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灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
ベルクレア脱獄編
12/32

第十一話 感謝と謝罪

 

 暗い牢の中で、紙だけがやけに白く見えた。

 僕の目には、ベルクレアの雪よりも白く映る。

 まあ今の僕にとって、あの雪はもう灰色にしか見えてないのだから、当然といえば当然なのだが...。


 それでも、この紙はまだ汚れていない純白。

 家族と見ていたあの頃の雪のように白かった。


 とたん筆記具を持つ指が、わずかに震えだす。

 心の汚れた僕が書けば、その白は灰色に変わっていく。そんな気がした。


 盗みは何度もやった。嘘もたくさんついた。

 けれど、本当のことを書くのが怖かった。


 しばらく迷ってから、僕はようやくペンをしっかり握り、書き始めた。本当なら、短い文で終わらせようと思っていたのだが......。


 二人にはたくさん迷惑をかけたし、伝えたいことだって山ほどある。せめて最後くらいは、丁寧に別れを告げておこう。そう思った。


『叔母さん、アリーシャへ。

 まず、ごめんなさい。ずっと黙って盗みをしていました。最初は、アリーシャに食べさせたかったからです。家のパンが減るたびに、自分の分だけ誰かの皿から奪っている気がして、それが苦しくて...手を汚しました。


 でも本当のことを書くなら、それだけじゃありません。途中から僕は、盗むことに慣れてしまいました。うまくやれたときのあの感覚を、どこかで誇らしいと思っていたのも事実です。だから、こうして捕まったのは、きっと当然の報いなんだと思います。それでも、もし許されるならもう一度だけ、二人にちゃんと顔を向けて謝りたかった。本当は、もっとちゃんとした人間になりたかったです。


 僕は、今日でこの街を出ます。もうここには戻れないかもしれません。探さないでください。できるなら、心配もしないでほしいです。勝手なお願いだと分かっています。それでも、もし許してもらえるなら、これからもアリーシャを叔母さんのそばに置いてやってください。


 僕は、最後までちゃんと悪かったです。

 だからせめて、これ以上は迷惑をかけないようにします。


 今まで、本当にありがとうございました。


                イザヤより』


 ついでに、各々に宛てた手紙も書いておこう。

 それぞれに伝えたいことが僕にはあるんだ。


『叔母さんへ。

 僕たちを引き取ってくれて、ありがとうございました。冬の薄いスープも固いパンも、ちゃんと温かかったです。あの家の明かりに、何度も救われました。洗濯物の匂いも朝の鍋の音も、僕はたぶん一生忘れません。


 あの家に来たばかりの頃、僕は母さんがいなくなったことを受け入れられずにいました。そんな僕が、少しずつでも前を向けるようになったのは、叔母さんのおかげです。


 これまでたくさん迷惑をかけました。ごめなさい。最後に、どうかお体に気をつけて、長生きしてください。


                 イザヤより』


    ――よしっ。次はアリーシャだ。


『アリーシャへ。

 お前はたぶん、ずっと前から俺のことに気づいていたんだと思います。それでも何も言わずにいてくれたことが、今になっていちばん苦しいです。それに気づいてやれなかったことも、ずっと後悔しています。こんな鈍感な兄でごめんなさい。そして優しい妹でいてくれて、ありがとう。


 実は、お前には面と向かって一度も言えなかったことがあります。本当はずっと言いたかった。でも、恥ずかしくて言えなかったです。だからその気持ちを今、この手紙に書きます。


 お前の青い髪は、雪の朝にいちばん綺麗だった。

 たぶんそれは、俺には雪が灰色に見えていたからかもしれません。それでも...どんな色よりも、そして雪よりも、お前の髪のほうが、俺の目にはずっと綺麗に映ってました。


                 イザヤより』


 書き終えたあと、僕はしばらく紙を見つめていた。

 込み上げてくるものを、必死に押し殺しながら。

 涙だけは、こぼさないようにと。

 看守に気づかれないよう、心の中だけで泣いていた。本当は思い切り泣きたかった。


 自分の字が、こんなに弱く見えたのは初めてだ。

 それに、謝ってばかり。感謝も別れも、全部が遅すぎる。なんで直接、面と向かって伝えられなかったんだろう。そんな自分が、情けなく思えてくる。


 それでも、書かないよりはマシだ。

 何も残さずに消えるよりかは、ずっと。


 そう思いながら、僕は三通目の紙を手に取り、叔母宛てではなくアリーシャにだけ言葉を足した。


 追伸――

 

 俺が捕まったとき、真っ先に牢まで来てくれたよな。あれがほんとうは、凄く嬉しかった。面会に来てくれたのは、お前だけだったから。

 たいしたものは何も残せないけれど、この手紙と一緒に、左腕につけていた銀のブレスレットを置いていく。これは盗んだものじゃない...だから安心してくれ。お前がまだ小さかった頃に、父さんからもらったものだ。俺のことを忘れそうになったら、これを見てたまに思い出してくれ。



 最後の言葉を書いたところで、僕は目を閉じた。

 目頭がとても熱い。けど、泣くのは牢を出てから。

 そう思って、僕は三通の手紙を丁寧に折り、洋封筒に封入した。


 時刻は、およそ深夜二時だろうか。

 時計はないが、なんとなくそれくらいだと分かる。

 もう立ち止まっていられるほど、夜は長くない。

 朝日が昇り始めるのが五時くらいだとしたら、タイムリミットは残り三時間といったところ。


 僕は心を落ち着かせるため、深く息を吸った。


「すうぅ.......はぁぁぁー......」


 そして、再び決意する

   

   ――それまでには、必ずここを出てやると。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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