机は一つひとつが重厚で、椅子の背には扇のように広がる見事な装飾が入っていた。
ずいぶんと、良い生活をしてやがるな。
金のある奴らは、こんな華やかな場所で日々を過ごし、騎士になるための作法を学んでいるというのか。
そんな事を考えていると、教室の中にいる生徒たちが、こちらへ視線を向けてきた。
見渡して見れば、背の低い少年に、まだ幼さの残る華奢な少女。俺と同じくらいの背丈の奴もいる。
教室内にいる生徒たちは、年齢がバラバラだった。
「なぁウェイン。思ったより、ガキ多くねぇか?」
その言葉に、シエロが鋭い視線を向けると、レストはおどけたように舌を出した。
その後俺たちは、シエロの後に続き、教卓の横へと向かった。そしてシエロは、『パンッ! パンッ!』と手を打ち鳴らすのだ。
「全員、前を向けっ!」
すると教室の視線が、教卓へと集まり始める。
そして彼女は、俺とレストを指で示した。
「今日からEクラスに加わる仲間だ。名はウェインとレスト。それぞれ事情はあるが、この教室に入った以上、お前たちと同じ騎士候補生だ」
そう言われ、小さなざわめきが火の粉ように『パチッ、パチッ』と教室内に湧き始める。
当然。それが普通の反応だ。
声も出せない、機骸という化けの皮を被った異物が、同じ騎士候補生だなんて誰が納得するものか。
それに、俺の隣には何を考えているのか全く読めない金髪の男。人に金をたかり、挙句の果てに殺しまでやってのけるイカれ野郎だ。
俺たちが普通の編入生ではないことなど、灰色の雪に落ちる血のように、誰の目にも明らかだろう。
そのとき、シエロが『パンッ!』と短く手を叩き、そのざわめきを一息に吸い込んだ。
「お前たち、勘違いするなよ」
先ほどよりも少し硬い声で、シエロは言う。
「お前たちがこの学校に入学してから、まだ二十日ほどしか経っていない。たったの二十日だぞ」
その言葉に、何人かの生徒が気まずそうに目を逸らし始める。
「つまり何が言いたいかというと、お前たちが先輩面をするには早すぎるということだ。コイツらは、お前たちと同じ横並びのクラスメイト。冷ややかな目で見ず、仲良くしてやってくれ」
その言葉で、教室の空気が少しだけ引き締まった。
その後シエロは、俺たちのほうに体を向けて、この学校の説明をしてくれた。
「この学校は、十二歳から入学できる。二十五歳までなら、金さえ払えば誰でも入学可能だ。だが、『刻印者』や騎士に素質を見込まれた者は、お金が全額免除されるんだ。まさに、お前たちがそうだ。国として、優秀な人材を確保するためだ」
『刻印者』と『無刻印者』――金持ちと貧乏人のように、この国では、それらもまた人を分ける条件の一つになり得るのか...。
シエロは少し間を置いてから、再び語り始める。
「十五歳以上で入学した者は、基本的に二年間の訓練と座学を受け、卒業後は第〇〇騎士隊・第三班へと配属される。だが、卒業できなければ当然留年になるがな」
そう言われ、レストが「へぇ」と小さく笑った。
しかし、気にする事なくシエロは言葉を続ける。
「......お前たちにはもう関係ない話だが、十二歳から十四歳で入学した者は、卒業後、十七歳になるまで見習い騎士として従事してもらうことになる。だが、これも成績次第で変わるんだ。実力のある奴は、十四歳だろうと表で活躍することができる」
そう言って、シエロは教室を『サッ』と見渡した。
「年齢も出自も......刻印の有無も、この学校では条件の一つにすぎない。最後に問われるのは、二年後『騎士として立てるかどうか』...ただそれだけだ。この二年間、お前たちがどれだけ努力を重ねるかで、結果は大きく変わるだろう。話は以上だ」
そうしてシエロは俺たちに、手の甲を軽く振って席を示した。
「空いている席に座れ。授業はすでに始まっている。たった数十日ではあるが、遅れた分は自分らで何とかするように。私に聞くんじゃないぞ」
レストは軽い足取りで、うなじの辺りを掻きながら空席へと向かっていく。
「はいはい......鉄仮面女さん」
「返事は一回でいい」
「はいそうですかぁ」
そんなやり取りを横目で見ながら、俺も教室の奥へと歩き出す。
がしゃり。がしゃり。
機骸の足音が、静かな教室に響いた
――だが。
誰も俺を笑おうとはしなかった。
目を逸らそうとする者もいなかった。
警戒というより、純粋な好奇心から、俺という異物をただ見ているようだった。
「.....」
窓から差し込む朝の光が、机の縁を白く照らしている。
その光の中に、細かな埃が回るように浮かんでいた。
そして俺は、空いている席へと座った。誰とも言葉を交わせないまま、ただ一つのことだけを考えていた。
(これから、俺はどうなるのだろうか......)
国王の『犬』として、コイツらと同じように、敷かれたレールの上で騎士人生を終えるのか?
それとも、イザヤを捕まえることなど放棄して、アイツと同じ壁の外へと逃げ出すのか?
そもそも、この学校を卒業なんてできずに、留年を繰り返して退屈な人生を終えるのか?
その答えは、まだどこにもなかった
――だが。
再び地下牢の外へ出られたことで、『選択肢』が広がったのは確かだ。
いずれにせよ、今は足掻いて力をつけるしかない。
俺はこの二年間。死に物狂いで、この機骸の身体を使いこなすために生きてみせると。そう誓った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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