第12話 『影のコート』
「ふぅー」
ここから先は、失敗したら終わり。
脱獄なんて、これ以上ないほどの重罪だ。
捕まれば僕だって、機骸にされてもおかしくない。
これは、僕に与えられた試練のようなもの。
そう思いながら、僕は鍵束から一本ずつ鍵を選び、錠前に差し込んでいった。
手間取れば、看守や周囲の罪人に気づかれるかもしれない。けれど、古びた錠前はやけに気難しく、ほんの少し角度を間違えれば『カンッ』と嫌な音を立てそうで、余計指先に力が入ってしまう。
しばらくして、僕は鍵穴を押さえ、金属の震えを指先で殺しながらようやく正しい鍵を引き当てた。
『カチャ』
その音だけで、思わず頬が緩みそうになった。
この暗い牢から出て、外の空気を吸えることが嬉しくて。
なんてったって、ここは酸素が薄く呼吸がしづらい。
それに、たまらなく退屈で窮屈だ。
今すぐこの場から出たいと、そう思ったが、すぐには扉を開けなかった。
理由は、服があまりにもボロボロだったからだ。
こんな格好で市街地を歩けば、一目見ただけで牢から抜け出してきたウサギだってことがバレてしまう。
だから、服が必要なんだ。
そう思い、僕は一度右手をあげた。
すると銀色の粒子が再び集まり始め、布の形へと姿を変えていった。
だが、これはただの布じゃない。
旅人がよく身につけているような、ダークグレーのフーデッドコートだ。
夜の石壁に紛れる黒より少しだけ鈍い色。
裾は長すぎず、走る邪魔にならない長さ。
それに加え、フードは深く、顔の上半分まで隠せるようにイメージして創った。
そして僕は、すぐにそれを羽織った。
しかし、創ったばかりの布は想像以上に冷たく、まるで雪の夜気を纏っているようだった。
「冷たっ!」
予想外の冷たさに、つい声が漏れてしまった。
北の果てにあるこの国で、十五年も育ってきたというのに、僕は寒さに弱いままだ。本当に情けない。
だが幸いなことに、近くの罪人は寝返りを打つような気配を見せただけで、起きることはなかった。
看守もまた、僕の声に反応する様子はなく、船を漕ぎ続けていた。
***
布の冷たさが肌に馴染んだところで、僕はフードを被り、右手の手袋を引き直した。
それから牢の扉をゆっくりと押し、軋みそうになる寸前で止める。
その生じた隙間に体を滑り込ませて、僕は牢の外へ出た。
とたん通路の冷たい空気が、僕の肌を乱暴に撫でた。
牢の外は、僕が思っていたよりもずっと広かった。
広いからこそ、隠れる場所が少ない。
そして静かだからこそ、ほんの小さな物音が致命的な失敗に繋がってしまう気がした。
僕は、鍵束をコートの内ポケットへしまい、看守の椅子の横まで這うように近づいた。
暗がりの中でも、この看守が口を半開きにし、顎を胸につけて眠っているのが分かる。
(なんてマヌケな奴...)
もしかすると、ベルクレアの牢獄から逃げた奴は一人もいないのかもしれない。
だからコイツは、こんなにも呑気に寝ていられるんだろうか。そう思わずにはいられなかった。
だが僕が逃げたことで、コイツがどうなることか。
もしかしたら責任を問われて、コイツもウェインと同じ機骸に...?
それとも、殺されるのか...?
そんなことを考えながら、僕は看守の左横にある階段まで近づいた。
そしてゆっくりと立ち上がり、下へと続く鉄扉をさっきと同じ要領で、音を立てないよう押し開く。
ポイントは鍵穴を押さえ、金属の震えを指先で押し殺すこと。
一度やれば、不思議とスムーズに鍵を開けられる。
単に、僕の呑み込みが早いだけかもしれないが。
もう時間はあまりない。
ウェインを連れて逃げるには、もう少しペースを上げなければならない。
そう思いながら僕は、ウェインが捕らわれているであろう一つ下の階へと、足音を忍ばせて降りて行った。
「待ってろよ。ウェイン...」
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