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灰雪のベルクレア  作者: ラッキー中学生
旅立ち編①
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第20話 『残された者』

ウェイン視点です。

視点の変更、お許しください。

 

 イザヤが眠ったその朝、ベルクレアでは――


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 イザヤが地下牢を抜け出してから、どのくらい経った

んだろうか。

 意識が朦朧として、何度か浅い眠りから目を覚ましても、俺はまだ、あいつが上の階にいるような錯覚から抜け出せずにいた。


 そんなとき、イザヤの階にいたであろう夜番の看守が、完全に目を覚ます気配がした。

 上の階で足音が『ドタドタッ』と鳴り響いたのだ。


 おそらく上の階を見張る看守が、いつもならあるはずの寝返りの気配が一箇所だけ、ぽっかりと抜けていることに気づいたようだ。

 たぶん、そうに違いない。


 看守がイザヤのいた牢へと駆け寄り、中を覗き込んだ気配が足音から伝わってくる。


 次の瞬間。

 空気が凍りついたようだった。


「......は? どこだぁ! おいガキっ!」


 獄中に声が響いた。

 さらに、扉を掴んで激しく揺らす鉄の音が、下にも反響してくる。

 それが夢ではなく、取り返しのつかない現実なのだと認識した瞬間。

 看守は喉を裂くような声で叫び出した。


「脱獄ダァー! 罪人が逃げたァ! 白髪のガキだ!」


 その叫びは地下の石段を駆け上がり、城内へと火のように広がっていった。

 騎士たちが一斉に甲冑を鳴らして走り出し、塔の鐘も相まって、音の弾幕がベルクレア城内に降り注いだ。


 そして騎士たちは馬に跨り、城門を抜けて縦横無尽に駆け出していったようだ。

 当然、あいつが向かったであろう方角にも、追手は放たれたのだろう。


           ***


 獄中が静けさに包まれた頃、上の階から慈悲を乞う声が牢の中に反響して聞こえてくる。


「すまねぇ! 俺には子供がいるんだぁ!

  命だけは...どうか、命だけは! いゃぁぁあー...」


 状況から察するに、事の元凶であるイザヤを逃した看守か。

 そいつはきっと、地下へ駆けつけた騎士たちの前で膝をつかされ、首を落とされたのだろう。


『ドサッ』と重いものが落ちるような鈍い音がした。


           ***


 しばらくして、イザヤの脱獄は騎士から国王の耳にまで届いたらしい。

 そんな中、騒ぎが起きた一段下。

 俺のいる階では、俺含めた罪人がただ平然と腰を据えていた。


 俺は壁にもたれ、膝を折ったまま動けなかった。

 あいつが脱獄したことを知る数少ない一人として、上の階の喧騒を聞きながら、心の中で『成功したんだな』とだけ思っていた


         ――そのとき。


 階段を下りてくる足音が一つ、いや二つ、聞こえてきたのだ。


 一つは『がしゃ、がしゃ』と鳴る甲冑の重い音。

 もう一つは、軽く、それでいて無駄のない足音。

 

 その二つの気配は、俺の牢の前で止まった。


 鉄格子越しに俺たちが向かい合うと、甲冑の男が名乗ってきた。


「俺の名はブレイブ。ベルクレア城衛騎士団(ベルグレイス)団長だ」


『.....』


「そしてこちらは、ベルクレア随一の名医。アリビオだ。一応、お前のためにここまで付き添ってもらった」


 隣に立つアリビオとかいう女は、白髪混じりで痩せた体に暗色の外套をまとっていた。

 医者というが、どちらかというと、この女自身が患者ではないかと思わせるほど、覇気がないように思えた。


「つい先ほど、お前と組んで盗みを働いていたイザヤとかいう少年が、地下を抜けたと報告があった」


 その報せに、俺の瞳が『ピクッ』と動いた。

 分かってはいたが、実際にその言葉を聞いたことで、胸の奥に小さな安堵が広がったのだ。


 ブレイブは報告を終えると、牢の錠を開け始めた。

 そして中へ入り込み、俺の前に女がしゃがみ込んだ。


「ウェインさん。首元、少し失礼します」


 女の手が、俺の首元へと伸びた。

 その指先には、蛍のような微かな光が灯っていた。

 街医者は回復の力に長けている者が多いと聞くが、中でもこの女は、国で屈指の使い手らしい。


 さすがは、名医と紹介されるだけはあるな。


 女は傷口の縁を探るように、失われた声の通り道へ意識を沈めていった。

 呼吸の流れや傷の塞がり方を、一つずつ、時間をかけて探っているようだった。

 

 その間、俺はただ固まっていた。

 この女の手が触れる前から、ずっと下を向いたまま。


 やがて女は手を離すと、静かに首を横に振った。


「無理です」


 分かっていたさ。

 女に告げられる前から、俺には分かっていたんだ。


「喉の欠損は、回復の力で修復できる領域を、とうに越えています。それに機骸の身体では、十分な力が届きません」


 ブレイブは、ただ無言でその宣告を聞いていた。

 この男もまた、女の結果を聞いて『ぴくり』ともしなかった。

 最初から治せないてことを分かっていたんだろう。


 ただ落ち着いた声で、俺に謝罪を述べてきたのだ。


「すまなかった。彼女でも治せないとなると、他に治せる当てがない。忘れてくれとは言わないが、今は目を瞑ってほしい。それと、機骸についても」


 ブレイブは、そこで一度言葉を切った。


「話は変わるが、お前に提案がある。いや、この階に囚われるお前たち六(・)人(・)に提案がある」


 とたん、周囲の罪人たちが立ち始めたのか、急に音を立て始める。


「お前たちも聞こえていたとは思うが、この牢獄から白髪の少年が脱獄した。どんな手を使ったかは知らんが。そこでお前たちには、騎士学校に通ってもらい、卒業後に騎士として、その少年を捕らえてきてもらいたい」


 ブレイブがそう言うと、罪人の一人が噛み付くように質問を投げ掛けた。


「俺たちに何のメリットがあるんだ? そもそも騎士学校に行けるような金なんて、持ち合わせてねぇぞ」


「安心しろ。脱獄した少年を捕まえてくれば、お前たちの罪はすべて帳消しにしてやる。騎士団長である俺が、直々に頼んでいるんだ。騎士学校の費用は全額免除にする手筈になっているはずだ」


「でもよ、他探せばいくらでも居るだろ? 別に俺たちじゃなくたって、いいじゃねぇか」


「なぜお前たちが、この最下層に閉じ込められているのか分かっていないようだな。『印』を持っているからだ。それに、お前たちには戦いのセンスがあると俺は見ている。理由はただそれだけだ」


 ブレイブがそう返すと、今度は別の牢から女が問いかけた。


「お一つ、宜しいですか? 私たちに、それを拒否する権利はありますか?」


「拒否=死刑だ。それでも良いというのなら、拒んでくれていい」


 即答だった。

 元々、俺たちを処刑するつもりだったのだろうか。

 結局、俺以外の罪人はその提案を呑んだようだった。


「ウェイン。お前は一度、国王の前へ出ろ。お前にだけ特別に、二つの選択肢が用意されている。あと、『機該』について話があるそうだ」


 俺は鎖を外され、引き立てられるように牢を出た。  機骸となった俺の脚が一歩動くたび、足元から『がしゃり』と重い音が獄中に響き渡った。


 「お前たちは、もう少しここで待っていろ」


           ***


 やがて俺は、国王の前へと引き出された。

 王宮の中は、地下牢とは別の意味で空気が重く、些細な不敬が死に直結するような緊張感に満ちていた。


 玉座に座る国王の前で、俺は膝をつく。

 いつもの俺なら足掻こうとしたはずなのに、今の俺は鎖に縛られているかのように、身動き一つ取れなかった。


「我が名は、ベルクレア・アッシュフォード。

           この国を統べる者だ」


 玉座から俺を見下ろし、王が名乗った。


『.....』


「本来なら貴様は、処刑台へ送られるはずだった。だが状況が変わった。よって貴様には、二つの道をくれてやる」


 どうせ、どちらを選んでも不幸になるような、ろくでもない選択肢なんだろう。

 そんなことを思いながら、ブレイブや騎士たちに包囲された状況で、俺は選択を迫られた。


「一つ。先ほどブレイブから聞いたとは思うが、騎士学校へ通い、ベルクレア城衛騎士団(ベルグレイス)の一員として、脱獄したイザヤとやらを見つけ出し、その身柄を拘束して連れ戻すこと」


 王は、そこで一度言葉を切った。


「そして二つ。死ぬまで牢で生きるか。だがこちらはオススメできんな。貴様のような若い体には、ずいぶん長い罰になるからだ」


 (やはり、思ったとおり...)


 どちらを選んでも最悪のシナリオには変わりない。

 俺に得することなんて、何一つないんだ。

 足元の砂鉄を微かに寄せ、石床の上に文字を書いた。


『ことわる と』


「拒否=死刑。この国では、上の者の命には必ず従ってもらう。それができぬ者に、生きる資格はない。よーく覚えておけ、ウェインよ」


 あまりに早い返しだったが、俺に動揺はなかった。

 すべてがどうでもいい...。

 今の俺は、どこかでそう投げやりになっていた。


 だが結局、俺は答えを出した。

 砂鉄を震わせながら、石床の上に『1』と。


 それを見た王は「賢明だ」と口にした。

 今ここで、明確な主従関係が結ばれたらしい。


 (なんて屈辱な...)


 だが俺は、こいつらの為に『1』を選択したわけじゃない。

 イザヤだったら絶対に『1』を選ぶと思ったから選択したんだ。


 自分が助かるために動く。

 それは生物として至極当然の選択。

 どちらを選んでも後悔するというのなら、わずかでも希望があるほうを選択する。


 今の俺にとって、この『1』は最善ではなく、唯一の逃げ道に過ぎないのだ。


 (すまない、イザヤ)


 届くはずがないと分かっていながらも、胸の内でそう詫びを入れた。


「それで、次はお前の『機骸』についてだが。身体そのものは無事だ。四肢も内臓もな。だが喉だけは、潰させてもらった。生きている以上、外部に実験のことを喋られるとマズいからな」


 身体は無事ということは、ただ被せられているだけで、外そうと思えば外せるということか。


 俺は顔を上げ、王のほうに視線を向けた。

 そして、足元の砂鉄を動かし文字を書いた。


『どういうことだ?』


 その文字を見て、王はゆっくりと口を開いた。


「......そもそも『機骸化』というのは、生身の肉体に『魔族の血液』と『特殊な樹脂』を練り混ぜて作る『黒い魔導樹脂』を馴染ませ、その上から『機骸』を被せる。いや、固着させる処置だ。一度固着されれば、炎で炙ろうが、刃で抉ろうが、剥がすことはできん」


 どんな手段を使っても、剥がすことができないだと。

 じゃあ俺は、一生このままってことか...?


 『.....』


 俺の父親は、俺が三歳の時に騎士共に連れていかれたが、まさかな...。


 ふと嫌な考えが、脳裏を過った。

 次の瞬間。

 ブレイブが俺の腕を自身の首に回し、立ち上がらせた。


「とりあえず、今日は牢に戻れ」


 こうして俺は、再び地下牢の中へと身を沈めていったのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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