表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
灰雪の少年編
2/5

第一話 母のいない冬

 ベルクレアは、冬が美しい国だった。


 幾重(いくえ)にも連なる外壁と高い石塔を持つ、北方の城塞(じょうさい)都市国家。

 雪の季節になれば、城壁は白く縁取られ、あたり一面を真っ白な世界に変えてしまう。


 旅人はその景色を見て、必ずこう言う。

   

    『なんて綺麗な国だ。』


 けれど、綺麗なものほど、見えなくなるものがある。空腹も、貧しさも、全て雪に埋もれてしまう。


 僕だって、小さい頃に両親と見た雪は、とても白くて綺麗だと思ってた。だけど、心が貧しくなるにつれて、ベルクレアに落ちる雪はくすんだ灰色にしか見えない。


   あんなに綺麗だったのにーー


 まるで、純粋だった僕の心が歳を重ねるにつれて、少しずつ汚れていくかのように。


 両親は、僕が五歳の頃に離婚した。

 正直、幼かった僕には、その理由がわからない。


 父が家を出て行ってから、母は気丈に振る舞っていた。幼かった僕と、まだ赤ん坊だったアリーシャを抱えて、それでも笑おうとしていたのだ。


 だが、三年後の冬。

 僕が八歳のとき、そんな母は死んだ。


 それはあまりにも唐突だった。


 誰かが家の戸を叩き、曖昧な言葉で告げてきたのだ。

「気の毒に」

「よくは知らんが」

「頑張ってね」

 そんな断片的な言葉ばかりで、大事なことは何一つ分からなかった。


 ただ一つ、時間が経つにつれて勘づくことがあった。それは、この家に母が帰ってこないということだった。


 その後、僕とアリーシャは叔母の家に引き取られた。最初は、母親を失くしたショックで、僕たちは立ち直れなかった。


 そんな叔母は、厳しい人ではあったが、冷たい人ではなかった。

 洗濯物を干したり、ご飯を用意してくれたりと、できる限りのことは、僕達にしてくれたんだ。


 ただ、叔母の家には余裕がなかったのだ。

 もともと楽ではない暮らしに、子どもが二人増えて、無理もない。

 食卓の上のパンは薄くなり、スープの具は根菜ばかり。

 僕たちが日々成長するにつれ、食べる量も増える。

 そのことが、たまらなく申し訳なかった。


「お兄ちゃん、わたし大丈夫だよ」

 アリーシャは、いつもそう言っていた。


 青い髪を肩で揺らしながら、まだ残っているはずの空腹を隠して笑っていたんだ。

 その笑顔を見るたび、僕は胸の奥を細い針で引っかかれるような気持ちになった。


 とある夜、僕が十二歳のときだった。

 その日、食卓の上にパンが一切れ残っていた。

 叔母は「もう食べたから」と嘘をつき、アリーシャもまた、「お腹いっぱい」とさらに嘘をついた。


 僕は二人に気を遣わせているのだと思い、申し訳なかった。だから、あんな事をしてしまったんだ。


 あれは雪のちらつく夜の日のことだ。

 僕は、露店の裏手に干し肉が吊るされているのを前から知っていた。

 また、店主が閉店後、すぐ片づけないことも。


 僕は震える指でそれを掴み、胸に抱えて走った。


 怖かった。

 見つかったらどうなってしまうのか。

 けれど、それ以上に、持ち帰ったときアリーシャが何か食べられることのほうが大事だと思ったんだ。


 路地裏で息を整え、冷たくなった指を見つめる。

 すると、手はかじかみ、指先は赤くなっていた。

 その中で、右手の甲にだけ、いつもと同じように薄く、消えないものがあった。

 僕は反射的に、よくそれを隠していた。なぜなら、僕の手の甲にしかなく、見られたらマズイものではないかと感じていたからだ。


 しばらくして、僕は家に戻り、干し肉を半分に割って差し出すと、アリーシャはじっと見つめてきた。


「……どこで手に入れたの?」


「うちの前に落ちてたんだよ」


 すぐにわかる嘘だった。

 それでも、アリーシャは何も言わず、肉を受け取って、小さく笑った。


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 その言葉がとても嬉しかった。


 感謝されたことで

 盗みがやめられなくなったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ