第十二話 短い槍と長い槍
深夜三時が近づくころ、地下牢は妙に静かになる。
看守だって『人間』だ。
起きていられる時間には限界がある。ましてや、罪人が深夜三時に抜け出すとは思わないだろう。
そうだ...この時間こそ最も気が緩み、眠気が強くなる時間帯。
僕はそれを、ここ数日で覚えていた。頭は悪いけれど、追い込まれれば誰だって考えようとするものだ。
遠くで、誰かが咳をする。
別の牢からは、寝言のようなうめき声。
正直、自分じゃない所から音がすれば『マジかよ...勘弁してくれ』と思ってしまう。
だって、僕が脱獄するのを看守に知らせているみたいじゃないか。
そんなことを思いながら、僕は鉄格子の隙間から通路の先を見た。夜番の看守が、壁際の椅子に座ったまま寝ている......いや、船を漕いでる。
そして、その少し先の壁の木釘には、鍵の束が掛けられていた。輪に通された大小の鍵が、わずかな灯りを受けて鈍く光る。
けれども、僕の牢からでは距離があり、手を伸ばしても届きそうにない。なにか棒のような長いものが必要だ。でも、棒じゃダメなんだ。なにかを引っ掛けるようなものが先端についていないと......。
僕はそう考えながら看守に目を移すと、隣に槍が置いてあるのを目で捉えた。
僕は大きく息を吸い、音を立てないようにゆっくりと吐く。そして右手を前に出すと、手袋の縫い目から真紅の光がほんの一瞬だけ滲んだ
――次の瞬間。
淡い銀色の粒子が集まり、細く、長く、冷たい一本の槍になっていった。
僕は昔から、この力を当たり前のように使っているけれど、この仕組みを全く理解していない。
――感覚で使っているのだ。
だけど、今回ので二つ気づいたことがある。
それは、大きなものを形にするとき、手の甲の印が強く光を放つ。今までは、微かな光だった。
それは僕が、これまで小さなものしか創ってこなかったから気づけなかったんだろう。
そしてもう一つ。
大きなものを創る場合、体の芯が削られるみたいに疲れるということ。
肩から腕、腕から胸、あと内側の熱がごっそり持っていかれる感覚だ。
そんな中でも、僕は槍を握った。
逃げるためだ。そのためなら、耐えるしかない。
この槍は殺すための武器ではなく、届かないものを盗るための道具。
僕はそう思いながら、小さな声で呟く。
「......よしっ!」
僕は槍の柄を鉄格子の隙間から慎重に差し出し、息を止めたまま、ゆっくりと鍵の輪へ向けて伸ばしていく。
数寸。また数寸と。
そして、穂先が輪に触れるところまできて
――引っかかった。
そして僕が、ほんの少しだけ槍を手前に引くと、鍵が揺れた。すると金属同士が擦れる、微かな音が小さく響いた。しかし、看守や周辺の罪人の眠りは深く、気づかれるほどではない。
――およそ一分後。
通路の真ん中あたりまで寄せたところで、疲労が腕に走った。
槍の先がほんのわずかにぶれ――『ゴンッ!!』と大きな音が鳴った...といっても低い音。
後ろの壁に、柄の一部がぶつかったのだ。
鍵に届く長い槍を創ったのはいいが、後ろの壁にぶつかってしまうことを想定していなかった。
鍵束が『ビクッ』と揺れ、輪の中の鍵たちがかすかに触れ合い、『チリぃ』と嫌な音を立てる。
「......っ!」
周りの奴らにバレないよう、すぐに槍をほどいた。すると長槍は、たちまち淡い銀色の粒子に崩れ、闇の中に溶けていった。
僕は床に身を伏せ、毛布を肩まで引き上げ、なにも知らない無関係な人を装った。
足音が来るのか...それとも、鍵の音を聞きつけた看守が立ち上がるのかと...そう思った。
......しかし、来ない。
看守は一度だけ身じろぎした後で鼻を鳴らし、また舟を漕ぎはじめたのだ。
「......はぁ」
僕は毛布の中でゆっくりと息を吐き、しばらく待ってから、もう一度だけ通路の先を確認した。光栄なことに、看守は落ちた鍵束に気づいていないようだった。おかげで、鍵束は先ほどよりも少し手前の、鉄格子から届きそうな場所に落ちていた。
今度は短く...そう小さく呟いて、もう一度槍を創る。だが今回の槍は長くない。腕一本ほどの短い槍。 そこまで重くなく、小さいぶん形も安定している。
僕は慎重に穂先を差し出し、鍵の輪を拾い上げる。 今度は引っ張らず、そっと持ち上げるように。
そして金属が床を擦らないよう、空中で少しずつ手元へ寄せていく。
――およそ二十秒後。
鍵束が鉄格子のすぐ前まで来たところで、僕は左手を伸ばし輪を掴んだ。
(冷たくて...それでいて、とても重たい鍵...)
僕は槍を銀の粒子にほどき、しばらく鍵束を見つめていた。これもまた、盗みをしているんじゃないかと...そう思ったのだ。けれど今は、そんなことを考えていてもしょうがない。
この盗みは僕が生きて外に出る....そのために必要なんだ。しょうがないことだ。
僕だって、こんなところで死を待つなんてごめんだ。『機骸』のことを知ってしまったんだ。殺される理由は十分にある。
そんなことを考えながら、僕は震える手で鍵束を握りしめ、それを胸に押し当て、そっと目を閉じた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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