表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
灰雪の少年編
3/5

第二話 屋根の上の少年

 

 十二歳で覚えた盗みは、年を追うごとに上達し、僕にとって、もはや仕事というよりも、単なる作業のような感覚となった。


 そのせいか、最初に感じていた罪悪感というものは、僕の中では、ほとんど無くなっていた。

 

  ーー盗みに慣れすぎたんだ。


 繰り返していくうちに、自分のやっている行為が、さぞかし当たり前のように感じてきてしまう。


 最初は、アリーシャの空腹を満たすために食べ物だけを狙っていた。本当なんだ。

 しかし、次第に、売れば金になりそうなものへと手が伸び、ついには、金貨や銀貨にも触れるようになった。


 盗みは決して誇れることではなかったが

 僕には盗みの才能があったんだ。


 頭は良くないし、計画性もない。

 だが、足が速く、体の使い方が非常にうまい。

 人混みの流れを読む感覚が鋭く、狭い場所を抜けるのが得意で、屋根の上を走らせれば、猫のようだった。


 僕にとって、煙突を越え、乾いた瓦を踏みしめながら颯爽と走るその感覚は、パルクールに近いのかもしれない。


 十三歳の冬を前に、街では大市が開かれた。


 収穫を終え、厳しい冬に備える前の祝祭。

 通りには露店が並び、香辛料を煮た酒の匂いが漂い、旅芸人の音楽が響く。

 そういう硬貨の入った巾着袋の紐が緩む夜は、僕のような盗人にとって稼ぎ時となる。


 その夜、僕は屋根の上で足を止めた。


 理由は単純。

 少し離れた屋根の端に、誰かがいた。

 そいつは、自分と同じ年頃に見える少年だった。

 黒髪で痩せた輪郭、そして妙に冷えた目。

 その少年は、普段から盗みをやってそうな見た目をしている。


 僕は、そんなことを考えていると、その少年の周囲で、ありえないことが起きたのを目の当たりにした。


 下の通りにあった果物が、袋ごとふわりと浮く。

 露店の端に置かれていた銅貨入りの巾着が、見えない糸で引かれるように宙を滑った。

 干し肉も、銀のスプーンも、金具つきの小箱までもが、次々と少年の手元へ吸い寄せられていくのだ。


「……すげえ」


 思わず口に出てしまった。


 その少年が、ぴたりと動きを止めると

 鋭い眼光で僕のことを睨みつけてきた。


 なにやら、警戒しているようだった。もしかすると、初めて人に盗みを見られたのかもしれない。と、そう思った。

 

 僕は、その少年を見ていると、自分とどこか似た『モノ』を感じた。気のせいかもしれないが、襟元の影で、首筋に何か青い筋のようなものが一瞬だけ光った気がしたのだ。


   ーーそのときだった。


 その少年が、僕に「見たな」と言ってきたのだ。


 低く乾いた声。


 僕はとっさに声を掛けられたことで、すぐに声が出なかった。ここ数年、叔母とアリーシャとしか喋ることがなかったせいだ。知らない奴と、どう話せばいいのか分からなかった。


「.....」


「騎士団の連中に報告するつもりか」


 そう言われ、僕は肩をすくめた。彼もまた、騎士団に怯えながら盗みをやっている身なのだと思ったから。


「言うわけないだろ。俺も盗んでる」


 すると、少年は僕を値踏みするみたいに見つめ、それからようやく警戒を少しだけ解いた。


「……そうか。なら安心だ」


「お前、そういう力があるんだな」


「だったら何だ。誰かに言うのか」


「いいや。カッコいいなって思っただけだ」


 そう言うと、少年はわずかに眉を上げた。

 彼は褒め言葉を想定していなかったようだった。


 僕は、こいつが褒められると素直に喜ぶ、単純なやつだと思い、からかってみようと思った。


「屋根の走り方も大したもんだな。

 自分を見てるかと思ったよ」


 少年は、疑うように聞いてきた。


「それは褒めてるのか?」


「半分な」


「なんだそれ」


 そこで初めて、少年はほんの少しだけ口元を緩めた。僕は、彼のそんな表情をみて、初めて仲良くできるかもしれない奴だと感じた。


 それは、僕が一方的に思っているだけかもしれない。

 けれど、嬉しかった。


「ウェインだ」


「ん?」


「俺の名前だ。お前は?」


「イザヤだ」


 そんな会話をしていると

 ベルクレアの夜風が、二人の間を抜けた。


 騎士団にも、大人にも、誰にも見つからない屋根の上で。

 僕は初めて、自分と同じ側に立っている、似た『モノ』を持つ人間に会ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ