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灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
ベルクレア脱獄編
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第13話 『再会』

 

 下の階へと進むにつれ、空気がさらに冷たく、息が詰まりそうなほどに重たくなっていくのを感じた。


 罪の重い奴、ヤバい奴ほど地上から遠ざけられる。

 そういう理屈なのだろう。

 それが本当かどうかは、分からないけれど。


 僕は着ているコートをぎゅっと握りしめた。

 別に寒いわけじゃない。

 なにか嫌な予感がするのだ。


 ウェインがいるであろう階は、人がいないのではないかと思えるほど静かだった。夜中だというのに、いびきが一切聞こえてこないのだ。


 僕は階段を降りた先の壁際から、左右を確認した。

 すると左側に、僕のところの看守と同じように、船を漕いでいる看守がいた。

 それを見て、張り詰めていた肩の力が、すっと抜けていくのを感じた。


 その後すぐに、右側の牢を一つずつ確認していった。 僕のいた階には前後に六部屋ずつ、計十二部屋あった。

 だがこの階には、階段側から見て前の六部屋しかない。


 この階では、罪人同士が向かい合って過ごすことに、何か問題があるのかもしれない。

 たしかに、この階へ降りたとき空気が変わったんだ。


 そんなことを思いながら、僕は一部屋ずつ見て回る。


 手前の牢から順に、一人目。二人目。三人目...。

 この男、起きてる。


 僕は、ソイツと目が合った。

 だが、話しかけてこない。

 おかしなことに、ソイツは僕と目が合った瞬間、笑ったのだ。


 (気持ち悪い...)


 間違いなくコイツはヤバい奴。

 鈍感な僕にでも、見た瞬間すぐに分かることだった。

 僕が階段まで戻ろうとした


        ――そのときだ。


 ふとソイツの体に視線を落とすと、右膝蓋(しつがい)の辺りに僕やウェインとは違う、エメラルドグリーンの『印』が眠っているのが僕の目に留まった。


 思わず目を見開いてしまった。

 僕とウェイン以外にも、同じ『印』を持つ人間がいたのかと...そう思った。


 結局、その男は僕に何もしてこなかった。

 僕に話しかけたり、看守に知らせたりもしなかった。

 ただずっと、僕を見て笑っているだけだった。


 その後、僕は呼吸を整えながら左側の三部屋へ向けて歩いた。

 一人目。二人目。三人目、ウェイン...。


 暗がりの中でも、すぐにウェインだと分かった。

 とても嫌なほどに。


  僕の中で、機骸はウェイン――


 という認識が少しずつ当たり前のようになってきた感じがして、堪らなく嫌だった。


 そんなウェインは、壁に背を預け俯いたまま。


 腰から伸びた太い鎖は、石床に打ち込まれた輪へ繋がれていた。

 全身は黒鉄で、動けば重い音が鳴るであろうことは、火を見るよりも明らかだった。


 夢であってほしかった。

 こんな現実、受け入れられない。

 人を殺したわけじゃないんだ。


 (......なんで、クソっ!)

 頭の中でそう思った。


 だって、この階にいる奴らは、ウェインと同じくらい悪いことをしているんじゃないのか。

 それなのに、なんでウェインだけが機骸に変えられているんだよ。

 僕が少し近づくと、ウェインは顔を上げた。

 だが、その目が一瞬揺れるだけで、すぐに沈んだ。


 まるで、最初から分かっていたみたいに


      ――置いていかれるのだと。


 僕は鉄格子の前に立ち、しばらく何も言えなかった。

 すると、床に落ちていた砂鉄が彼の足元へ寄っていき、短い文字が作られる。


 『ゆるしてくれ』


 それを見て、僕は思った。

 気づかれるから、声に出しては言えないけれど。


 『俺だって、お前の立場だったら逃げてた』


          それに――


 『怖かったら、人は逃げる。あの日のお前は悪くない』


 そう思いながら、僕は鍵束を強く握りしめた。


 最初は、一緒に出るつもりだったのに...。

 ウェインに繋がれた腰の鎖。

 石床に食い込んだ鉄輪。

 立ち上がるだけで鳴るであろう金属音。


 その全部が、残酷なくらいはっきり答えを示していた。


『ウェインを連れて外には出られない』


 これは僕の『本心』じゃない。

 目の前の現実が、嫌でもそう告げてるんだ。

 悔しいけど、それを受け入れるしかなかった。


 アリーシャに嘘をつき、ウェインを裏切る。

 僕は本当にダメな人間だ。


 『はやくいけ』

 

 たとえ、ウェインをつれて抜け出せなくても、外に出る目的は変わらない。

 コイツはもう諦めているのかもしれないが、僕は絶対に諦めない。

 僕は、ウェインの心に直接話しかけるように、熱い眼差しを送った。


  お前の『身体』と『喉』を

     元に戻す方法を必ず探し出してみせる!

  それと、『機骸化』の目的についてもだ。


 とたん、目の奥が熱くなった。

 これが伝わっているのかは、分からないけれど。


 『だから、今は待ってろ』

 『次はちゃんと、お前を連れて出る!』


 その後で、ウェインの瞳が大きく揺れた。

 伝わったのだろうか...?

 

 『いけ』


 何度か崩れながらも、出来上がった二つの文字。


 僕は息を呑む。

 心が急に軽くなった気がした。


 僕の顔にそれが出たのか、ウェインは目を微かに細めた。

 笑ったのかもしれない。

 けれど僕は、そんなウェインの表情が好きじゃない。


 むしろ嫌いだ。心の底から笑えてない。

 取り繕ってる感じがするんだ。


 だから今度はちゃんと、『顔が見える姿』で笑ってほしい。

 これは僕の『本心』だ。


 そうして僕は、ウェインに背中を向け、降りてきた階段へと静かに向かった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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