第25話 『マイホーム』
「......はっ!」と目を覚ましたとき。
僕の視界に映ったのは、ついこの間まで見てきた景色と同じ冷たい天井だった。
そうここは、ドロームの牢獄。
ベルクレアより造りは狭く、天井もさらに低い。
少し跳ねれば、『ゴンッ』という音が鈍く響くのは、容易に想像できた。
「はぁあ...ついてないなぁ、ほんと」
口にした瞬間、背中、腕、足と、全身から石の冷たさが遅れて伝わってきた。
「......っ!」
息を吸い込んだ瞬間、腹の奥に鈍い痛みが走った。
僕は顔をしかめ、反射的に腹へ手を添えた。
「あいつ、バケモンかよ」
皮肉まじりにそう呟くと、奥の通路から二つの足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。
ややあって、僕が顔を上げると、目の前にはクルエルと武装したドワーフ兵が険しい顔で立っていた。
その兵士は槍を片手に持ち、無表情で僕を見つめてくる。
まるで、僕に殴られたのは自分だったかのような、冷たい視線だった。
けど、僕にはまったく見覚えのないドワーフ。
おそらく僕が気を失ったあと、クルエルが酒場の騒ぎを聞きつけ、あの青い髪の少女が事情を説明し、隣の兵士と一緒に面会に来た。
そう考えれば筋が通る。
クルエルはしばらくの間なにも言わず、鉄格子の前でポケットへ手を入れたまま僕を見つめてきた。
僕はすぐさま目を逸らし、石床に視線を落とした。
(なんなんだこの状況は...?)
「お前、ドロームの住人を酒場で殴ったそうだな」
どうやら、クルエルは僕を説教しに来たらしい。
僕は、そんなクルエルの言葉にたまらず言い返した。
「俺って、そんな悪いことしたか? むしろ、いいことをし・・・「あぁ! おめぇがやったことは、この街と人間の関係にヒビを入れかねねぇ行為なんだよっ!」
クルエルは目を細め、怒鳴りつけてきた。
僕は思わず目を見開き、絶句してしまった。
クルエルは、てっきり青髪の少女から事情を聞いているとばかり思っていた。
それなのに、こんなふうに声を荒げてくるとは。
なるほど。
あの少女はクルエルに説明などしていなかったのか。
ドロームがこれまで守り続けてきた、人間との関係を僕が終わらせることになるのか。
そんな最悪な想像が脳裏を過ってしまった。
だがなんとか平静を取り戻したあと、僕も続けて声を荒げた。
「じゃあ、あのまま見てろっていうのかよっ! 少女の瞳から、涙が溢れてたんだぞっ! それを見て、呆然と立ち尽くしていられるわけねぇだろっ!」
そうだ。
僕は彼女を守るために仕方なくやったのだ。
力の強そうな種族が、戦いをしたこともないような、か弱い体をした人間の少女に手を上げていたんだぞ。
僕の噛みつくような声色に押されたのか、クルエルは口を少し開けたまま返答に窮していた。
そんなクルエルの様子を見て、僕はポツリと言葉を零す。
「......それに、あの子の姿が妹のアリーシャに重なったんだ。もし彼女が本当の妹だったら、助けないわけにはいかないだろ」
するとクルエルは、奥歯を噛み締めるようにして、僕から視線を背けた。
そしてしばらく、重たい沈黙が僕たちの間に流れた。
だがこの沈黙は状況もあってか、ウェインといる時の沈黙とは違い、僕からすればただの苦痛でしかなかった。
しばらく経って、クルエルは長く息を吐き、頭をガシガシと掻き出す。
「実はな、お前を怒鳴りつけるためだけにここへ来たんじゃないんだ。理由は他にあってだな」
「.....」
「俺がこの街に来た目的は、長から依頼を受けるためだ。それで、お前が酒場で厄介ごとを起こした後、改めて長と話し合ってきたんだ」
「.....」
「そこで一つ、長からお前の罪をなかったことにしてもらえる条件を提示してもらった」
僕は俯いたまま、ただクルエルの言葉に耳を傾けていた。
「この街の下層に拘束された魔物がいるらしい。本来は、俺が片付けることで話は進んでたんだが、お前が討伐することになった」
「....はっ?」
「安心しろ。この街の戦士が倒せないような相手じゃないらしい」
いや待て。
この街の戦士が倒せない相手じゃない?
冗談だろ!?
この街の戦士は、僕なんかよりも遥か上の実力を持っているはずだろ。
「ついでに、俺もお前の実力がどんなもんか知りたかったっていうのもあってだな。お互い目的があってのことだから悪い話じゃないだろ? お前は自分の罪滅ぼしのために。そして俺は、お前の実力を見るために」
たしかに悪い話ではない。
でも、僕が死ぬ可能性だってあるんじゃないのか。
そう疑問に思った。
「万が一にも、俺が死にそうになったら、助けてくれるのか?」
「当たり前だ。お前をこんな所で死なせるつもりなんてねぇよ」
その返しに、僕は少しだけ安心した。
死にそうになったら、クルエルが助けてくれるんだ。 この依頼、死なない『保証』がついているというのなら拒否する必要なんてない
――それに。
自分で起こした火は、自分で消しておきたい。
ここで逃げるように抜け出して、火に油を注ぐような真似だけはごめんだ。
僕は、腹の痛みを押さえながら立ち上がった。
「よし分かった。その依頼、俺が引き受けるよ」
そう言って僕は、右の拳を力一杯に握りしめた。
自分の力で、初めて戦うんだ。
魔物を倒して、クルエルにあっと言わせてやりたい。
ガキの僕は、本気でそんなことを考えてしまった。
クルエルはそんな僕の姿を見て、口元だけで小さく微笑んだ。
まるで、お前になら任せても大丈夫だろうと。
そう言わんばかりに。
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