第27話 『結界について』
翌朝、僕はクルエルに起こされた。
あんなに準備しておけと言われたのに、僕はぐっすりと眠ってしまっていた。
「なにしてんだ。早く準備しろ」
そう言いながら、クルエルは牢の鍵を回した。
鉄格子が開くと同時に、僕は殴られた腹をさすりながら立ち上がった。
多少の痛みはまだ残っていたが、歩けないほどではなかった。
僕は牢から歩き出したところで、不思議そうにクルエルに問いかけた。
「この下に魔物がいると言っていたが、音一つ聞こえやしなかったぞ。どういうことだ?」
「お前が不思議に思うのも無理はない。この牢の下にいるとは言ったが、ただ野放しにされている訳じゃないんだ。その魔物は、ドワーフの戦士が張ったであろう結界の中に拘束されている」
「結界?」
「あぁそうだ。結界は、封じ込めたい相手を中に閉じ込めるための、バリアのようなもの。外側からは侵入できても、内側からは出られない。例えるなら、アリジゴクみたいなものだな」
「アリジゴク?」
「砂地にすり鉢みたいな穴を掘って、獲物が落ちるのを待つ虫だ。外から中へ落ちるのは簡単だが、いざ這い上がろうとすると、足元の砂が崩れて外へ出られない。あの結界もそれと同じ。入ることはできるが、一度内側に入れば、術者が解かない限り抜け出せないんだ」
「ふーん、そういうもんかぁ」
「といっても、結界には幾つか種類があるがな。なかには、力づくで内側から壊せるものもあれば、外側からの侵入さえ不可能で、どう足掻いても内側から壊せない結界も存在する」
そんな話をしながら、階段をさらに下へ下へと下っていくと、階段横の曲がり角に女の子らしき影が見えた。
(まさかな...)
そこまで近づき覗き込こむと、そこにはティエラが、剣を両手で持って立っていたのだ。
「なんでいるんだよ! 俺たちが、今からどこへ向かうのか知ってるだろ!?」
「心配だから、一緒についていくのよ」
呆れてしまった。
僕より体の細い彼女が、僕のことを心配するなんて。
「それ理由になってないだろ。仮に、お前がピンチになったらどうするんだ? どうせ見てるだけなら、足手まといに・・・「ならないわよ。私がピンチになったら、このオジサンに助けてもらえばいいじゃない」
(なるほど...)
最初から、クルエルに守ってもらう気でいたな。
でもまぁ、彼女がいようがいまいが、僕の実力が変わるわけでもないからいいんだけど。
そう思っていると、クルエルが僕たちに言ってくる。
「厄介者が一人増えたな。けど、危なきゃ二人ともしっかり守ってやる。約束だ」
「やったぁー!」
「その代わり、ティエラ。何があっても俺の横から離れるなよ。あと、イザヤの邪魔もな」
そう言って、クルエルは僕たちの前を再び歩き出す。
僕たちも、クルエルの背中を追って歩き出した。
「イザヤ、昨日の酒場のドワーフ最悪じゃなかった?」
唐突にそんなことを言うので、僕は思わず吹き出しそうになった。
今から僕は、初めて魔物と戦うというのに。
「なんでまた、いきなりそんな話するんだよ」
「だって聞いてよ。ドワーフって誠実で筋を通すって、子どもの頃から何回も聞かされてきたのよ。それなのに、昨日の態度はその真反対じゃないっ!」
「ドワーフってそんなふうに言われてるんだな。たしかに、昨日のドワーフからは誠実さなんて感じなかった」
「でしょー? 見た目はどっしりしてるくせに、やることがちっちゃいのよ。それに、別の卓に座ってたドワーフなんて、わざと足出してたし...」
そんなことしてたドワーフもいたのか。
もしかしたら、ティエラは足を引っ掛けられて...
てか、彼女はなぜあんなところで働いていたんだ?
「ティエラって、王族とか貴族の血筋だったか? それならなんで、この街の酒場で働いてるんだよ。ここは人間の街じゃなく、ドワーフたちの住む街だろ?」
僕の言葉で、ティエラの表情が一瞬だけ曇った。
もしかしたら、聞いたらマズイことだったのか?
そう思ったのだが――
ややあって、彼女は言い淀みながらも、つっかえつっかえの言葉で事情を話してくれた。
「私、実はね。前の生活に嫌気がさして...」
歩きながら視線を落とし、彼女は言葉を探すように、ゆっくりと紡いでいった。
「両親からすごく期待されて、優秀な兄弟たちとはいつも比較されて。それがすごく苦しくて、落ちこぼれの自分が嫌で...」
「それで家を飛び出したんだけど、運悪く魔物に襲われちゃって。もうダメだと思った時に、ここの人たちに助けてもらったの。その恩返しも兼ねて、ずっとあそこでお世話になってるってわけなの」
こんな彼女でも、僕と同じで悩みを抱えていたのか。
つい僕は、「その兄弟は強いのか?」と尋ねた。
「えぇもちろん。少なくとも私じゃ、どれだけ努力を重ねても勝てる気がしないわ。ほんと嫌になる! 自分の非力さに」
***
やがて僕たち三人は、石造りの広い空間へと辿り着く。
そこには、白色の大理石のような壁が立ちはだかっていた。
(これが結界か...)
けど僕は、その場にいて何も感じなかった。
話によると、この結界の奥に魔物がいるのだが。
中からは息遣い一つ聞こえてこない。
もしかして、すでに死んでるんじゃないのか?
とも思えるほどに。
クルエルは部屋を少し歩き、結界の近くまで寄って足を止めた。
そして僕とティエラのほうを振り返り、親指で結界のほうを指差した。
「心の準備ができたら、中に入るぞ」
その言葉を合図に、僕と彼女は小さく息を吐いた。
クルエルはそんな僕たちの様子を見て、やれやれ...と言わんばかりの、心底難しそうな顔をした。
「もういいか。お前たち」
「あぁ大丈夫だ」
「私も大丈夫よ」
そうして僕たちは、目の前の結界へと手をかざした。
するとその結界は、水に手を入れているみたいに淡く揺れはじめる。
「そんじゃ行くぞ!」
クルエルがそう告げ、僕たちは並んで、見えない結界の中へと足を踏み入れた。
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