第33話 『金髪のレスト』
地下牢から外へ出ると、ベルクレアの街は朝の光を受けて白く輝いていた。
雪は全て溶けており、石畳の隙間にも木々の上にも冬の名残は姿を消していた。
商人が店の戸を開け、荷車が通り、遠くで鐘が鳴る
――ごくありふれた、朝の風景。
だが俺を含めた六人の罪人が騎士団長に連れられて歩けば、澄み切った街の空気は重苦しい気配を纏い出す。
通行人たちは足を止めては声を潜め、露店の女は果物を並べる手を止め、子どもは怯えたように母親の背後に隠れ出す。
とくに俺へ向けられる視線は、『人間』に対するものではなく、得体の知れない『異物』を捉えるような、冷たく白けたものばかりだった。
がしゃり。がしゃり。
(なんでだよ...クソっ......)
頭の中でそう毒づきながらも、必死に歩いた。
けれど俺の足音は、穏やかな朝の石畳に、お世辞にも似合っているとは言えなかった。
列の歩幅は、自然と俺のペースに合わせられていた。
身体が鉛のように重く、走るどころか速く歩くことさえ難しいということを、先導するブレイブたちが理解してくれているのだろう。
それでも俺は、その気遣いに応えるためではなく、ただ周囲の白けた視線から一秒でも早く逃れる為だけに、一心不乱に足を動かしていた
――そのとき。
背後から『トントンッ』と肩を叩かれた。
重い首を巡らせて振り返ると、金髪の男が薄く笑みを浮かべていた。
歳と身長は俺と同じくらいで、首にはガラの悪そうな古びた銀の首飾りを付けている。
深い霧に覆われたような目で、何を考えているのか全く分からない奴だった。
そんな男は声を落として、『ボソッ』と呟くように問いかけてくる。
「お前、名前は?」
俺は少しだけ間を置いた。声が出せるなら、間髪入れずに言葉を返していたんだが。
ややあって、俺は重い黒鉄の腕を震わせながら持ち上げ、人差し指に力を込めて砂鉄を作り出した。
その際、俺の首筋の青い『印』が機骸の奥で微かに熱を持ち、灯ったのを感じた。
小さな文字を作る程度の消費だから、光は薄いが。
直後、黒い砂粒が空中で短い文字を描く。
『ウェイン』
すると金髪の男は、興味深げに目を細めた。
「へぇー。ウェインはそうやって喋るのかぁ」
俺は答えなかった。こんな奴のために、必要以上に力を食い潰す必要なんてないからだ。
その男はさらに声を潜めて、俺の耳元へ顔を寄せるように呟く。
「なぁ、ウェイン...♪」
「お前、なんで夜中に来た奴と逃げなかったんだ?」
コイツの言葉で、俺の足は過冷却された水のように一瞬で凍りついた。
その瞬間、列の流れが『ピタッ』と止まった。
そして、機骸のやかましい足音が消えたことで、周囲の誰もが振り返った。当然、前を歩く四人の罪人たちや、先頭を行くブレイブたちもだ。
(......見ていたのかっ!)
動かなくなった足とは対照的に、僕の胸の奥を冷たいものが『スッ』と撫でるように走った。
あの夜、イザヤが俺の牢へ来たことを、コイツに知られていたのか。
もしこの男がそれを口にすればどうなるか。
そんなことは分かりきっている。
一番知られてはいけないブレイブに知られれば。
それが王の耳にまで届けば。
アイツの逃亡に、俺が関わっていたとバレれば。
喉がないはずなのに、どういうわけか息が詰まった。
「どうした、ウェイン」
前方からブレイブの鋭い問いかけが飛んできた。
その声に、金髪の男が元の軽い調子で言葉を返す。
「いーや、なんもありません」
ブレイブは、そんな彼の言葉を冷淡に受け流し、俺の顔だけを真っ直ぐに見据えていた。
「お前には聞いていない。いちいち口を挟むな」
地を這うような、とても低い声。
周囲の人たちを、余計に混乱させないためだろう。
「ウェイン、どうした」
俺は数拍動けなかった。けれど、ここで黙り込めば余計に不自然だ。
そこで俺は、再び砂鉄を作り、空中に文字を書いた。
『なにも』
ブレイブはしばらく、空中に浮かんだその文字をじっと見つめていた。そして数秒の張り詰めた沈黙の後、小さく首を縦に振った。
「そうか、ならいい。だが、謂れのない謗りを受けたのなら、遠慮なく申し出ろ」
そうして列は、再び動き出した。
金髪の男は、何食わぬ顔で俺の隣に戻ってくる。
「わりぃな。驚かせちまったか?」
俺は首を動かさず、横目だけで鋭く彼を睨みつけた。
だがこの男は、少しも悪びれることなく、薄気味悪く笑っているのだ。
「俺の名はレスト」
コイツはそう名乗って、自身の首飾りを指で『ピンッ』と弾いた。
「仲良くしようぜ、ウェインっ!」
(なんなんだコイツは......俺が怖くないのか?)
俺は何も書かなかった。
ただ前だけを向いて、必死に歩き続けた。
しかしレストは、手を頭の後ろで組み、俺の拒絶などお構いなしに話を続けてくる。
「ちなみに、ウェインはなんで捕まったんだ?」
(めんどくせぇ奴...)
『ぬすみだ』
するとレストは、あっけらかんと笑い出した。
そして、自身の胸を人差し指で示しながら言うのだ。
「俺のも聞きたいだろぉ?」
別に一ミリも聞きたくはなかった。
だがレストは、勝手に理由を述べてきた。
しかも、周囲の人間に聞こえるほどのデカい声で。
「殺しだ」
すると、周囲の空気が少しだけ硬くなった。
コイツは空気の読めないバカ野郎だ。
この状況で、声を大にして言うことではないだろ。
「といっても、故意じゃねぇよ。過失だよ、過失」
(なんて軽い声で言いやがる...)
人を殺したというのに、その声色に反省の色一つ感じない。ていうか、盗みよりも殺しのほうが、どう考えても重罪じゃないのか。
なのに、なんで人殺しのコイツが五体満足で、盗んだだけの俺がこんな姿にされてんだよ。
俺は、胸の内でそう毒を吐いた。
「街でよぉ、金持ってそうな奴に路地裏でたかってたら、ついな。手加減したつもりだったんだが、相手には少々効きすぎたらしい」
そう言って、彼は悪びれた様子もなく肩をすくめた。
そして、俺の沈黙を気にした様子もなく突然笑い出す。
「俺はつい殺しちまったけどよぉ、目的の本質は同じだったわけだし、俺たち仲良くできそうだろ?」
できるわけがないだろ。
人を殺して平然としているような奴となんて。
そう突き放そうとしたが、俺にそんな気力はなかった。
コイツに関わるだけ無駄だからだ。
そのとき、ブレイブが前方で足を止めた。
「私語はそこまでだ」
ブレイブは振り返り、俺たち六人を害虫でも見るかのような凍てつく目で見渡してきた。
「見ろ。ここが――ベルクレア騎士養成学校だ」
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