第32話 『六人の罪人』
ウェイン視点になります。
イザヤが魔物と戦っていたその朝
ベルクレアでは――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は国王の前から去ったあと、再び地下牢で次の指示を待っていた。以前の俺なら、誰かに何かを言われる前に勝手に自分のしたいことをしたい時にやっていたが.......今はそれが叶わない。
俺がぶち込まれた最下層の牢には、昨日までとは違う異様な空気が漂っていた。陽の光すら届かない地の底だというのに、何故か希望に満ち溢れている。
おそらくイザヤが脱獄したことで、ここにいる罪人たちに『外へ出る』チャンスが巡ってきたからだろう。
といっても、俺からしてみれば、それはチャンスというより仕方なく選ばざるを得なかった最悪の選択なんだがな。
ただ周囲の罪人の空気が変わったというだけで、石床の冷たさも壁に染み込んだ湿気も、地下特有の古びた埃の匂いも何一つ変わっていない。
この場所は、いつだって同じ嫌な匂いがする。
俺以外には罪人が五人。先日、ブレイブは『お前たち六人』といっていたから。
おそらく男が二人に、女が三人だろう。
周りの奴らは、誰一人会話を交わそうとはしない。
ブレイブは、俺たち六人が【刻印持ち】と言っていた。その単語に聞き馴染みはないが、手練れだということは話の流れ的に理解できる。
にしても、イザヤはなんでこの階に囚われていなかったんだ。まぁ、おおよその見当はつくが。
アイツは常に手袋をして、手の甲の『印』を隠していたから、誰にもバレなかったんだろう。
「.....」
(疲れた...なんで俺だけ......)
そう思った途端、気が滅入ってしまった。
壁際に座り込み、だらりと垂らした黒鉄の腕を膝の上に置いた。機骸に変えられた身体は、ただじっとしていても鉛のように重く、立ち上がるだけで金属音が鳴り、少し動くだけで、壁越しなのに周囲の視線がこちらに向いているように感じる。
『騎士学校へ通い、騎士になれ』
そんな王の声が『ジーン』と耳の奥で鳴り響く。
『イザヤを拘束して、この国へ連れ戻せ』
そんな言葉まで、俺の耳の奥で鳴り響いている。
俺にそんなことができるのか。第一、イザヤに再会したとして、この状況をどう説明するんだ。
声を出せないというのに、砂鉄だけでは全てを伝えられないんじゃないのか。
そんな不安ばかりが脳裏を過り、俺は石床に散った細かな鉄粉をぼんやりと見つめていた。
イザヤは俺に『戻る』と言った...そんな気がする。
声には出していなかったが、アイツの真っ直ぐな瞳がそう語りかけていた。
単なる俺の思い込み、という可能性もあるが。
そんなことを考えていると、通路の奥から足音が2つ、俺の耳へと届いた
がしゃん、がしゃん。
カタッ、カタッ。
鉄格子の前に現れたのは、騎士団長のブレイブと騎士の装いをした女だった。
背は高く、長い髪は後ろで結ばれ、表情には余計な柔らかさがない。ブレイブの横に立っているということは、彼から深い信頼を得ているのだろう。
その女の目には、静かなる闘志が燃えていた。
ブレイブから感じる熱い闘志ではなく、見えない闘志。
本物の騎士なのかと疑いたくなるほどに、底が見えない人物のようだった。
「出ろ」
ブレイブは、俺たちに軽く命令した。
とても短い。だが、逆らえば殺される気がした。
俺たちは、それぞれの牢から外へ出された。
拘束はとても簡易なものだけで、逃げようと思えば、俺以外の奴らならすぐに走り出せたはずだ
――だが。
誰一人として逃げ出そうとはしなかった。
おそらく、俺が元の身体であったとしても逃げなかっただろう。可笑しなことに、この空間だけ何十倍もの重力で縛り付けられているのかと錯覚してしまうほどに、ひどく足が重たかったからだ。
それに、目の前にはブレイブと女。
そしてここは、ベルクレアの中心。
逃げるには、あまりにも壁が多すぎる。
しばらくして俺が立ち上がると、金属の脚が地下牢の中で鈍く鳴り響いた。
がしゃり、がしゃり。
俺が牢の扉から姿を見せると、五人のうち何人かがこちらに視線を向けてきた。その視線の中には、機骸に対する好奇心と警戒が入り混ざっているようだった。
俺の姿を見て、コイツらがどんなことを思っているのか。そんなこと考えても、正確なところは分からない。
だが今の俺にとって、そんな事どうだっていいんだ。
そうして俺たちは、この地下牢から抜けるため、ブレイブの背中について歩き始めた。
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