第30話 『長との対面』
次に目を覚ましたのは、心地よい火の気配を感じる広い部屋の中だった。
厚い石壁に高い天井。
寝かされていたのは簡素な長椅子で、お世辞にも寝心地が良いとは言えないが、牢獄の冷たい石床に比べれば天国のようだった。
「うっ! ここは...」
掠れた声で呟くと、近くにいたクルエルが振り向いた。
もしかするとクルエルは、僕が起きるのを、ずっと待ってくれていたのかもしれない。
「やっと起きたか。ここは長の館だ。もう陽がだいぶ傾いて、夕暮れ時といった所だろう。お前はここへ運び込まれてから、半日近く眠っていたんだ」
話を聞きながら、僕はゆっくりと上半身を起こした。
腹にはまだ鈍い痛みが残っているが、気絶する直前のあの凄まじい衝撃に比べれば、ずっとましだった。
直後、部屋の奥で「ごほんっ!」と、わざとらしいほど大きな咳払いが響いた。
声のした火床のそばを見れば、そこには小柄な老人が座っていた。
クルエルの言葉から察するに、この老人がドロームの長なのだろう。
その老人っ...長は一度姿勢を正してから、僕を真っ直ぐに見据えてきた。
「少年よ...」
その声には、門番たちと同じく石と鉄を思わせるような重厚さがあった。
それに加えて、年長者特有の温かみも。
「竜との戦い、大義であった」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
記憶では、竜の尾に吹き飛ばされ、徐々に意識が遠のいていくところで途切れていたからだ。
「単刀直入に言おう。この街でお主が起こした問題行動は、すべて不問とする」
「えっ?」
僕は思わず、目を瞬かせた。
分からない。どうして。
僕は結局、あの竜を仕留めきれなかったはずだ。
それなのに不問だなんて。
たしかに、酒場でドワーフの住人をド突いたことを、水に流してもらえるのは嬉しいが。
でも...。
困惑する僕を見てか、クルエルが軽く肩をすくめた。
「お前が気絶した後、俺がトドメを刺しておいた。命は保証すると、最初から言っていたからな」
(やっぱり...)
あの時、剣を投げていたのは夢じゃなかったのか。
戦う前は「倒してやる!」なんて息巻いていたのに。
情けなくて、声すら出なかった。
そして僕は、思わず視線を落としてしまった。
自分の実力不足が、悔しくて堪らない。
「だが、お前が必死に前へ出たことや、竜に最初の一太刀を入れたことも、ちゃんと長には話しておいた」
そう説明して、クルエルはどこか照れくさそうに、窓の外へ視線を逃がした。
「......それで、勘弁してもらえたんだ。お前の失敗も、戦った分だけ相殺ってわけだ」
「うむ。わしらドワーフは、逃げずに前へ出た者を頭ごなしに否定するほど、野蛮な種族ではない。少年は勇敢に戦った。わしは、その『誇り』を評価しているのだ」
「.....」
ベルクレアで、たぶん一生聞くことができない言葉。
この街は、罪を犯せば『機骸』に変えられるような、あんな冷たい街とは違う。
種族によって、これほどまでに価値観が違うのかと、自分の中の凝り固まった常識が崩れていった。
(なんだよ...。ドワーフって、ちゃんと誠実じゃないか)
僕は何も言えなかった。
ただこみ上げてくる涙を必死に堪えながら、深く深く頭を下げることしか。
ほんの少しして、僕は腕の布で乱暴に目を擦った。
「ごめんなさい。
それと、ありがとうございました!」
そう言うと、長は力強く頷いてくれた。
「うむっ!」
短い一言だった。
けれど、それだけで僕の『謝罪』と『感謝』が全て受け入れられたのだと。
胸の奥で静かに分かった気がした。
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