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灰雪のベルクレア  作者: 村井 世那
ベルクレア脱獄編
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第10話 『感謝と謝罪』

 

 逃げ出す前に、やるべき事が一つだけあった。

 それは、アリーシャと叔母さん宛に手紙を残すことだ。

 何も残さずに去るなんて、僕には出来ない。


 僕は静かに息を吐き、カシミヤに覆われた右手を開く。

 すると掌の上に、淡い銀色の粒子が集まり始める。


 雪明かりを失った銀みたいな、冷えた光。

 やがて淡い銀色の粒子は、三枚の紙と細い筆記具、洋封筒へと姿を変えた。


 暗い牢の中では、その紙だけがやけに白く見えた。

 僕の目には、ベルクレアの雪よりも。

 まぁ今の僕にとって、あの雪はもう灰色にしか見えてないのだから、当然といえば当然なのだが。


 それでも、この紙はまだ汚れていない純白。

 家族と見ていたあの頃の雪のように白かった。


 そう考えると、筆記具を持つ指が震える。

 心の汚れた僕が書けば、その白は灰色に変わっていくような気がしたのだ。


 盗みは何度もやった。嘘もたくさんついた。

 けれど、本当のことを書くのが怖かった。


 しばらく迷ってから、僕はようやくペンをしっかり握り、書き始めた。

 本当なら、短い文で終わらせようと思っていたが。


 二人にはたくさん迷惑をかけたし、伝えたいことだって山ほどある。

 せめて最後くらいは、丁寧に別れを告げておこう。

 そう思った。


『叔母さん/アリーシャへ。

 ごめんなさい。ずっと黙って盗みをしていました。最初は、アリーシャに食べさせたかったからです。家のパンが減るたびに、自分の分だけ誰かの皿から奪っている気がして、それが苦しくて手を汚しました。

 でも本当のことを書くなら、それだけじゃありません。途中から僕は、盗むことに慣れてしまいました。上手くやれたときのあの感覚を、どこかで誇らしいと思っていたのも事実です。だから、こうして捕まったのは、きっと当然の報いなんだと思います。それでも、もし許されるならもう一度だけ、二人にちゃんと顔を向けて謝りたかった。本当は、もっとちゃんとした人間になりたかったです。

 僕は、今日でこの街を出ます。もう此処には戻れないかもしれません。探さないでください。できるなら、心配もしないでほしいです。勝手なお願いだと分かっています。それでも、もし許してもらえるなら、これからもアリーシャを、叔母さんのそばに置いてやってください。


 今まで、本当にありがとうございました。


                 イザヤより』


 ついでに、各々に宛てた手紙も書いておこう。

 それぞれに伝えたいことが、僕にはあるんだ。


『叔母さんへ。

 僕たちを引き取ってくれて、ありがとうございました。冬の薄いスープも固いパンも、ちゃんと温かかったです。あの家の明かりに、何度も救われました。洗濯物の匂いも朝の鍋の音も、僕はたぶん一生忘れません。

 あの家に来たばかりの頃、僕は母さんがいなくなったことを受け入れられずにいました。そんな僕が、少しずつでも前を向けるようになったのは、叔母さんのおかげです。

 これまで、叔母さんにはたくさん迷惑をかけました。ごめなさい。最後に、どうかお体に気をつけて、長生きしてください。


                 イザヤより』


     ――よしっ。次はアリーシャだ。


『アリーシャへ。

 お前はたぶん、ずっと前から俺のことに気づいていたんだよな。それでも、何も言わずにいてくれたことが、今になって苦しく思っている。それに気づいてやれなかったことも、ずっと後悔してる。


 こんな鈍感な兄でごめんな。

 そして、優しい妹でいてくれてありがとう。


 実は、お前には面と向かって一度も言えなかったことがあるんだ。本当はずっと言いたかった。でも、恥ずかしくて言えなかった。だから、その気持ちを今、この手紙に書かせてほしい。


 『お前の青い髪は、雪の朝にいちばん綺麗だった』


 たぶんそれは、俺には雪が灰色に見えていたからかもしれない。それでも、どんな色よりも、雪よりも、お前の髪のほうがずっとずっと綺麗だった。


                 イザヤより』


 書き終えたあと、僕はしばらく紙を見つめていた。

 込み上げてくるものを、必死に押し殺しながら。

 涙だけは、こぼさないようにと。

 看守に気づかれないよう、心の中だけで泣いていた。

 本当は思い切り泣きたかった。


 自分の字が、こんなに弱く見えたのは初めてだ。

 それに、謝ってばかり。

 感謝も別れも、全部が遅すぎる。

 なんで直接、面と向かって伝えられなかったんだろう。

 そんな自分が、情けなく思えてくる。


 それでも、何も書かないよりはマシだった。

 何も残さずに消えるよりかは、ずっと。


 そう思いながら、僕は三通目の紙を手に取り、叔母さん宛てではなくアリーシャにだけ言葉を足した。


 追伸――

 俺が捕まったとき、真っ先に牢まで来てくれたよな。あれが本当は、凄く嬉しかった。面会に来てくれたのは、お前だけだったから。

 たいしたものは何も残せないけれど、この手紙と一緒に、左腕につけていた銀のブレスレットを置いていく。これは盗んだものじゃない。だから安心してくれ。お前がまだ赤ん坊だった頃に、父さんからもらったものだ。俺のことを忘れそうになったら、これを見て思い出してくれ。



 最後の言葉を書いたところで、僕は目を閉じた。

 目頭がとても熱い。けど、泣くのは牢を出てからだ。

 そう思って、僕は三通の手紙を丁寧に折り、洋封筒に封入した。


 時刻は、およそ深夜二時だろうか...?

 時計はないが、長いこと生活していれば、なんとなくそれくらいだと分かる。

 もう立ち止まっていられるほど、夜は長くないと。


 僕は心を落ち着かせるため、深く息を吸った。


 そして、決意する――


     『必ず、此処を出てやる!』と。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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