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灰雪のベルクレア  作者: ラッキー中学生
旅立ち編①
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24/52

第23話 『ブドウの香る酒場』

 

 置き手紙を残してから、僕はドロームの街をあてもなく歩き続けていた。

 そして、ようやくそれらしい場所を見つけた。


 その場所は斜面の中腹辺りにあり、宿からは少し離れた場所にあった。

 外観は、ベルクレアにあっても馴染みそうなもの。


 石造りの正面には大きな木扉があり、扉の上には樽とぶどうの房を描いた看板が吊るされていた。

 窓は半分ほど開け放たれ、そこから肉の焼ける良い匂いと、発酵した果実の甘い香り。

 それに笑い声が溢れていた。


 店の前では、すでに何十人もの客が立ったままグラスを傾けていた。

 髭の濃いドワーフや商人。

 そして荷を背負った旅人らしい男、女。


 まさに、多種族交流の場としてふさわしい


       ――そんな場所だった。


 肩を叩き合い、何かを笑い飛ばし、誰かが歌い、別の誰かがそれを茶化す。

 僕の住んでいたちっぽけな世界とは真反対の世界。

 

 こんな感じで知らない者同士が、同じ酒場の前で声を張り上げながら笑うことがあるのか。

 そう思い、僕は一瞬立ち止まってしまった。


 本当に、この場所に踏み入っていいのだろうかと、そんなことを考えてしまう


          ――でも!


 環境(街)が変われば、昔の自分なんて関係ないんだ。

 今は、自分の思うがままに生きよう。

 そう思いながら、僕は酒場の扉を力強く押し開けた。


 店内は、思っていたよりも広かった。

 天井は低めだが、そのぶん梁が太く、中央には長い共用卓が二列あり、壁際には二人掛けと四人掛けの小卓がいくつも置かれていた。

 しかもそれぞれ高さが違い、椅子の高さも大小混ざっていた。


 おそらく、ドワーフと人間が並んで酒を酌み交わせるような設計にしたのだろう。


 カウンターの向こうには、腕の太いドワーフが一人、忙しそうにジョッキを磨いていた。

 髭は濃い茶色で、胸のあたりまで編み込まれていた。


 いかにも店主! という顔つきだった。


 そしてもう一人。

 テーブルの間を縫うように、ジョッキを持ちながら客へと運ぶ、青髪の少女がいた。

 といっても、アリーシャより少し薄い青。


 でもその青い髪を見ているだけで、アリーシャのことを思い出させてくれるほどに、彼女の髪は綺麗だった。


 少しだけ緊張しながら、僕はカウンター席の端に腰を下ろした。

 酒場に来ること自体が初めてというのもあるが、噂の中でしか知らなかった種族が、当たり前のように息をしているのがおかしくて。


 そんなことを考えていると、店主が僕のほうを見て、太い声で話しかけてくる。


「おい坊主。見ねぇ顔だな。うちは初めてか?」


「そんなに分かりやすいか? てか、いちいち客の顔とか全部覚えてんのかよ...」


「あったりめぇだろ! うちに来てくれている以上、客の顔は全部覚える! そんなもん常識だろぉが」


 そう言って、店主は腕組みをしながら笑いだした。

 ドワーフという種族には、後ろ向きなタイプがいないのかもしれない。

 悩みなんて一つも抱えていない。

 そんなふうに見えてしまう。


「坊主、酒は飲む歳か?」


「俺はまだ十五だ。酒は飲めない」


 そう返すと、店主は「まぁそうだろうな」とだけ言って、ジョッキを棚に戻した。


「じゃあ、何にする? 酒が飲めないんだったら、出せるものは限られてくるが」


「ブドウジュースはあるか? ブドウが大好きなんだ」


 そう言うと、店主は当たり前だと言わんばかりの表情で、堂々と僕を見つめてくる。


「あるぜー。干しぶどうを煮て甘みを引き出し、冷ました果汁に薄く香草を落とした絶品のブドウジュースがな!」


 しばらくして、僕の前にブドウジュースが運ばれてきた。

 一口飲むと、口一杯にブドウの甘味が広がってくる。

 これほど美味しいものを、僕は今まで飲んだことがなかった。


「どうだっ!? うめぇだろ」


「うまい...」


 気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。


「だろうなぁ〜。うちのブドウジュースは酒より評判がいいとも噂されるくらいなんだぜ」


 手を動かしながら、店主はそう言ってきた。


「ところで坊主、オメェどっから来たんだ?」


 その問いに、僕はほんの少しだけ戸惑った。


 誰かに自分の故郷の話をしていいものなのかと、そう疑問に思ってしまったからだ。

 だからあえて、直接的な場所を言うのは避けよう。

 そう思った。


「ここよりも、少し北の国からだ」


「北のほうねぇ...」


 店主はそれ以上、踏み込んでこなかった。

 ここよりも北の国といえば、だいぶ数が絞れてくるからだろう。

 無理に聞き出す必要はないらしい。


「そんで、一人旅か?」


「連れが一人。歳はだいぶ離れてるけどな」


 そう言って、僕はクルエルの顔を思い出した。


 もうじき夜になるというのに、酒場に姿を見せない。

 長の依頼とやらに、ひどく手間取っているのか...?


「別行動する相手を連れと呼べるくらい、案外信用してるんだな。もしかして、そいつは家族か?」


「家族じゃない。偶然、今朝知り合っただけの奴だ」


 僕と店主はしばらくそんなふうに、どうでもいい話を交わしながら、連れのクルエルが来るのを待っていた。


 店主からは、ドロームの坂にはもう慣れたかについての質問だったりを聞かれ、暇を潰していた。


           ***


 周囲の喧騒が少しずつ落ち着き始めた頃。

 そこで僕は、ようやく気づいたんだ。


 ドワーフたちの肌に、何か色のついた『印』が眠っているということに。

 

 別に全員というわけではないが、手首のあたりや首筋、脚など。

 本来隠せるような場所に刻まれていた。


 僕はそれを見て、カップを握る手を止めてしまった。

 その光景が、あまりにも異常すぎるから。

 なんてったって、ベルクレアではあぁして見えていることはあまりなかった。


 少なくとも僕の暮らしていた場所では、みんな見えないように頑張って隠していたのかと、そう思った。

 だから、僕の目にはこの光景が新鮮に感じたのだ。


 そんな僕の顔色に店主が気づくと、「あぁやって、隠さずにいるのが珍しいか?」と問いかけてきた。


 僕は店主の言葉を聞き、『ハッ』として視線を戻す。


「いやっ...あぁ珍しい。俺の住んでた街では、あまり見たことがなかったから」


「おそらく、種族によって違うんじゃねぇのか? 坊主のような『人間』は、あまり周囲に見せたがらない性格で、俺たちドワーフは、これを強さの『勲章』のように思っているんだ。その認識のズレが生じているんだろう」


 そう言ってから、店主は別の客に呼ばれ、僕のところから去って行った。


「.....」


 もしかすると、アリーシャにも『印』があるのか?

 そんなことが、気になってしまった。

 そして、アリーシャが今ごろ元気にしているのか。

 そんなことまで。


(アリーシャ、今ごろ元気にやれているだろうか...)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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