第70話 次の千年
婚礼から、一週間が、経った。
ノエルと、リューシェが、世界の旅に、出かけて、四日。クリストフが、即位して、三日。アルトが、ハインツの家庭教師の、お勉強を、始めて、二日。
魔王城に、残ったのは——ゼルヴァーン、リーシェ、ナディア、デミウルゴ、ハインツ、アルト、の、六人。
最も、賑やかだった、婚礼の日々が、静かに、収まって、新しい、日常が、始まっていた。
◇
その日の、朝食の時。
デミウルゴが、書状を、持って、入ってきた。
「陛下」
「何だ」
「ご報告が、ございます」
「言え」
「魔王城の地下から——」
応接間ではないが、大食堂が、しんと、静まった。
「地下から」
「ええ。地下の、千年閉じていた、石の扉から——声が、聞こえる、と」
「声」
「ええ」
「誰の」
「分かりません」
「魔族の声か、人間の声か」
「魔族の、声、で、ございます。しかし、こちらの、魔族の声では、ございません」
「では」
「別の、大陸の、魔族の、声、で、ございます」
ゼルヴァーンが、立ち上がった。
「行く」
◇
地下。
城の、千年閉じていた、石の扉。
ゼルヴァーンが、千年前、誰も、入らないようにと、封印した、扉だった。
扉の、向こうから——確かに、声が、聞こえていた。
遠い。とても、遠い。しかし、確かに、人の、声。
ゼルヴァーンが、扉に、手を、当てた。
扉が、ゆっくり、開いた。
千年閉じていた、扉が、自ら、開いた。
扉の、向こうは——闇、だった。長い、廊下。地下の、ずっと、深い、ところまで、続いていた。
しかし、廊下の、奥から、声が、漏れていた。
「お前の半身は——見つかった、のか」
千年前の、低い、男の、声、だった。
ゼルヴァーンが、息を、止めた。
「これは——」
「陛下、ご存知の声、ですか」
「ああ」
「どなたで」
「東の海の、魔王、だ」
応接間ではないが、廊下が、しんと、静まった。
「東の海の」
「ああ。千年前、停戦の調印の時に——もう一人、いた、魔王、だ」
「他の魔王が」
「ああ。この大陸の魔王は、僕、だが——大陸は、四つ、ある。それぞれに、魔王が、いる」
「四つ」
「ああ」
「東の、海の、魔王」
「ああ。千年前、彼は、僕に、こう、申していた。『お前の半身が、消えた。次の千年、お前と、僕の話は、別の話、だ』」
「ええ」
「千年、彼から、声を、聞かなかった。今、聞こえた」
「では」
ゼルヴァーンが、リーシェの方を、見た。
「彼の半身が——見つかった、のかも、しれない」
「ゼルヴァーンさま」
「あるいは、見つけて、もらいたい、のかも、しれない」
◇
廊下の、奥の、声、が、また、響いた。
「ゼルヴァーンよ」
「東の魔王」
「お前の半身は、見つかった、のだな」
「ああ」
「次は、僕の、半身を、探してくれぬか」
ゼルヴァーンが、長く、答えなかった。
リーシェを、見た。
「リーシェ」
「ええ」
「東の、海の、魔王が、僕に、お願いを、申している」
「ええ」
「僕の半身は、見つかった。次は、彼の半身を、探してくれ、と」
「ええ」
「君は、どう、思う」
「ええ」
「これは、僕の——千年の、続きの、最初の、お役目に、なる、かも、しれない」
「ええ」
「お受けに、なります、か」
「ええ」
「私たちで」
「ええ」
◇
大食堂に、戻った。
家族の、全員に、ゼルヴァーンが、お話を、申し上げた。
「東の海の、魔王から、お声が、あった」
「ええ」
「彼の半身を、探して、くれ、と」
「ええ」
「リーシェと、僕で、お受けする」
応接間が、静まった。
アルトが、口を、開いた。
「ぼくも、ご一緒、しますっ」
「アルト」
「ぼく、ねえさまの隣に、いさせて、ください」
「アルト、君は、グランハイドの、お勉強が」
「お勉強は、ハインツさん、と、旅先でも、できます」
ハインツが、頷いた。
「私、書庫長を、しながら、アルト様の、家庭教師も、続けます。旅でも」
「ハインツさん」
「ええ。私の指の、インクは、もう、これ以上、染まることは、ありません。代わりに、新しい、文字を、教えに、参ります」
ナディアと、デミウルゴが、目を、合わせた。
「私たちも、お供、いたします」
「ナディア」
「お嬢様の、お側に、おります。デミウルゴさまと、ご一緒に」
デミウルゴが、眼鏡を、直した。
「千年お仕えしておりますが——」
「数えるな」
「ただいま記録しております」
「やめろ」
「次の千年の、記録でございます」
応接間に、笑い声が、満ちた。
◇
夕方。
月の庭園。
ゼルヴァーンと、リーシェが、立っていた。
月の庭園は、咲き乱れていた。お姉さまと、お母さまの、魂が、循環の中で、見守って、おられた。
二つの月が、空に、あった。片方が、わずかに、欠け始めていた。
別の、循環の、印。
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「次の千年が——」
「始まったな」
「ええ」
「東の、海の、魔王に、お会いに、行きます」
「ええ」
「彼の半身を、探しに、行きます」
「ええ」
「リーシェ」
「はい」
「君の千年は——」
「ええ」
「東の海から、始まる、のかも、しれない」
「ええ」
「あなたが、隣に、いてくださるから」
「ああ」
ゼルヴァーンが、リーシェの肩に、手を、置いた。
二人は、月の庭園で、長く、立っていた。
遠く、東の方角から、海の、潮の香りが、風に、乗って、届いていた。
◇
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「私、嬉しいです」
「何が」
「次の千年が、まだ、続くこと」
「ああ」
「あなたの、千年の続きと、私の、千年の続きが——」
「ああ」
「世界の、別の場所にも、届くこと」
「ああ」
「半身が、要らない、と、言われない、世界に、ご一緒に、するため」
「ああ」
「私たちの千年は、お二人だけの千年では、ありません」
「ああ」
「世界の、千年に、なります」
ゼルヴァーンが、頷いた。深く。
「リーシェ」
「ええ」
「君は——半身、ではなく、僕の妻、でもなく」
「ええ」
「世界の、半身に、なるのか」
「ええ」
「いいえ」
「いえ、ですか」
「私は、ただの、リーシェ、です」
ゼルヴァーンが、笑った。
「ああ。君は、ただのリーシェだ」
「ええ」
「世界で、いちばん、幸せな、ただの、リーシェ、だ」
「ええ」
二人は、月の庭園で、もう一度、額と、額を、合わせた。
千年で、何度目かの、額の重なり。
しかし、これからの千年は、もっと、たくさんの、額の重なりが、あるはずだった。
第2部「真相」 了。
千年は、まだ、続く。
東の方角の、潮の香りが、もう、二人の、髪に、絡んでいた。
お読みいただき、本当に、ありがとうございます。
第2部「真相」、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
「お前の半身は、見つかった、のだな」
「次は、僕の、半身を、探してくれぬか」
東の海の、別の魔王からの、お声が、千年閉じていた、地下の扉から、響きました。
家族の、皆さまが——
ゼルヴァーンと、リーシェ。アルトと、ハインツ。ナディアと、デミウルゴ。
六人で——東の海の、次の千年に、向かいます。
ノエルと、リューシェは、別の方角の、世界を、旅しております。
フィンは、グランハイドで、ご隠居中です。
クリストフは、国王として、即位の、ご準備を、なさっておられます。
千年は、まだ、続きます。
次回、第71話「出立の朝」。
第3部「もう一人の千年」、開幕です。
「ここまで読んでよかった」と、思ってくださった方。
ブックマーク・評価・感想・レビューを、何卒、お願いいたします。
あなたの、お声が、次の千年の、花を、咲かせます。
蒼空ルーシェ




