第22話 『置き手紙とドロームの夜』
結局、いつまで経ってもクルエルが戻ってこないから、街の探索をして暇を潰すことに決めた。
せっかく、この街に足を運んだというのに、何もしないのは勿体ない気がしたのだ。
そういやクルエルは、長から依頼を頼まれてきたと言っていた。
もしかしたら、依頼をこなしているから戻ってこれないのかもしれない。
そこで、クルエルに向けた置き手紙を残すため、薄い紙と細い筆記具を創り上げた。
おそらく、依頼の後は酒場に行きたいと思うのではないか?
だから僕は、クルエルへの置き手紙に『酒場で待っている。この手紙を読んだなら、一番近い酒場まで来てくれ』と、そう書くことにした
――けど。
この街にそういうものがあるのかどうかすら僕には分からない。
だが、ベルクレアには酒場が至る所にあったから、人が多い街なら酒の匂いがする場所くらいあるのだろう。
そんなことを思いながら、紙を机の中央に置いた。
ついでに、風で飛ばぬよう銀の粒子を残して、小さな錘も一緒に置いておいた。
僕なりの粋な計らいだ。
普段なら、絶対にこんなことはしないが。
そうして僕は、フードのついたコートを羽織り、すぐ宿を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――ドロームの最上段近く。
斜面を削って築かれた石の館は、他の建物よりもひときわ古びていた。
入口の両脇には短く太い柱が立ち、その石肌には古い彫り込みが連なっている。
そんな街の心臓部で、俺――クルエルはドロームの長と向かい合っていた。
背丈こそ低いが、胸も肩も厚く、灰色の髭は胸元まで流れ、片目だけを細めて俺を見る癖があった。
「遅かったな。クルエル」
怒っているわけではないようだ。
ただ俺が遅刻したことを、問い詰めるような語り口ではあった。
俺は表情を引き締め、その理由を述べた。
「少し用事が出来て、ベルクレアに寄ったんだ。待たせてすまない」
その言葉を聞いて、長の片眉がわずかに上がった。
「お前がベルクレアに用事とは珍しいな。
まさか、あの噂を耳にして寄ったのか?」
驚いた。さすがはベルクレアだ。
まさか、あの情報がドロームにまで届いているとは。
こりゃ、言い訳は出来なさそうだな。
「あぁその通りだ。ベルクレアに、まだ若いのに面白い手を持ったガキがいると耳にしたんだ」
そう答えると、長は食い入るように返してきた。
「そいつはどんな力を持っているんだ。お前が目をつけるだなんて、相当な腕利きだと見るが」
俺は目を細めて、長を見つめた。
「実は俺もまだ、そいつの戦っているところを見たことがないんだ。刃を向けられた時にどう動くか、追い詰められた時にどこまで踏みとどまるか、まだ何一つ分かっちゃいない」
誤魔化すことなく、そう正直に話した。
「だが素質はあるように感じるんだ。まだ十五の歳で、これから幾らでも鍛え上げられる。俺は、あいつの将来に期待しているのさ」
「......なるほど、な」
それは納得した声のようで、俺がいつも同じようなことを言っては、呆れているようにも感じ取れた。
しばらくして、長は火床の向こうで姿勢を直した。
「そんなことよりクルエル。お前を呼んだのは、街の下で拘束している『魔物』の始末を頼みたいからだ」
長は続けて、その依頼の理由を淡々と述べ始めた。
「今は、鍛冶場も鉱山も人手が足りとらん。『ミネラーレ』と呼ばれる地へ調査部隊を送り込んでいるからな。だから、その『魔物』を仕留める為の手が足りんのだ」
とたん、炉の火が『ぱちっ』と鳴った。
「ミネラーレか。港湾都市ベイリアからしか行けない鉱物地帯。謎が多く、何十年も採掘調査を行なっていると耳にしたことはあるが」
俺は、顎髭を撫でながらそう呟いた。
「下で拘束している魔物は、街の戦士でも倒せない相手ではない。だが、そのためだけに調査部隊をわざわざ呼び戻したくはないのだ。クルエルよ、お願いだ。お前だけが唯一頼れる相手なんじゃ」
その話を聞き、俺は顎を引いた。
ここで長に貸しを作っておけば、今度はこっちがお願いを頼みやすくなるんだ。
それに、端からそんなことだろうとは思っていた。
「分かりました。その依頼、引き受けます」
その『魔物』がどんな奴か聞くこともなく、俺はただ端的に答えを出した。
長もまた、俺の端的な返答に「感謝する」とだけ短く返してきた。
話がまとまると、俺はすぐに長の館を後にした。
ドロームの空は、すでに夕暮れの色だった。
俺は外套の襟を軽く直しながら、宿の方角へ視線を移し、誰にも聞こえない声で小さくボヤいた。
「イザヤの奴、素直に寝てると良いんだが...」
そう考えた直後、なぜかそんなわけない気がした。
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