第11話 『短槍長槍』
(もうそろそろだろうか......)
二人に手紙を書いてから、およそ三十分は経った。
看守だって人間。
起きていられる時間には限界がある。ましてや、罪人が深夜二時くらいに抜け出すとは思わないだろう。
まさに、この時間こそが最も気が緩み、眠気が強くなる時間帯。
僕はそれを、ここ数日で覚えていた。頭は悪いけれど、追い込まれれば誰だって考えようとするものだ。
「ゴホッ、ゴホッ...!」
「んー。うぅー」
別の牢から、咳やら寝言やらが聞こえてくる。
正直、自分じゃない所から音がすれば『マジかよ...』なんて思ってしまう。
だって、僕が脱獄するのを看守に知らせているみたいじゃないか...。
そんなことを思いながら、僕は鉄格子の隙間から通路の先を見た。
ラッキーなことに、夜番の看守が壁際の椅子に座ったまま寝ていた。いや、船を漕いでいたのだ。
その少し先の壁の木釘には、わずかな灯りを受けて鈍く光る鍵の束が掛けられていた。
けれども、僕の牢からでは距離があり、手を伸ばしても届きそうにない。
なにか棒のような長いものが必要だ。
でも、棒じゃダメなんだ。
なにかを引っ掛けるようなものが先端についていないと。
そう考えながら看守に目を移すと、隣に槍が置いてあるのを目で捉えた。
僕は大きく息を吸い、音を立てないようにゆっくりと吐く。そして右手を前に出すと、手袋の縫い目から真紅の光がほんの一瞬だけ滲んだ
――次の瞬間。
淡い銀色の粒子が集まり、細く、長く、冷たい一本の槍になっていった。
僕は昔から、この力を当たり前のように使っているけれど、この仕組みを全く理解していない。
感覚で使っているのだ。
だけど、今回ので二つ気づいたことがある。
一つ目は、大きなものを形にする時、手の甲の印が強く光を放つということ。
今までは、ほんの微かな光だった。
それは僕が、これまで小さなものしか創ってこなかったから気づけなかったんだろう。
そしてもう一つ。
大きなものを創る場合、体の芯が削られるみたいに疲れるということ。
肩から腕、腕から胸、あと内側の熱がごっそり持っていかれる感覚だ。
たぶん大きなものを創ることに、慣れていないから疲れるのだ。
そんな中でも、僕は槍を握った。
逃げるためだ。
そのためなら、耐えるしかない。
この槍は殺すための武器ではなく、届かないものを盗るための道具。
そう思いながら、もう一度鍵束へと視線を向けた。
「...よしっ!」
槍の柄を鉄格子の隙間から慎重に差し出し、息を止めたまま、ゆっくりと鍵の輪へ向けて伸ばしていく。
数寸。また数寸と。
そして、穂先が輪に触れるところまできて
――引っかかった。
そして、ほんの少しだけ槍を手前に引くと、鍵が揺れた。すると金属同士が擦れる、微かな音が小さく響いた。
しかし、看守や周辺の罪人の眠りは深く、気づかれるほどではなかった。
――数分後。
通路の真ん中あたりまで寄せたところで、疲労が腕に走った。
槍の先がほんのわずかにぶれ、『ゴンッ!!』と大きな音を立ててしまった......といっても低い音だが。
後ろの壁に、柄の一部がぶつかったのだ。
鍵に届く長い槍を創ったのはいいが、後ろの壁にぶつかってしまうことを想定していなかった。
後先考えず、思いつきで行動してしまう僕の悪い癖だ。
鍵束が『ビクッ』と揺れ、輪の中の鍵たちが微かに触れ合い、『チリぃ』と嫌な音を立てる。
「......っ!」
周りの奴らにバレないよう、すぐに槍をほどいた。
すると長槍は、たちまち淡い銀色の粒子に崩れ、闇の中へと溶けていった。
(...ふぅ...あっぶねぇ......)
僕は床に身を伏せ、毛布を肩まで引き上げ、何も知らない無関係な人を装う。
船を漕いでいる看守が、鍵の音を聞きつけて立ち上がるのかと思ったが、一度だけ身じろぎした後で鼻を鳴らし、また舟を漕ぎ始めたのだ。
「何だよ、もう」
毛布の中でゆっくりと息を吐き、しばらく待ってから、もう一度だけ通路の先を確認した。
光栄なことに、看守は落ちた鍵束に気づいていないようだった。
おかげで、鍵束は先ほどよりも少し手前の、鉄格子から届きそうな場所に落ちていた。
今度は、腕一本ほどの短い槍を創った。
そこまで重くなく、小さいぶん形も安定している。
僕は慎重に穂先を差し出し、鍵の輪を拾い上げる。
今度は引っ張らず、そっと持ち上げるように。
そして金属が床を擦らないよう、空中で少しずつ手元へ寄せていった。
――およそ二十秒後。
鍵束が鉄格子のすぐ前まで来たところで、僕は左手を伸ばし輪を掴んだ。
冷たくて、とても重たい鍵だった。
僕は槍を銀の粒子にほどき、しばらく鍵束を見つめていた。これもまた、盗みをしているんじゃないかと、そう思ったのだ。
けれど今は、そんなことを考えていてもしょうがない。
この盗みは、僕が生きて外に出る。
そのために必要なんだ。しょうがないことだ。
僕だって、こんな所で死を待つなんてごめんだ。
機骸のことを知ってしまったんだ。
殺される理由は十分にある。
そんなことを考えながら、僕は震える手で鍵束を握りしめ、それを胸に押し当て、そっと目を閉じた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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