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灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
旅立ち編①
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第28話 『結界の内側』

 

 結界を抜けた瞬間、僕は思わず目を細めた。

 視界が眩しい。


 「なんだこれ。前が見えない...」


 僕がそう呟き、目を瞑った


         ――次の瞬間。


 目の奥の暗がりで、何かが赤く弾けた気がした。

 とたん、灼けるような熱が正面から押し寄せてくる。


「熱っちぃ!」

「熱っー!」


 何が起きたのか理解できないまま、僕とティエラはクルエルの腕にまとめて引っさらわれた。そしてそのまま、横へ放り投げられるように転がされる。


 やがて、白みかけていた視界が徐々に戻ると、僕たちを庇うようにクルエルが前に立っていた。

 僕は咳き込みながらも、彼の視線の先を追った。


 なんと、その先にいたのは......


        ――赤い竜だった。


 図鑑や御伽話に出てくるような、完全な成竜と比べれば小さいのかもしれない。それでも、天井の低い地下空間にいるには、十分すぎるほどの威圧感と大きさだ。


 鱗は赤銅色に光り、肩から背へかけては骨の突起が並び、口元からはまだ熱を残した白い息が細く漏れていた。


 それを見て僕は、思わず声を落としてしまった。


「......俺が、あれと戦うのか?」


 冗談だろ...と続けて言いたかった。

 

 けれど今のクルエルには、そんな冗談を受け取る余裕がないように思えた。

 クルエルは竜へと視線を向けたまま、僕に言葉を返す。


「そうだ。お前があの竜と戦うんだ」


 僕の足は、生まれたての仔鹿のように震えた。

 魔物を見るのも初めてで、戦闘経験もない。

 それなのに、初めての相手が自分より数十倍も大きいドラゴンだなんて。


 いくら命が保証されているとはいえ、この魔物と戦って勝てる自信なんてまるでなかった。


 クルエルは、そんな僕の震えに気づいたのか、視線を竜に向けたまま、少し柔らかい声で言葉を続ける。


「イザヤ、お前の初めて戦う相手が竜というのは、少し申し訳なく思ってる。正直いって、俺はもっと簡単な魔物だと思ってたんだ。でも一つ、お前にとって良い報せになるかは分からんが。あの竜は【刻印持ち】じゃない。図体はでかいが、癖を読めばお前でも絶対に倒せるはずだ」


 【刻印持ち】


 その単語が、聞き慣れない音として僕の耳に引っかかった。かといって、「刻印って何だよ....」なんて聞けるような状況ではなかった。


 (さりげなく聞いてみるか...)


「さっきの炎は、その『刻印』の力じゃないのか」


「違う。あれは、アイツの特性のようなものだ」


「特性?」


「あぁそうだ。生まれつき持ってる獣の性質みたいなもんだ。喩えが悪いが、ドワーフの体が元から硬いように、アイツは火を吐くことが当たり前にできるんだ」


 クルエルのその説明を完全には理解できなかった。

 だが、それでも少しだけ安心した。


 恐ろしいことに変わりはないが、特別な能力を使ってこないと分かれば、攻撃の癖が読めるような気がしたから。


 とたん、クルエルは僕の背後に回り込み、背中を軽く押してきた。


「いけイザヤ。危なくなったら助けてやる」


 そう言われ振り返ると、ティエラが震えながら、大きな剣を抱えるように持っていた。

 戦うのは僕だというのに、何を震えているんだか。


 そんなことを思いながら、僕は竜へと視線を戻し、息を吐くように言葉を零す。


「倒してみせるっ...」


 そうして僕は、一歩、また一歩と前へ歩きだす。正直怖いけれど、死なないと分かれば楽に戦える気がした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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