第2話 『屋根の上の少年』
十二歳で覚えた盗みは年を追うごとに上達し、僕にとって、もはや仕事というよりも単なる作業だ。
そのせいか、最初に感じていた罪悪感というものは、僕の中ではほとんど無くなっていた。
盗みに慣れすぎたんだ。
繰り返していくうちに、自分のやっている行為が、さぞかし当たり前のように感じてきてしまう。
最初は、アリーシャの空腹を満たすために食べ物だけを狙っていた。
しかし次第に、売れば金になりそうなものへと手が伸び、ついには金貨や銀貨にも触れるようになった。
盗みは決して誇れることではなかったが
僕には盗みの才能があったんだ。
頭は良くないし、計画性もない。
だが足は速く、体の使い方が非常に上手かった。
自分で言うのもなんだが、猫のようだった。
***
十三歳の冬を前に、街では大市が開かれた。
収穫を終え、厳しい冬に備える前の祝祭。
通りには露店が並び、香辛料を煮た酒の匂いが漂い、旅芸人の音楽が響く。
そういう硬貨の入った巾着袋の紐が緩む夜は、僕のような盗人にとって稼ぎ時となる。
その夜、僕は屋根の上で足を止めた。
理由は単純。
少し離れた屋根の端に、誰かがいたから。
ソイツは、自分と同じ年頃に見える少年だった。
黒髪に冷えた目。
ベルクレアでは、滅多に見ない髪色。
一日のうちに一人か二人いるくらいだ。
そんなことを考えていると、その少年の周囲で、ありえないことが起きた。
下の通りにあった果物が、袋ごとふわりと浮き、露店の端に置かれていた硬貨入りの巾着が、見えない糸で引かれるように宙を滑った。
さらには、干し肉も、銀のスプーンも、金具つきの小箱までもが、次々と少年の手元へ吸い寄せられていったのだ。
「すっげぇー」
思わず口に出てしまった。
そこで僕は、咄嗟に口を覆った。
するとその少年が、『ピタッ』と動きを止め、鋭い眼光で僕のことを『ジッ』と睨みつけてきた。
なにやら警戒しているようだった。
もしかすると、初めて人に盗みを見られたのかもしれないと...そう思った。
僕はその少年に、自分と同じ『印』が見えたような気がした。
気のせいかもしれないが、襟元の影で、首筋に何か青い筋のようなものが一瞬だけ光ったのだ
――そのとき。
その少年が、僕に「見たな」と言ってきたのだ。
僕は咄嗟に声を掛けられたことで、すぐに声が出なかった。ここ数年、叔母さん、アリーシャとしか喋ることがなかったせいだ。
僕には、友達と呼べるような奴だって一人もいない。
それもあって、知らない奴とどう話せばいいのか分からなかった。
「...あ、え。いや...」
「騎士団の連中に報告するつもりか?」
そう言われ、僕は肩をすくめた。彼もまた、騎士団に怯えながら盗みをやっている身なのだと思ったから。
「言うわけないだろ。俺も盗んでるんだ」
「そうか。なら安心だ」
「お前、そういう力があるんだな」
「だったら何だ。誰かに言うのか?」
「いいや。ただカッコいいなって思っただけだ」
そう言うと、少年はわずかに眉を上げた。
褒め言葉を想定していなかったようだった。
僕はコイツが褒められると素直に喜ぶ、単純な奴だと思った。だから少し、揶揄ってみることにした。
「その力があれば、一生バレずに食っていけるだろ」
「それは、褒めてるのか?」
「あぁ。一応な」
「...ふっ。なんだそれ」
そこで初めて、少年はほんの少しだけ口元を緩めた。
そんな彼の表情をみて、初めて仲良くできる奴かもしれないと感じた。
それは、僕が一方的に思っているだけかもしれない。
それでも嬉しかった。まさか僕に、そんな人ができるなんて思ってもみなかったから。
「ウェインだ」
「ん? ウェイ・・・「俺の名前だ。お前は?」
「ウェインか! 俺はイザヤだ」
そんな会話をしていると、ベルクレアの夜風が、僕たちの間を抜けていった。
騎士団にも大人にも、誰にも見つからない屋根の上で。
僕は初めて、自分と同じ側に立っている、似たような『印』を持つ人間に会ったのだ。
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