第二十九話 結界の内側
結界を抜けた瞬間、僕は思わず目を細めた
――視界が眩しい。
ただ明るいわけじゃない。見慣れないその空間は、光の在り方そのものが違っているようだった。
「なんだこれ。前が見えない...」
僕がそう呟き、目を瞑った
――次の瞬間。
目の奥の暗がりで、何かが赤く弾ける。とたん、灼けるような熱が正面から押し寄せてきた。
「熱っちぃ!」
「熱っー!」
何が起きたのか理解できないまま、僕とティエラはクルエルの腕にまとめて引っさらわれた。そしてそのまま、横へ放り投げられるように転がされた。どうやらクルエルは、結界特有の眩しさに耐性があるらしい。どれほどの場数を踏めばこんな動きができるのか。
直後、さっきまで僕たちが立っていた場所を凄まじい赤い炎が通り抜けていった。もしあそこに突っ立っていたら、僕たちは確実に死んでいただろう。それは、黒く焦げ付いた石床を見れば、鈍感な僕にでも嫌でも理解できることだった。
熱気が数拍遅れて頬を叩き、僕の息を詰まらせる。 とたん、呼吸が徐々に苦しくなっていくのを感じた。魔物が炎を吐いたことで、この空間の酸素を奪われているのだ。
やがて、白みかけていた視界が徐々に戻ると、僕たちを庇うようにクルエルが前に立っていた。
僕は咳き込みながら、彼の視線の先を追った。
その先にいたのは......
――赤い竜だった。
図鑑や御伽話に出てくるような、完全な成竜と比べれば小さいのかもしれない。それでも、天井の低い地下空間にいるには、十分すぎるほどの威圧感と大きさ。
鱗は赤銅色に光り、肩から背へかけては骨の突起が並び、口元からはまだ熱を残した白い息が細く漏れていた。
それを見て僕は、思わず声を落とした。
「......俺が、あれと戦うのか?」
冗談だろ...と続けて言いたかった。
けれど、クルエルの真剣な表情に、そんな冗談を受け取る余地がないように思えてしまった。
「そうだ。お前があの竜と戦うんだ」
僕の足は、生まれたての仔鹿のように震えていた。
魔物を見るのも初めてで、戦闘経験もない。それなのに、初めての相手が自分より数十倍も大きいドラゴンだなんて。
幾ら命が保証されているとはいえ、この魔物と戦って勝てる自信なんてない。
クルエルは、そんな僕の震えに気づいたのか、視線を竜に向けたまま少し柔らかい声で話を続けた。
「イザヤ、お前の初めて戦う相手が竜というのは、少し申し訳なく思ってる。正直いって、俺はもっと簡単な魔物だと思ってたんだ。でも一つ、お前にとって良い報せになるかは分からんが...あの竜は【刻印持ち】じゃない。図体はでかいが、癖を読めばお前でも絶対に倒せるだろう」
――【刻印持ち】?
その単語が、聞き慣れない音として僕の耳に引っかかった。かといって、クルエルに「刻印って何だよ....」なんて聞けば、怒られそうだ。なら、さりげなく質問の意図を掴ませないように聞いてみるか。
「さっきの炎は...その『刻印』とやらの力じゃないのか」
するとクルエルは、短く言葉を返す。
「違う。あれは、あいつの特性のようなものだ」
「...特性?」
「あぁそうだ。生まれつき持ってる獣の性質みたいなもんだ。喩えが悪いが、ドワーフの体が元から硬いように、あいつは火を吐くことが当たり前にできるんだ」
僕は、クルエルの説明を完全には理解できなかった。だが、それでも少しだけ安心した。
恐ろしいことに変わりはないが、特別な能力を使ってこないと分かれば、攻撃のパターンが読めるような気がしたから。
そしてクルエルは、僕の背を軽く押した。
「いけっ。危なかったら助けてやる」
そう呟いたクルエルの横で、ティエラは震えながら、大きな剣を抱えるように持っていた...というより、持たされているといったほうが正しいのかもしれないが。
そんなことを考えながら、僕は息を吐くように言葉を零す。
「倒してみせるっ...」
そうして僕は、一歩、また一歩と前へ歩きだす。正直怖いけれど、死なないと分かれば楽に戦える気がした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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