第二十話 斜面都市ドローム
ベルクレアを旅立ってから、四半刻ほどが経過した頃。僕の目に、ある街が見え始めてきた。
そんな街並みをみて、僕が最初に感じたことは
――『斜面すぎる』だ。
山肌に沿うように石造りの家々が段々に連なり、その間を縫うように階段が備えられている。まるで、山そのものに街が寄り添い、その傾きごと生きているようだった。
ベルクレアのように、内へ内へと積み上げていく街とはまるで違う。国や街によって造り方や伝統があるのだろうか。
それに、鍛冶場らしい熱と煤の匂いが、仄かに風に混じって僕たちのところに運ばれてくるのを感じる。
「これが、ドロームか...」
僕が小さくそう呟くと、クルエルが『コクッ』と頷く。
「そうだ。あれが斜面都市、ドロームだ。山からは石も鉄も取れ、建物も人間も少し硬いといった特徴がある。ベルクレアとは似ても似つかない...そんな街だ」
そんな話をしていると、僕たちの前に街門が見えてきた。その付近には、石像のように立ち尽くす二人の影があった。
僕は目を凝らして二人をじっと見つめていた。なぜなら、街門に立つそいつらは、背が低く子供のようだったからだ。けれど肩幅は広く、胸板は厚く、立ち姿そのものに重みがあった。それに二人とも、立派な髭をたくわえていた。
まさに、門番と呼ぶに相応しい風格をしていたのだ。
僕はクルエルの外套の袖を少しだけ引き、不思議そうに尋ねた。
「あれ、見てくれよ」
「ん?」
「髭を生やした子どもが、武器を持って門番してるぞ。普通、門番は大人の仕事じゃ......」
そう言いかけた時、クルエルが浅くはっきりとしたため息をついた。
「お前は本当に...壁の外を見ずに育ったんだな」
「.....」
するとクルエルは、顎で門番たちを示す。
「あれは子どもじゃない。ドワーフだ。背丈はお前より低いかもしれないが、立派な大人だ。さっきも言ったが、外の世界はお前の想像以上に広く、いろんな奴がいる。今まで見えてたものが全てじゃないんだ」
クルエルの言葉を聞いた直後、僕はもう一度まじまじと門番のほうを見つめた。
(やはり小さい...でも、子どもじゃないのか)
腕は太く、指は短く節榑立ち、武器が異様に似合っている。冷静に考えて、子供に武器を持たせて外の見張りをさせるわけないか。そんなこと、誰でも分かることじゃないか。
僕はふと、昔のことを思い出した。そういえば、街で噂は聞いたことがあったのだ。山に棲む小さな鍛冶師たちや、石を割って家を作る者たち。酒に強く、頑固で、髭の長い種族がいるということを。
けれどそれらは半分、冬の夜に囲炉裏端で語られる昔話の類だと思っていた。
僕はついでに、クルエルに問いを重ねた。
「ドワーフって種族が存在するんなら、エルフとかいうのも、この世界には存在するのか? 昔、街の連中が話していたのを耳にしたことがあるんだが」
するとクルエルは、「当たり前だ、それどころか妖精や魔物だっているんだ」と口にした。
僕は胸が躍ったと同時に、不安な気持ちが募った
――その直後。
門番が低い声で僕たちを呼び止めた。
「お前たち、ここでちょっと止まれ。
この街に何をしにきたんだ」
その言葉は人間と同じ言語であるが、僕らよりも重い響きをしていた。ようは、石と鉄が擦れ合うような声をしていたんだ。
クルエルは、門番の二人に滞在の意図を告げる。
「ドロームの長から依頼を頼まれて来たんだ。ついでにコイツを、この街で休ませてやりたい。ずっと歩きっぱなしでな」
クルエルがそう告げると、門番たちはクルエルから僕のほうに視線を移してきた。
鋭い視線...なんというか、秤にかけるような目をしていた。怪しい奴かチェックしているのだろう。
確かに、僕はフードを深く被っているから、怪しい奴に見られてもしょうがないのだが。
僕は、クルエルが門番との入国手続きをしている最中、ついさっきのことを思い出した。
そういえばベルクレアを抜ける時、城門を見張る門番がいなかったなと。
もしかすると、夜明けの引き継ぎ刻で、持ち場が薄くなっていたのかもしれない。それか、ただ運が良かっただけなのか。
そんな過ぎた話のことを、僕は考えていた。
だが、考えても納得のいく答えは出なかった。かといって、今さら壁まで戻って確かめることもできないし、僕はそこで考えるのをやめた。
しばらくして、門番たちは短く頷き、僕たちの通行を許してくれた
――「通れ」。
そうして僕たちは、斜面都市ドロームの街門をくぐった。その一歩を踏み入れた瞬間、僕の胸が盗みをするのとは別の理由で高鳴った。
斜面に重なる屋根。
路地を行き交う、見知らぬ服装の人々。
そして自分と同じ背丈の者と、肩ほどまでしかない者たちが、ごく当たり前に混じっている光景。
ベルクレアとはまるで違う...それなのに、この街にいる人たちは、ちゃんと息づいている。
それは僕が、旅人の立場になったから感じることなのかもしれない。
実際、ドロームに一歩踏み入った瞬間、とても綺麗だと思った
――けれど。
ここに長く住む人たちは、昔の僕みたいに、この街の住人ならではの悩みを抱えているのだろう。
しばらくして僕は、疑問に思ったことをクルエルに投げかけた。
「どうして、ベルクレアにはドワーフがいなかったんだ? この街には、僕と同じ背丈の人間とドワーフが入り乱れていると言うのに...」
クルエルは振り向かずに、歩きながら答える。
「いなかったんじゃない。入れなかったんだ」
「.....」
「...まぁ、全部の国がそうってわけではねえが、お前の育ってきたベルクレアみたいな大きな人間国家の多くは、壁の内側に同族しか入れたがらないんだ」
とたん、クルエルは通りの先を顎で示した。
その先には、ドワーフの商人が人間の女と値段のやり取りをしている。それだけで、ベルクレアとは違うと分かる。
「ベルクレアの城門を正式に通れるのは、人間と許可された家畜や小動物くらいのもんだ。他の種族は原則、中へ入れないようになってる」
だから僕は、ベルクレア城内で他種族を一度もみたことがなかったのか。そして、他種族が神話的な扱いを受けているわけだ。
「......それとは逆に、他種族が作った街や集落というのは、人間国家より実利で動くことが多い。武器を預ければ通す場所もあるし、敵意を持たない者は客だと考える連中もいる。そしてドワーフは、人間に寛容なんだ。だから、人間の入国だけが他種族で唯一許されているんだ」
やはり世界は、僕が思っていたよりもずっと広かった。これまで耳にしてきた神話というのも、本当は壁の外に実在している現実の話なのだろうか。
そんなことを考えていると、僕の妄想は次から次へと膨らんでいった。
直後、クルエルが足を止める。
「話はここまでだ。今のお前に必要なのは、驚くことでも考えることでもない。牢から逃げてきて、一度も休憩していないだろ。まずは、あそこで休め」
クルエルが通りの角を指さすと、そこには一軒の宿があった。石壁の上に小さな看板が揺れ、窓の向こうには淡い光が灯っている。
「あそこで、夕方まで寝てくれ。
それで少しは疲れが取れたら、話をしてやる」
クルエルはそう言って、宿の扉を五指で力強く押し開けた。当の僕は、勝手に疲れていると決めつけてくるクルエルに反論しかけたが、その言葉を『スッ』と胸の奥にしまった。
ここに来るまで、興奮のあまり自分が一度も休んでいないことを忘れていたから。クルエルに言われて初めて、自分の体がどれほど疲れているのか分かったのだ。たしかに、足は棒のように重く感じるし、瞼は熱を持って、頭の奥は白く霞んでいる感じがしてくる。
「......分かったよ」
僕がそう言うと、クルエルは短く頷いた。
その後、僕はクルエルとの会話を終え、部屋へ向かった。宿の部屋はとても簡素だった。けれど、清潔な寝台があり、ちゃんとした毛布がある。それだけで、牢の生活よりも幾分マシだと感じた。
僕はフードをとり、コートを椅子に掛ける。しかし、右手の手袋だけは外さない。この『印』が何かわからない以上、人に見られるわけにはいかないから。
そして僕が寝台に横たわった瞬間、意識が沈みはじめた。最後に見えたのは、窓の外を斜めに横切るドロームの空。ベルクレアとはまた違う角度の空だ。
「...なんて....綺麗な.....街なんだ......」
そう呟きながら、僕の頭を眠りがすべてさらっていった――
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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