第十一話 感謝と謝罪
暗い牢の中で、紙だけがやけに白く見えた。
僕の目には、ベルクレアの雪よりも白く映る。
まあ今の僕にとって、あの雪はもう灰色にしか見えてないのだから、当然といえば当然なのだが...。
それでも、この紙はまだ汚れていない純白。
家族と見ていたあの頃の雪のように白かった。
とたん筆記具を持つ指が、わずかに震えだす。
心の汚れた僕が書けば、その白は灰色に変わっていく。そんな気がした。
盗みは何度もやった。嘘もたくさんついた。
けれど、本当のことを書くのが怖かった。
しばらく迷ってから、僕はようやくペンをしっかり握り、書き始めた。本当なら、短い文で終わらせようと思っていたのだが......。
二人にはたくさん迷惑をかけたし、伝えたいことだって山ほどある。せめて最後くらいは、丁寧に別れを告げておこう。そう思った。
『叔母さん、アリーシャへ。
まず、ごめんなさい。ずっと黙って盗みをしていました。最初は、アリーシャに食べさせたかったからです。家のパンが減るたびに、自分の分だけ誰かの皿から奪っている気がして、それが苦しくて...手を汚しました。
でも本当のことを書くなら、それだけじゃありません。途中から僕は、盗むことに慣れてしまいました。うまくやれたときのあの感覚を、どこかで誇らしいと思っていたのも事実です。だから、こうして捕まったのは、きっと当然の報いなんだと思います。それでも、もし許されるならもう一度だけ、二人にちゃんと顔を向けて謝りたかった。本当は、もっとちゃんとした人間になりたかったです。
僕は、今日でこの街を出ます。もうここには戻れないかもしれません。探さないでください。できるなら、心配もしないでほしいです。勝手なお願いだと分かっています。それでも、もし許してもらえるなら、これからもアリーシャを叔母さんのそばに置いてやってください。
僕は、最後までちゃんと悪かったです。
だからせめて、これ以上は迷惑をかけないようにします。
今まで、本当にありがとうございました。
イザヤより』
ついでに、各々に宛てた手紙も書いておこう。
それぞれに伝えたいことが僕にはあるんだ。
『叔母さんへ。
僕たちを引き取ってくれて、ありがとうございました。冬の薄いスープも固いパンも、ちゃんと温かかったです。あの家の明かりに、何度も救われました。洗濯物の匂いも朝の鍋の音も、僕はたぶん一生忘れません。
あの家に来たばかりの頃、僕は母さんがいなくなったことを受け入れられずにいました。そんな僕が、少しずつでも前を向けるようになったのは、叔母さんのおかげです。
これまでたくさん迷惑をかけました。ごめなさい。最後に、どうかお体に気をつけて、長生きしてください。
イザヤより』
――よしっ。次はアリーシャだ。
『アリーシャへ。
お前はたぶん、ずっと前から俺のことに気づいていたんだと思います。それでも何も言わずにいてくれたことが、今になっていちばん苦しいです。それに気づいてやれなかったことも、ずっと後悔しています。こんな鈍感な兄でごめんなさい。そして優しい妹でいてくれて、ありがとう。
実は、お前には面と向かって一度も言えなかったことがあります。本当はずっと言いたかった。でも、恥ずかしくて言えなかったです。だからその気持ちを今、この手紙に書きます。
お前の青い髪は、雪の朝にいちばん綺麗だった。
たぶんそれは、俺には雪が灰色に見えていたからかもしれません。それでも...どんな色よりも、そして雪よりも、お前の髪のほうが、俺の目にはずっと綺麗に映ってました。
イザヤより』
書き終えたあと、僕はしばらく紙を見つめていた。
込み上げてくるものを、必死に押し殺しながら。
涙だけは、こぼさないようにと。
看守に気づかれないよう、心の中だけで泣いていた。本当は思い切り泣きたかった。
自分の字が、こんなに弱く見えたのは初めてだ。
それに、謝ってばかり。感謝も別れも、全部が遅すぎる。なんで直接、面と向かって伝えられなかったんだろう。そんな自分が、情けなく思えてくる。
それでも、書かないよりはマシだ。
何も残さずに消えるよりかは、ずっと。
そう思いながら、僕は三通目の紙を手に取り、叔母宛てではなくアリーシャにだけ言葉を足した。
追伸――
俺が捕まったとき、真っ先に牢まで来てくれたよな。あれがほんとうは、凄く嬉しかった。面会に来てくれたのは、お前だけだったから。
たいしたものは何も残せないけれど、この手紙と一緒に、左腕につけていた銀のブレスレットを置いていく。これは盗んだものじゃない...だから安心してくれ。お前がまだ小さかった頃に、父さんからもらったものだ。俺のことを忘れそうになったら、これを見てたまに思い出してくれ。
最後の言葉を書いたところで、僕は目を閉じた。
目頭がとても熱い。けど、泣くのは牢を出てから。
そう思って、僕は三通の手紙を丁寧に折り、洋封筒に封入した。
時刻は、およそ深夜二時だろうか。
時計はないが、なんとなくそれくらいだと分かる。
もう立ち止まっていられるほど、夜は長くない。
朝日が昇り始めるのが五時くらいだとしたら、タイムリミットは残り三時間といったところ。
僕は心を落ち着かせるため、深く息を吸った。
「すうぅ.......はぁぁぁー......」
そして、再び決意する
――それまでには、必ずここを出てやると。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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