第31話 『夕暮れの門、旅の再開』
僕たちが館を出たとき、ティエラの姿はなかった。
朝早かったから、疲れて帰ったのかもしれない。
そう思い、クルエルに聞いてみた。
するとクルエルは、「すでに帰ったぞ」とだけ僕に言う。
やけにあっさりした返しで、その理由を教えてくれなかった。
ただ、クルエルも知らないだけかもしれないが。
「なぁクルエル。俺にとって、ベルクレア以外で初めての街なんだ。少しだけ、露店を見て回ってもいいか?」
「あぁ好きにしろ。だが一時間だけだ。暗くなる前にはここを立つ」
「クルエルはどうするんだ? 俺と一緒に回るのか?」
「なに言ってんだ。あたりまえだ」
そうして僕たちは、ドロームの露店が並ぶ通りを見て回ることとなった。
***
僕は露店を見ては吸い寄せられるように足を止めた。
焼いた根菜を見ては「すっげぇ」と声を漏らし、妙な形の工具を見ては「うわぁ、なんだこれ!」と声を上げて興味を示した。
クルエルは、そんな僕の姿を横目で見ながら、時々だけ口を挟んでくる。
それも、僕を叱るように...。
「あんま触るな! 売り物だぞっ!」
「こんくらい、別にいいじゃねぇか!」
「お前には、盗んだ過去があるだろ。
またやっても不思議じゃねぇんだ」
「失礼だな! 盗みはもう辞めたさ」
クルエルとのそんなやり取りが、かつてのウェインとの懐かしい記憶を彷彿とさせた。
そういや、長に『機骸』のこと聞くの忘れていたな。
けど、今さら館まで戻るわけにはいかないし。
そんなことを考えていると、視界に門が見えてきた。
空はもう夕暮れの終わり際。
僕の中で一泊したい気持ちは、勿論あった。
だが現実は、そう都合よくいかないものだ。
「一泊くらい、できねぇのかよ」
「泊まるだけの金がないんだ。我慢しろ。ここから少し歩いたところに、村がある。今日は、そこで一泊する」
「村!? 大丈夫なのかよ。そんなところで...」
「大丈夫だ。俺はその村の村長と交流がある。きっと、無料で泊めてもらえるさ」
それを聞いて僕は、『ガクッ』と肩を落とした。
にしてもこの男、色んな所で人脈を築いているのか。
北側の国を巡回しているという話は、本当だったのかもしれないな。
そんなことを思いながら、僕たちはそのまま門を抜けようとした
――そのときだ。
後ろから、甲高い声が僕たちの耳に飛び込んできた。
その声は、つい先ほど聞き馴染んだばかりの声。
「待ちなさぁぁーーーい!!」
僕たちは、反射的に声のする方角を振り返った。
するとそこには、石段を猛スピードで駆け下りてくる人がいた
――そう。ティエラだった。
先ほどとは違い、髪を後ろで束ねており、どう見てもどこかへ『出発』するような格好をしていた。
僕は肩で息をする彼女を見て、思わず目を丸くした。
「何で来たんだよ。ティエラ!」
「ついて行くのよ、あなたが心配なの」
彼女は息を整える間も惜しむように、そう口にした。
「なんでお前に心配されなきゃならねぇんだよ。外にはさっきみたいな魔物がいるかもしれないんだぞ!?」
「大丈夫よ! 危なくなったら、朝みたいにオジサンに助けて貰えばいいじゃない」
そう言われて、僕はクルエルに視線を向けた。
当のクルエルはそっぽを向いて、頭を掻きながら『面倒な奴が増えたなぁ』みたいな顔をしていた。
そんな表情を見た僕は、再び彼女に説得を試みた。
彼女が黙って聞いてくれるとは、思ってもいないが。
「クルエルの表情見てみろよ。面倒な奴が増えたみたいな顔をしてるじゃないか」
そう言うと、彼女は少しだけ頬を膨らませた。
「適当に解釈して話さないでよ! 私だって、強くなりたいもん」
クルエルは黙って、そんな僕たちのやり取りをじっと見つめていた
――そのとき。
風で彼女の袖口が揺れた。
その拍子に左二の腕に目をやると、青色の『印』が刻まれているのが、一瞬だけ見えた気がした。
それを見て僕は、すかさずクルエルへと目をやった。
するとクルエルもまた、間違いなく彼女の二の腕へと視線を向けていたのだ。
その表情を見ただけで、この男が瞬時に何かを判断し、考えを改めたことが分かった。
とたん、クルエルの口元にわずかな笑みが浮かんだ。
「俺はティエラが旅を共にすることに、反対はしない。一緒に行きたいというのなら、好きにすれば良い」
「なんで・・・「それに安心しろ。旅の道中、命は保証する。危なくなれば、さっきみたいに俺が助けてやるさ」
僕の言葉を遮るように、クルエルは言った。
僕は不快に思い、思わずクルエルを睨みつけた。
アリーシャに似てる彼女が傷つく姿を見たくないから、反対しているというのに。
どうやらその考えが、伝わってないみたいだった。
僕は溜まっていた疲れを全て吐き出すような、長い溜め息をついた。
「クルエルがそう言うんなら、別に良いんだけど...」
それ以外の言葉が出なかった。
クルエルが、命を保証してくれるというから。
クルエルは、僕の言葉に何も言わず、門の方へと歩き出していった。
ティエラは僕に満面の笑みを見せた後で、嬉しそうにクルエルを追いかけ、その横で一緒に歩き出す。
二人が何やら、楽しげに言葉を交わしながら歩いているのを見て、僕は呆気にとられてしまった。
彼女はアリーシャと外見が似ている。
けど性格なんてまるで違う
――なのに。
『クスッ』って笑う時に、少しだけ目が細くなる所が、妹と完璧に重なって見えた。
まるで、本物のアリーシャを見ているみたいだと。
そう錯覚してしまうほどに。
そんなことを思いながら、僕は二人を追うように足を動かした。
ふとドロームの街を振り返った時、斜面に築かれた街の門は、ゆっくりと閉まり始めていた。
そしてその向こう側に見えていたはずのベルクレアの城壁は、すでに僕たちの視界から姿を消していた。
僕たちの歩く方角には、どこまでも伸びる街道。
辺りを見渡せば、見たこともない広大な美しい景色。
とても開放感がある。
自由って、こんなにも生き生きとしていたのか。
僕は下唇を噛み締め、一度目を閉じた。
「.....っ!」
生まれた環境が最悪なら、人生も最悪で終わる。
あの冷たいベルクレアで育った僕は、砂金よりもひと握りの泥を掴む思いで投げやりに生きていた
――けれど。
それはただ、世界を知らなかっただけだ。
僕の知る常識なんて、この広すぎる世界の一部にすら満たなかった。
生まれた場所や出自のせいにして、自分の人生を諦めるなんてもったいない。
どうしようもなく辛いなら、逃げたっていいんだ。
ただ一歩、外の世界へ踏み出してみるだけでいい。
それだけで、世界はこんなにも広く、別の可能性が待っているのだと気づけるのだから。
現に今、隣には何を考えているのか分からないクルエル。
そして僕たちの前を、楽しそうに軽快と歩く青い髪の少女、ティエラがいる。
泥水を啜って生きてたあの頃、だれがこんな未来を想像できた。
こんな旅、僕が思い描いていた孤独で過酷な旅の始まりとは、だいぶかけ離れてしまっている
――けれど。
こんな旅の始まりも悪くないかもしれないと、先を歩くティエラの背中を見て、ほんの少し思ってしまった。
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