プロローグ
地下は酸素が薄く、呼吸がしづらい。
もしかしたら、こんな所で僕は死ぬのか?
「.....最悪だ。.....クソっ!」
小声でそんなことを言いながら、僕は、部屋の片隅で、膝を抱えて座っていた。
まだ少年と呼ばれる年齢のはずなのに、ここ数日でずいぶん老け込んだ気がした。
頬はこけ、目の下には薄い影が落ち、右手にはめた黒の指なし手袋だけが、妙にくっきりと映る。
盗みなんて、最初は妹のためだった。
少なくとも、そう思った。
けれど、今となってそれが違うことに気づいた。
腹を満たすために始めたのに、いつしか、それを楽しむようになっていた。というか、盗みが当たり前だと思い始めてたんだ。
その報いが、これだ。
「......アリーシャ...」
呼んだところで、返事があるわけもない。
鉄格子の向こうは暗く、空も見えない。
すると、廊下の奥から一つの足音が聞こえてきた。
僕を捕らえた騎士団のやつだ。僕はまだ十五歳!
それなのに、盗み一つで、どうしてこんな場所に閉じ込められなきゃいけないんだ......。
僕は、近づいてくる騎士団員に声をかけた。もちろん、話の通じる相手じゃないということは理解しているつもりだ。
「すみませーん。俺、まだ十五歳なんですけど――」
そう言ってみたが、返事はなかった。いや、それどころか、こちらに視線すら向けようとしない。
「......」
ただ、いつも通り食事を届けにくるだけだ。
その騎士団員がこの場を去ってから、一時間ほどが過ぎた。
――そのときだった。
廊下の奥から、重いものを引きずる音がする。
――がしゃり、がしゃり。
鉄の足音だ。この足音がアリーシャのものじゃない、と言うのはすぐ理解した。とはいえ、人のものですらない。似てるところがあるとすれば、歩幅だけ。
僕が顔を上げ、灯りの届かない通路の奥を眺めていると、ひとつの影がこちらに近づいてきてることに気づいた。
だが、それが何なのか、まだわからなかった。
そいつは、人の形をしているが、人とは到底呼べない外見をしている。
片腕は黒鉄で置き換えられており、喉元には、何かを無理やり切り離したような酷い痕がある。
そして、頬から首筋へと走る金属の継ぎ目。
その首もとには、かつて何か別の線があったのだろうと思わせる、青黒い残滓がかすかに沈んでいた。
息をしているのかどうかすら怪しいほど静かな口元。けれど、瞳だけはちゃんと生きていた。
それは、僕の知っている瞳だ。
そいつは、鉄格子の前で歩くのを止め、かすかに震える指先を持ち上げた。すると、黒い砂のようなものが、床にこぼれ落ちた。
――『砂鉄』だ。
その砂鉄は、意志を持っているみたいに床を這い、ゆっくりと文字を描きはじめる。
やがて、床にひとつの言葉が浮かぶ。
『久しぶりだな』
僕は、彼の顔をよく見ながら尋ねた。
「......ウェイン、なのか?」
機骸は、答えられなかった。
喉を潰されていたからだ。
けれど、その瞳は確かに言っていた。
――間違えるな、と。
お前の盗人相棒だった、あのウェインなのだと。
しかし、この再会を前にして
笑えばいいのか、泣けばいいのかわからなかった。
つい先日まで、一緒に盗みをしてたんだぞ......信じられるわけがない。
たけど、一つだけ確かなことがある。
それは、僕たちの『物語』がまだ、この場所で終わっていないということだ。




