第十四話 再会
ウェインがいるのは、さらに一つ下の階。
下の階へと進むにつれて、空気が僕のいた階よりもさらに冷たく、重たくなっていく気がした。
息が詰まりそうなほどに――。
罪の重い奴、ヤバい奴ほど地上から遠ざけられる...そういう理屈なのだろう。それが本当かどうかは、分からないけれど。
僕は着ているコートをぎゅっと握りしめた。
...なぜだろう。ウェインのいる階は、人がいないのではないかと思えるほど静かだった。
夜中だというのに、いびきも寝返りの音も一切聞こえない気がする。僕は階段を降りた先の壁際から、左右を確認した。すると左側に、僕のところの看守と同じように、船を漕いでいる看守がいた。それをみて安心したせいか、『よしっ』と軽くガッツポーズをしてしまった。僕はヤバい状況でも感情を抑えられない人間なのかもしれない。
その後すぐに、僕は右側の牢を一つずつ確認していった。僕のいた階には前後に六部屋ずつ、計十二部屋あった。だがこの階には、階段側から見て前の六部屋しかない。
この階では、罪人同士が向かい合って過ごすことに、何か問題があるのかもしれない。たしかに、この階へ降りたとき空気が変わったんだ。
もしやこの階には、極罪人しかいないのか?
そんな疑問を抱きながら、僕は一部屋ずつ見て回る。
手前の牢から順に、一人目、女。二人目、女。
三人目、男...起きてる......。
僕は、そいつと目が合った。だが、話しかけてこない。おかしなことに、そいつは僕と目が合った瞬間、笑ったのだ。
気持ち悪い...間違いなくこいつはヤバい奴。鈍感な僕にでも、こいつを見た瞬間すぐに分かることだった。僕は、そいつに軽く会釈して戻ろうとした
――そのとき。
ふとそいつの体に視線を落とすと、右膝蓋の辺りに僕やウェインとは違う、エメラルドグリーンの『印』が眠っているのが僕の目に留まった。
思わず目を見開いてしまった。僕とウェイン以外にも、同じ『印』を持つ人間がいたのかと...そう思った。
結局、その男は僕に何も仕掛けてこなかった。
その後、僕は呼吸を整えながら左側の三部屋へ向けて歩いた。一人目、男。二人目、女。三人目、ウェイン。
暗がりの中でも、機骸の姿がすぐにウェインだと分かった。とても嫌なほどに。
僕の中で、機骸はウェイン――
という認識が少しずつ当たり前のようになってきた感じがして、堪らなく嫌だった。
ウェインは壁に背を預け、俯いていた。腰から伸びた太い鎖が、石床に打ち込まれた輪へ繋がれている。 全身は黒鉄で、動けば重い音が鳴るであろうことは、火を見るより明らかだった。
夢であってほしかった...こんな現実、受け入れられない。たった二度の盗みだぞ。人を殺したわけじゃないんだ。
(...なんで、クソっ!)
頭の中でそう思ってしまった。
だって、この階にいるやつはウェインと同じくらい悪いことをしているんじゃないのか。
それなのに...なんでウェインだけが機骸に変えられているんだ。僕が近づくと、ウェインは顔を上げた。 その目が一瞬だけ揺れ、すぐに沈む。
まるで、最初から分かっていたみたいに
――置いていかれるのだと。
僕は鉄格子の前に立ち、しばらく何も言えなかった。そしてウェインもまた、動かなかった。代わりに、床に落ちていた錆び粉や細かな金属片が、彼の足元へ寄っていき、短い文字が作られる。
『ゆるしてくれ』
それを見て、僕は思った。
看守に気づかれるから、声に出しては言えないけれど。
『俺だって、お前の立場だったら逃げてた』
それに――
『怖かったら、人は逃げる。あの日のお前だけが卑怯だったわけじゃない』
そう思いながら、僕は鍵束を強く握りしめた。
最初は、一緒に出るつもりだったのに...。
ウェインに繋がれた腰の鎖。
石床に食い込んだ鉄輪。
立ち上がるだけで鳴るであろう金属音。
その全部が、残酷なくらいはっきり答えを示していたのだ。
――ウェインを連れて外には出られない――
これは僕の『本心』じゃない。
目の前の現実が、嫌でもそう告げてるんだ。
悔しいけど、僕はそれを受け入れるしかなかった。
アリーシャに嘘をつき、ウェインを裏切る。
僕は本当にダメな人間だ。
そして僕は、しばらく牢の前で黙ってしまった。
するとウェインが、ゆっくりと砂鉄を動かし始める。
『はやくいけ』
それを見た僕は、心の中で再び決意する。
――お前の『身体』と『喉』を
元に戻す方法を必ず探し出してみせる。
――それと、『機骸化』の目的についてもだ。
とたん、目の奥が熱くなった。僕は続けて、ウェインの心に直接話しかけるように熱い瞳差しを送った。
これが伝わっているのか分からないけれど......。
だから、今は待ってろ。次はちゃんと、お前を連れて出ると。
すると、ウェインの瞳が大きく揺れる。伝わったのだろうか? 直後、砂鉄が動き、何度か崩れながらも二つの文字が出来上がった。
『いけ』
僕は息を呑む。
急に心が軽くなった気がした。
僕の顔にそれが出たのか、ウェインは目を微かに細めた。笑ったのかもしれない。けれど僕は、そんなウェインの表情が好きじゃない。
むしろ大嫌いだ。心の底から笑えてない。
取り繕ってる感じがするんだ。
だから...今度はちゃんと、『顔が見える姿』で笑ってほしい。これが僕の『本心』なんだ。
そうして僕は、ウェインに背中を向け、降りてきた階段へと静かに向かった――
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