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灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
灰雪のベルクレア
1/6

プロローグ

 

 地下は酸素が薄く、呼吸がしづらい。

 もしかしたら、こんな所で僕は死ぬのか?


「.....最悪だ。.....クソっ!」


 小声でそんなことを言いながら、僕は、部屋の片隅で、膝を抱えて座っていた。


 まだ少年と呼ばれる年齢のはずなのに、ここ数日でずいぶん老け込んだ気がした。

 頬はこけ、目の下には薄い影が落ち、右手にはめた黒の指なし手袋だけが、妙にくっきりと映る。


 盗みなんて、最初は妹のためだった。

 少なくとも、そう思った。


 けれど、今となってそれが違うことに気づいた。

 腹を満たすために始めたのに、いつしか、それを楽しむようになっていた。というか、盗みが当たり前だと思い始めてたんだ。


 その報いが、これだ。


「......アリーシャ...」


 呼んだところで、返事があるわけもない。

 鉄格子の向こうは暗く、空も見えない。


 すると、廊下の奥から一つの足音が聞こえてきた。

 僕を捕らえた騎士団のやつだ。僕はまだ十五歳!

 それなのに、盗み一つで、どうしてこんな場所に閉じ込められなきゃいけないんだ......。


 僕は、近づいてくる騎士団員に声をかけた。もちろん、話の通じる相手じゃないということは理解しているつもりだ。

  

 「すみませーん。俺、まだ十五歳なんですけど――」


そう言ってみたが、返事はなかった。いや、それどころか、こちらに視線すら向けようとしない。


 「......」


 ただ、いつも通り食事を届けにくるだけだ。

 

 その騎士団員がこの場を去ってから、一時間ほどが過ぎた。


    ――そのときだった。


 廊下の奥から、重いものを引きずる音がする。


 ――がしゃり、がしゃり。


 鉄の足音だ。この足音がアリーシャのものじゃない、と言うのはすぐ理解した。とはいえ、人のものですらない。似てるところがあるとすれば、歩幅だけ。


 僕が顔を上げ、灯りの届かない通路の奥を眺めていると、ひとつの影がこちらに近づいてきてることに気づいた。

 だが、それが何なのか、まだわからなかった。


 そいつは、人の形をしているが、人とは到底呼べない外見をしている。


 片腕は黒鉄で置き換えられており、喉元には、何かを無理やり切り離したような酷い痕がある。

 そして、頬から首筋へと走る金属の継ぎ目。

 その首もとには、かつて何か別の線があったのだろうと思わせる、青黒い残滓(ざんさい)がかすかに沈んでいた。


 息をしているのかどうかすら怪しいほど静かな口元。けれど、瞳だけはちゃんと生きていた。


 それは、僕の知っている瞳だ。


 そいつは、鉄格子の前で歩くのを止め、かすかに震える指先を持ち上げた。すると、黒い砂のようなものが、床にこぼれ落ちた。


 ――『砂鉄』だ。


 その砂鉄は、意志を持っているみたいに床を()い、ゆっくりと文字を描きはじめる。


 やがて、床にひとつの言葉が浮かぶ。


 『久しぶりだな』


 僕は、彼の顔をよく見ながら尋ねた。


「......ウェイン、なのか?」


 機骸(きがい)は、答えられなかった。

 喉を潰されていたからだ。


 けれど、その瞳は確かに言っていた。


    ――間違えるな、と。


 お前の盗人(ぬすっと)相棒だった、あのウェインなのだと。


 しかし、この再会を前にして

 笑えばいいのか、泣けばいいのかわからなかった。

 つい先日まで、一緒に盗みをしてたんだぞ......信じられるわけがない。


 たけど、一つだけ確かなことがある。

 それは、僕たちの『物語』がまだ、この場所で終わっていないということだ。

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