第24話 『青い髪の少女』
ドロームは、なんて賑やかな街なんだ。
そう思いながら、酒場の喧騒にしばらく耳を澄ましていた
――しかし。
少ししてから、酒場の空気が一変した。
それは張りつめたというより、賑やかな空間の真ん中に『ピキッ』とひびが入ったようだった。
ことの発端は、ジョッキを持ちながら歩き回る、アリーシャによく似た青い髪の少女。
その少女はジョッキを両手で持ち、客席の間を慎重に縫うように飲み物を運んでいた。
そのとき、卓の端に座っていたドワーフの一人が、足をほんのわずかに前へ突き出したのだ。
わざとなのか、酔って無意識にやったのかは、僕には分からなかった。
少女の足はそのつま先に引っかかり、「あぁーー!」と大きく高い声をあげた。
その瞬間、ジョッキの中にあった濃い色の酒が弧を描いて飛び、目の前にいたドワーフの顔面へと、容赦なくぶちまけられた。
とたん、酒場の喧騒がぴたりと止まった。
「......おいガキィ! てめぇ!」
そう言って、濡れた髭から酒を滴らせたドワーフが勢いよく立ち上がった。
少女は事態を察し、青ざめた顔で何度も何度も頭を下げていた。
「ご、ごめんなさい...!
すぐ拭きます、ほんとに...ごめんなさい」
だがドワーフは、怒りのあまり少女の声など聞こえていないようだった。
大股で一歩踏み出し、少女の髪を乱暴に掴み上げた。
すると青い髪が引かれ、少女の首が苦しそうに後ろへ仰け反った
――その瞬間。
僕の目の前で、青い髪の少女の姿が一瞬だけ、アリーシャに重なって見えた。
謝っているのに。
必死に頭を下げているのに。
それでも乱暴に扱われるその姿を、僕はどうしても見過ごせなかった。
胸の奥で、冷たくて重い怒りが込み上げてくる。
僕は残っていたブドウジュースを一息で飲み干し、カップをカウンターへ静かに置いた。
そして右手を膝の上でそっと握ると、手袋の上に淡い銀色の粒子が音もなく集まり始めた。
粒子は指の骨に沿ってまとわりつき、やがて拳を覆う簡素なナックルダスターへと姿を変えた。
この武器は、酒場のドワーフが身につけていたものをベースに、イメージで創り出したもの。
ただ拳を強化するだけの塊。
今の僕は、こいつをド突くことしか頭になかった。
僕は何も言わず席を立ち、怒鳴り散らすドワーフの真後ろまで歩いていった。
だが、当のドワーフは僕の気配に気づかず、まだ少女の髪を掴んだまま。
千切れそうなほどに、ぎゅっと握りしめていた。
僕の角度から見えた少女の瞳には、痛みに耐える涙が滲んでいた。
「......っ!」
僕は拳を振り上げ、思い切り力を込めて、奴の後頭部を本気で殴りつけた。
『ゴツッ!』
少女に怒号が浴びせられた時とはまた別の意味で、酒場の時間が一瞬だけ止まった気がした。
「い、いってぇー!」
あろうことか酷い痛みを覚えたのは、殴られたドワーフではなく、殴った僕のほうだった。
僕の右手を覆っていたナックルダスターは、衝撃と同時にひび割れて砕け、床へとこぼれ落ちた。
そして石床に触れた途端、ナックルダスターの破片は、淡い銀色の粒にほどけて消えていった。
「この、クソガキがぁっ!」
少女の髪を片手で掴んだまま、空いたもう片方の拳が僕の腹めがけて振り抜かれた。
腹の中身が潰れるような、圧倒的に重たい一撃。
「ぐはっ!」
視界が暗転する直前、最後に見えたのは、青い髪の少女が僕に向かって何かを叫んでいる口元。
それを最後に、僕の意識は完全に途切れ、深い闇の中へと落ちていった――
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