第二十三話 置き手紙とドロームの夜
結局僕は、いつまで経ってもクルエルが戻ってこないから、街の探索をして暇を潰すことに決めた。せっかく異国の地に足を運んだというのに、何もしないのは勿体ない気がしたのだ。
そこで、クルエルに向けた置き手紙を残すため、薄い紙と細い筆記具を創り上げる。あの男はたしか、ドロームの長から依頼を頼まれて来たって言ってたな。なら、依頼の後は酒場に行きたいと思うのではないかと......僕はそう踏んだ。
だから僕は、クルエルへの置き手紙に『酒場で待っている。この手紙を読んだなら、一番近い酒場まで来てくれ』と、そう書くことにした
――けど。
この街にそういうものがあるのかどうかすら僕には分からない。だが、ベルクレアには酒場が至る所にあったから、人が多い街なら酒の匂いがする場所くらいあるのだろう。
そんなことを考えながら、クルエルに宛てて手紙を書いたのはいいが、果たしてあの男はちゃんと手紙を読んでくれるだろうか。まぁでも、部屋の中に気になるものがあれば、人は見たくなるものだ。
そんなこと気にする必要はないか。そう思いながら、紙を机の中央に置いた。ついでに、風で飛ばぬよう銀の粒子を残して、小さな錘にしておく。僕なりの粋な計らいだ。普段なら、こんなことは絶対にしないのだが......。
しばらくして、僕はフードのついたコートを羽織り、宿を後にした。
階段を下りるたび、ドロームの夕方は少しずつ深くなっていった。ベルクレアのように、通りが碁盤の目になっているわけではないから、自分がどこへ向かって歩いているのかすぐに分からなくなる。けれど見慣れない土地で迷うという感覚は、僕にとって初めての経験だったから、むしろ胸が躍っていたのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――ドロームの最上段近く。
斜面を削って築かれた石の館は、他の建物よりもひときわ古びていた。入口の両脇には短く太い柱が立ち、その石肌には古い彫り込みが連なっている。
そんな街の心臓部に、俺――クルエルは足を踏み入れていた。そしてドロームの長もまた、俺の正面でどっしりと身構えていた。
背丈こそ低いが、胸も肩も厚く、灰色の髭は胸元まで流れ、片目だけを細めて俺を見る癖があった。
「......遅かったな」
怒っているわけではないようだ。ただ俺が遅刻したことを、問い詰めるような語り口。
俺は表情を引き締め、理由を述べる。
「......少し用事が出来て、ベルクレアに寄ったんだ。待たせてすまない」
その言葉を聞いた途端、長の片眉がわずかに上がった。
「お前がベルクレアに用事とは珍しいな。
まさか、あの噂を耳にして寄ったのか?」
情報が、ドロームにまで届いているとは...。
「あぁその通りだ」
「ベルクレアに、まだ若いのに面白い手を持ったガキがいると耳にしたんだ」
長は、食い入るように言葉を返す。
「それで...そいつはどんな力を持っているんだ。お前が目をつけるだなんて、相当な腕利きだと見るが」
俺は目を細め、長を見つめた。
「俺はまだ、あいつの戦闘姿を見たことがないんだ。刃を向けられた時にどう動くか、追い詰められた時にどこまで踏みとどまるか、まだ何一つ分かっちゃいない」
誤魔化すことなく、そう正直に話した。
そして、続けて言葉を返す。
「だが、素質があるように感じるんだ。まだ十五の歳で、これから幾らでも鍛え上げられる。俺は、あいつの将来に期待しているのさ」
躊躇うことなく、俺は本音を口にした。
すると長は、鼻の奥で低く笑った。
「なるほどな」
それは納得した声のようで、俺がいつも同じようなことを言っては、呆れているようにも感じ取れた。
確かに、俺の「将来に期待している」は、長に毎回浴びせる常套句のようなものだ。
しばらくして、長は火床の向こうで姿勢を直す。
「......話は変わるが、クルエル。お前を呼んだのは、街の下で拘束している『魔物』の始末を頼みたいからだ」
話が変わった途端、空気が少しだけ張り詰めた。
そんな長は、淡々と理由を述べ始める。
「鍛冶場も鉱山も、今は人手が足りとらん。それに今は、北東の『ミネラーレ』と呼ばれる場所へ調査部隊を送り込んでいる。だから、その『魔物』を仕留める手が足りんのだ」
とたん、炉の火が『ぱちっ』と鳴った。
「ミネラーレか...港湾都市ベイリアからしか行けない鉱物地帯。謎が多く、何十年も採掘調査を行なっていると耳にしたことがあるが......」
顎髭を撫でながらそう呟くと、長は少し間を置いてから再び口を開く。
「下で拘束している魔物は、街の戦士でも倒せない相手ではない。だが、そのためだけに調査部隊をわざわざ呼び戻したくはないのだ。クルエルよ...お願いだ。お前だけが唯一頼れる相手なんじゃ」
その話を聞き、俺は顎を引いた。
「分かりました。その依頼、引き受けます!」
その『魔物』がどんな奴か聞くこともなく、ただ端的に答えを出した。長もまた、俺の端的な返答に「感謝する」とだけ短く返した。
話がまとまると、俺はすぐに長の館を後にした。
外へ出ると、ドロームの街は既に夕色に染まっていた。俺は外套の襟を軽く直しながら、宿の方角へ視線を移し、誰にも聞こえない声で小さくボヤく。
「...あいつ、素直に寝てると良いんだが......」
そう考えた直後、なぜかそんなわけない気がした。 俺の第六感が『ヤバイ!!』と、そう告げているようだった。
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