第69話 千年後の朝
翌朝。
リーシェが、目を、覚ました時——
隣に、ゼルヴァーンが、眠っていた。
千年の魔王が、半身の、ベッドの隣で、眠っていた。
穏やかに。
千年で、いちばん、穏やかな、お顔で。
リーシェは、しばらく、彼の寝顔を、見つめていた。
左手が、無意識に、心臓の上の、何かを、握ろうとした。
しかし——今朝は、ロケットでは、なかった。
婚礼の、指輪を、はめた、右手の、指輪を、左手で、握っていた。
「ゼルヴァーンさま」
彼女が、囁いた。
「千年——おやすみなさい」
◇
大食堂。
八時の朝食。
マリーが、また、料理を、運んでいた。今朝は、特別な、新婚の、朝食。蜂蜜のパン、卵、果物、そして——蜂蜜菓子、二十一個。
「ゼルヴァーンさま」
「うん」
「お顔が、ぼーっと、しておられます」
「ぼーっと、している」
「ええ」
「眠かったか」
「眠ったのです、千年ぶりに」
大食堂に、笑い声が、満ちた。
デミウルゴが、眼鏡を、直した。
「千年お仕えしておりますが——」
「数えるな」
「ただいま記録しております」
「やめろ」
「お祝いの、記録でございます」
「お前、もう、自分のことを、記録、すると、言ったではないか」
「お祝いは、家族の、共有のもの、でございます」
ナディアが、笑っていた。
ハインツが、書庫から、本を、持ってきていた。
「リーシェさま」
「ハインツさん」
「半身の本、をお返し、いたします」
「私の」
「ええ。婚礼の、お祝いに——あの本を、ご家庭の、書架にお戻し、申し上げます」
「ええ」
「半身の本は、もう、千年、開かれることが、ないかも、しれません。世界の循環が、戻りましたから」
「ええ」
「お子様、がお生まれに、なって——お読みに、なる時のために」
リーシェの頬が、また、赤くなった。
「お子様」
「ええ、半身さま」
「ハインツさん、まだ、そんなお話は——」
「お祝いの、記録でございます」
大食堂に、笑い声が、満ちた。
◇
午前中。
月の庭園。
家族の、皆が、集まっていた。
月の庭園の、花は、咲き乱れていた。中央に、三輪の白い花——盟約、お姉さまの再会、婚礼の印。
ノエルが、リューシェと、隣に、立っていた。
二人は、明日、旅に、出る。
「ノエルさん」
「リーシェ」
「明日、出発、なんですね」
「ええ」
「お気を、つけて」
「ええ」
「年に一度、お祭りで、お会いしましょう」
「ええ」
ノエルが、リーシェを、抱きしめた。
「リーシェ」
「ええ」
「私を、家族に、して、くださって、ありがとう、ございました」
「ノエルさん」
「私の、千年は——あなたで、報われました」
「ノエルさん」
「あなたの、千年も——花の中で、お見守り、申し上げます」
「ええ」
「私と、リューシェさまが、世界を、旅して——花が咲く、すべての場所で、お会いいたします」
「ええ」
リューシェも、リーシェを、抱きしめた。
「お嬢様」
「リューシェさま」
「お姉さまの、続きを、ありがとう」
「リューシェさま、こちらこそ」
「私の千年も——花の中で、お見守り、申し上げます」
「ええ」
◇
午後。
クリストフが、王宮に、戻る、ことになった。
即位の準備が、あった。
「リーシェさん」
「クリストフ様」
「お婚礼、心より、お祝い、申し上げます」
「ありがとうございます」
「私は、これから、即位の、準備に、戻ります」
「ええ」
「半身の血を、隠さない、世界を、作って、参ります」
「ええ」
「お母さまの、想いの、続きを」
「ええ」
「リーシェさん、年に一度の、お祭りで——お会いしましょう」
「ええ」
「お互いの、千年の続きを、お見守り、申し上げましょう」
「ええ」
クリストフが、リーシェに、深く、頭を、下げた。王太子としての、礼。
しかし、彼は、すぐに、頭を、上げて——王太子としてではなく、友達として、お別れ、申し上げた。
「リーシェさん」
「ええ」
「ありがとう、ございました」
「ええ」
◇
夕方。
グランハイド公爵——お父様も、ヴァルター長兄、次兄、と、邸に、お戻りに、なる、ことに、なった。
「リーシェ」
「お父様」
「お幸せに」
「ありがとうございます」
「アルトを——お任せ、申し上げる」
「アルトは、ご一緒に、グランハイドに、お戻りに、なりませんか」
「あの子は、お前と、暮らしたい、と、申しておった」
「えっ」
「家庭教師の、ハインツの、お側で、勉強したい、と」
「お父様」
「お前を、産んだ、母も——お前と、暮らしたかった、ことだろう」
「お父様」
「リーシェ」
「ええ」
「お前を——お前を、十七年、要らない、と、言ったこと」
「お父様」
「もう、お詫び、申し上げる機会も、なくなる」
「お父様」
「許してくれ、とは、もう、申さぬ」
「ええ」
「ただ、お前が、幸せに、なって、いただきたい」
「お父様」
「リーシェ」
リーシェが、お父様を、抱きしめた。
初めて、お父様を、抱きしめた。
お父様の、目から、涙が、ぼろぼろ、落ちた。
「お父様」
「ええ」
「私、幸せです」
「ええ」
「お父様も、お幸せに」
「ええ」
馬車が、グランハイドへ、走り出した。
ヴァルター長兄と、次兄が、馬車の窓から、リーシェに、深く、頭を、下げた。
◇
夕日が、沈んだ。
月の庭園で、ゼルヴァーンと、リーシェが、二人だけで、立っていた。
二つの月が、まだ、満月のままで、空に、出ていた。
しかし——
よく、見ると、片方の月の、端が——ほんの、わずかに、欠け始めていた。
昨夜、両方が、満月に、なって。今夜、欠け始めている。
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「月が——」
「ああ」
「また、欠け始めて、おります」
「ああ」
「もう、世界の循環は、戻った、はずなのに」
ゼルヴァーンが、長く、月を、見上げた。
「リーシェ」
「ええ」
「これは——」
「ええ」
「別の、循環、かも、しれない」
「別の」
「ああ」
風が、吹いた。
遠く——どこか、別の、大陸の方角から、別の、声が、聞こえた気が、した。
二人とも、まだ、確信は、なかった。
しかし——千年待った、魔王の、感覚が、捉えていた。
別の、何かが、別の場所で、待っている。
お読みいただきありがとうございます。
千年遅れの、婚礼の、翌朝。
家族の、皆が、千年の続きを、ご一緒に、お祝い、申し上げました。
ノエルと、リューシェが、明日、世界の旅に、お出かけ、なられます。
クリストフ様が、王宮に、お戻りに、なられました。
お父様と、ご兄弟が、グランハイドに、お戻りに、なられました。
しかし——
二つの満月の、片方が、夕方には、もう、欠け始めて、おりました。
別の循環が、別の場所で、始まっている、可能性が、ございます。
次回、第70話「次の千年」。
第2部「真相」、完結話。
別の大陸の、別の魔王の、声が——
初めて、響きます。
——夕方に欠け始めた月に、いやな予感がした方。どうか、一押しを。
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千年後の朝に、☆ひとつ、お力添えを。
蒼空ルーシェ




