第68話 婚礼
月光石の、祭壇の前。
ゼルヴァーンと、リーシェが、向き合った。
数百人の招待客が、息を、止めて、見守っていた。
デミウルゴが、儀式の進行役、として、二人の前に、立った。眼鏡を、丁寧に、直して。
「千年お仕えしておりますが——」
「数えるな」
「申し上げます」
「ああ」
「魔王ゼルヴァーン陛下、半身リーシェ・グランハイド様」
「ええ」
「ご婚礼の儀式を、執り行います」
「ええ」
デミウルゴが、書状を、開いた。古代魔族の、千年前から伝わる、婚礼の誓いの文。
しかし、彼は、書状を、テーブルに、置いた。
「お二人の、婚礼の誓いは——お二人の、お言葉で、お願い、申し上げます」
◇
ゼルヴァーンが、リーシェの両手を、取った。
「リーシェ」
「ゼルヴァーンさま」
「千年前の停戦の夜、僕は——お姉さまを、失った」
「ええ」
「あの夜から、僕は、千年、待っていた」
「ええ」
「君に、お会いするまで——」
ゼルヴァーンの目が、揺れた。しかし、涙は、流れなかった。
「君に、出会って、僕は、ようやく、千年の続きを、生きる、ことが、できた」
「ええ」
「リーシェ」
「ええ」
「千年前のお姉さまが、おっしゃった——『次の半身は、揺らいでも、消えない、お方』」
「ええ」
「君は、その方、だった」
「ええ」
「君は、千年、待った、価値のある、人だ」
リーシェの目から、涙が、ぼろぼろ、落ちた。
「いいえ」
「いえ」
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「あなたが、千年、私を、お待ち、くださったから——私は、要らない娘ではなく、なれました」
「ええ」
「私は、十七年、お父様に、お前で、ちょうどよかった、と、おっしゃられて、参りました」
「ええ」
「しかし、あなたが——千年待った、と、おっしゃってくださったから、私は、ようやく、ちょうどよかった、と、ご返事、申し上げる、ことが、できました」
「ああ」
「私を、必要だ、と、おっしゃってくださって、ありがとうございます」
「いや」
「いや、ですか」
ゼルヴァーンが、首を、振った。
「ちょうどよかった、のでは、ない」
「えっ」
「君でなければ、ならなかった」
応接間ではないが、大広間が、しんと、静まった。
「君でなければ、ならなかった」
「ええ」
「千年前のお姉さまの、続きでは、ない」
「ええ」
「君、自身が、必要だった」
「ええ」
リーシェの目から、涙が、止まらなくなった。
◇
ゼルヴァーンが、リーシェの指に、指輪を、はめた。
銀の、指輪。中央に、小さな、白い、月光石。
「リーシェ」
「ゼルヴァーンさま」
「君を、僕の、妻に、迎える」
「はい」
「千年でも、その先でも、隣に、立つ」
「はい」
「揺らいでも、消えないように、隣にいる」
「はい」
「君が、揺らがれないように、ではない」
「ええ」
「揺らがれても、消えないように、隣にいる」
「はい」
リーシェも、ゼルヴァーンの指に、指輪を、はめた。
銀の指輪。中央に、淡い、銀の蕊の、花。
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「私も——あなたを、私の、夫に、迎えます」
「はい」
「千年でも、その先でも、隣に、立ちます」
「ああ」
「揺らがれても、隣に、いて、ください」
「ああ」
「揺らがれた、あなたを——私が、止めます」
「ああ」
◇
二人は、額と、額を、合わせた。
千年で、四度目の、額の重なり。
月光石の祭壇の前で、二人は、長く、立っていた。
そして——唇が、重なった。
数百人の前で。
千年遅れの、初めての、公の、口づけ。
大広間に、拍手が、満ちた。
花弁が、舞った。
誰が、撒いた花弁か、わからなかった。月の庭園から、風に、乗って、飛んできた、お姉さまの、お祝いだった。
◇
大広間の、窓の外。
二つの月が、両方とも、満月に、なって、空に、並んでいた。
千年で、初めての、両方の満月の、夜。
月の光が、大広間の中に、降り注いでいた。
窓辺で——
風が、吹いた。
千年前のお姉さまと、十六年前のお母さまの、魂が、世界の循環の中で、リーシェと、ゼルヴァーンを、お祝い、なさっていた。
◇
夜が、更けた。
大広間の、宴会。家族と、招待客が、笑って、食べて、踊って、お祝い、を、申し上げていた。
マリーが、料理を、運んでいた。料理長が、四本腕で、お酒を、注いでいた。
アルトが、リューシェと、ノエルと、踊っていた。十二歳の喉が、笑い声で、満ちていた。
ハインツが、書庫長として、子供たちに、囲まれて、お話を、していた。
クリストフが、グランハイド公爵——リーシェのお父様、と、長く、お話を、なさっていた。
ナディアと、デミウルゴが、隅で、ゆっくり、お酒を、飲んでいた。
すべての家族と、招待客が、千年の続きを、お祝い、申し上げていた。
◇
夜更け。
ゼルヴァーンと、リーシェが、大広間を、抜け出して、月の庭園に、出ていた。
二つの満月が、空に、あった。
月の庭園に、銀の光が、降っていた。
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「千年——」
「ああ」
「ようやく、二人で、お会いに、なれました」
「ああ」
「これからの千年も——」
「ああ」
「ご一緒に、過ごします」
「ああ」
ゼルヴァーンが、リーシェを、抱きしめた。
月の庭園の、花の中で。
千年遅れの、婚礼の、最後の、抱擁。
「リーシェ」
「ええ」
「世界で、いちばん、幸せな、半身、と、申していたな」
「ええ」
「今夜は」
「世界で、いちばん、幸せな、花嫁、です」
「ああ」
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「あなたは」
「世界で、いちばん、幸せな、魔王、だ」
お読みいただきありがとうございます。
千年遅れの、婚礼が、執り行われました。
「ちょうどよかった、のでは、ない。君でなければ、ならなかった」
ゼルヴァーン陛下が、リーシェに、千年の、お答えを、申し上げました。
そして、リーシェも——千年の続きを、ご一緒に、過ごす、ことを、誓いました。
二つの月が、両方とも、満月に、なって、千年で、初めての、満月の夜が、訪れました。
次回、第69話「千年後の朝」。
婚礼の、翌朝。
家族の、新しい日常が、始まります。
ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。
千年遅れの、婚礼に、☆ひとつ、お力添えを。
蒼空ルーシェ




