第十三話 影のコート
牢を出る前に、僕はもう一度深呼吸をした。
深く息を吸い込むと、落ち着くんだ。
ここから先は、失敗したら終わり――
脱獄なんて、これ以上ないほどの重罪だ。
捕まれば僕だって、機骸にされてもおかしくない。 これは、僕に与えられた試練のようなもの。
そう思いながら、僕は鍵束から一本ずつ鍵を選び、錠前に差し込んでいった。手間取れば、看守や周囲の罪人に気づかれるかもしれない。それなのに、古びた錠前はやけに気難しく、ほんの少し角度を間違えれば『カンッ』と嫌な音を立てそうで、指先に余計に力が入ってしまう。
しばらくして、僕は鍵穴を押さえ、金属の震えを指先で殺しながらようやく正しい鍵を引き当てた。
『カチッ...』と小さな音。
それだけで、思わず頬が緩みそうなほど嬉しかった。もちろん、ふざけてるわけじゃない。単純にこの暗い牢から出て、外の空気を吸えることが嬉しいのだ。なんてったって、ここは酸素が薄く息がしづらい。それに、たまらなく退屈で窮屈だ。
今すぐこの場から出たい...そう思ったが、すぐには扉を開けなかった。
理由は、服があまりにもボロボロだったからだ。
こんな格好で市街地を歩けば、一目見ただけで牢から抜け出してきたウサギだとバレてしまう。
だから、服が必要なんだ。
そう思い、僕は一度右手をあげた。すると銀色の粒子がふたたび集まり始め、布の形へと姿を変えていった。
だがこれは、ただの布じゃない。
旅人がよく身につけているような、ダークグレーのフーデッドコート。
夜の石壁に紛れる黒より少しだけ鈍い色。
裾は長すぎず、走る邪魔にならない長さ。
それに加えフードは深く、顔の上半分まで隠せるようにイメージして創った。
そして僕は、すぐにそれを羽織った。しかし創ったばかりの布は、想像以上に冷たく、まるで雪の夜気そのものだった。
「冷たっ!」
予想外の冷たさに、つい声が漏れてしまった。
北の果てにあるこの国で、十五年も育ってきたというのに...僕は寒さに弱いままだ。情けない。
だが幸いなことに、近くの罪人は寝返りを打つような気配を見せただけで、起きることはなかった。看守もまた、僕の声に反応する様子はなく、船を漕ぎ続けていた。
***
布の冷たさが肌に馴染んだところで、僕はフードを被り、右手の手袋を引き直した。それから牢の扉をゆっくりと押し、軋みそうになる寸前で止める。その生じた隙間に体を滑り込ませて、僕は牢の外へ出た。
とたん通路の冷たい空気が、僕の肌を乱暴に撫でた。牢の外は、僕が思っていたよりもずっと広かった。広いからこそ、隠れる場所が少ない。そして静かだからこそ、ほんの小さな物音が致命的な失敗に繋がってしまう気がした。
僕は鍵束を、手紙を入れたコートの内ポケットへしまい、看守の椅子の横まで這うように近づいた。
暗がりの中でも、この看守が口を半開きにし、顎を胸につけて眠っているのがわかった。
もしかすると、ベルクレアの牢獄から逃げた奴は一人もいないのかもしれない。
だからこいつは、こんなふうに呑気に寝ていられるんだろう。そう思わずにはいられなかった。
だが僕が逃げたことで、こいつがどうなることか...。
もしかしたら、責任を問われてこいつもウェインと同じ『機骸』に......。
そんなことを考えながら、僕は看守の左横にある階段まで近づいた。ゆっくりと立ち上がり、下へと続く鉄扉をさっきと同じ要領で、音を立てないよう押し開く。
ポイントは鍵穴を押さえ、金属の震えを指先で押し殺すこと。一度やれば、不思議とスムーズに鍵を開けられる。単に僕の呑み込みが、早いだけかもしれないのだが。
朝日が昇りきるまで残り一時間といったところか。時間がない。ウェインを連れて逃げるには、もう少しペースを上げなければならない。
そう思いながら僕は、ウェインが囚われているであろう一つ下の階へと、足音を忍ばせて降りて行った。
「......待ってろよ、ウェイン...」
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