第62話 世界が、満ちる
翌朝。
大食堂に、デミウルゴが、書状の束を、持って、入ってきた。
「陛下」
「何だ」
「世界各地から、書状が、届いております」
「いつもの、報告書か」
「いえ。今回は——」
「では、何だ」
「お祝い、と、感謝、で、ございます」
応接間ではないが、大食堂が、しんと、静まった。
「お祝い」
「ええ。一つ、お読み、いたしますか」
「ああ」
デミウルゴが、書状を、開いた。
「『北の三州、より。今年の、麦の実りが、千年ぶりに、豊作で、ございました。子供たちが、冬を、越せるよう、なりました。半身さまの、お恵み、心より、御礼、申し上げます』」
リーシェの息が、止まった。
「北の三州——」
「ええ。お嬢様が、ずっと、お気に、なさっていた、地域、で、ございます」
「ええ」
デミウルゴが、もう一通、開いた。
「『南の、沿岸の街、より。涸れていた、泉が、千年ぶりに、湧き始めました。漁の収穫も、増えております』」
もう一通。
「『東の、森林地帯、より。枯れていた、樹齢千年の、大木が、新しい、芽を、出し始めました』」
もう一通。
「『西の、砂漠、より。砂漠の中央に、初めて、花が、咲きました。子供たちが、初めて、花を、見て、笑っております』」
大食堂が、静まった。
ナディアの目から、涙が、落ちた。
「世界が、満ちる」
「ええ。お嬢様が、咲かせる、花のお力が——本当に、世界に、届いて、おります」
リーシェが、自分の手のひらを、見つめた。
「私の手から——」
「ええ」
「お姉さまと、お母さまと、皆さまの魂が、世界に、流れて、いる」
「ええ」
リーシェの目から、涙が、ぼろぼろ、落ちた。
「皆さまが——」
「世界の中で、生きておられます」
「ええ」
◇
「リーシェ」
ゼルヴァーンが、横で、声を、かけた。
「ええ」
「君は——千年前、お姉さまが、できなかった、こと、を、している」
「えっ」
「お姉さまは、最期に、力を、放った。世界が、一度、満ちた。しかし、すぐに、循環が、止まった」
「ええ」
「君は、毎日、咲かせている。循環が、止まらない」
「ええ」
「千年前のお姉さまが、できなかった——『続く循環』を、君は、している」
「私が」
「ああ」
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「私一人では、できません」
「ああ」
「家族が、隣に、いてくれるから、です」
「ああ」
ゼルヴァーンが、リーシェの手を、握った。
◇
朝食のあと、ハインツが、ゼルヴァーンに、頭を、下げた。
「陛下」
「何だ」
「私からも、ご報告が、ございます」
「言え」
「王宮の書庫の、半身関連の、文献を、すべて、整理、終えました」
「うん」
「これから——半身の血を、引く、子供たちの、教育に、当たって、参ります」
「うん」
「クリストフ殿下の、書庫長として」
「ああ」
「私の、両手の指の、インクは——もう、新しく、染まることは、ないかも、しれません」
「ああ」
「しかし、十年分の、インクは、私の指に、残っております」
「ああ」
「これからの、人生で——もう、剥がすことなく、生きて、参ります」
リーシェが、口を、開いた。
「ハインツさん」
「ええ、リーシェさま」
「インクは——あなたの、千年の証、です」
「ええ」
「これからも、その、お指で——子供たちに、文字を、お教え、ください」
「ええ」
◇
午後。
月の庭園。
ゼルヴァーンが、リーシェを、誘った。
二人だけ、で。
月の庭園は、千年前の姿に、戻っていた。咲き乱れる花。中央の二輪の白い花。
「リーシェ」
「ええ」
「君に——今日、お話したい、ことがある」
「はい」
ゼルヴァーンが、長く、息を、整えた。
「千年の魔王が——」
「ええ」
「千年で、初めての、お願いを、申し上げます」
「ええ」
「君は——」
ゼルヴァーンが、リーシェの両手を、取った。
しゃがんだ。
応接間の床ではない。花壇の、土の上に。
最初の夜、彼が、リーシェの前に、跪いたのと、同じ姿勢で。
しかし、今日は——涙では、なかった。
決意の目で。
「リーシェ」
「ええ」
「僕の、隣に、千年、立ち続けてくれるか」
リーシェの目から、涙が、ぼろぼろ、落ちた。
「ええ」
「千年——」
「ええ」
「あるいは、もっと長く」
「ええ」
「君の人生の、千年を、僕に、ください」
「ええ」
「僕の人生の、千年と、君の人生の、千年を、隣に、並べて、過ごしたい」
「ええ」
リーシェが、両手で、ゼルヴァーンの手を、握り返した。
「お受けします」
「リーシェ」
「ええ」
「ありがとう」
「いえ」
「君を、千年待った、甲斐が、あった」
「お会いするために、千年、待ってくださって、ありがとう、ございました」
「いや」
「いえ、ですか」
「君が、僕を、待たせた、のではない、と——前にも、申した」
「ええ」
「君に、出会うために、僕が、千年、迎えに行く時間が、必要だっただけ、だ」
「ええ」
「そして、ようやく、君に、追いついた」
「ええ」
ゼルヴァーンが、立ち上がった。
リーシェを、抱きしめた。月光ではなく、午後の光の下で。
二人が、長く、抱き合っていた。
◇
遠く、城の窓辺で——
家族の、皆が、見ていた。
覗き見ているのが、バレないように、覗き見ていた。
しかし、デミウルゴが、眼鏡を、外して、目元を、押さえているのは——丸見え、だった。
ナディアが、ノエルの肩に、頭を、預けて、泣いていた。
リューシェが、頷いていた。何度も。
アルトが、十二歳の喉で、こう、囁いた。
「ねえさま——」
「ぼく、ねえさまの結婚、嬉しいです」
ハインツが、隣で、頷いた。
クリストフが、王太子としては、不適切な顔で、笑っていた。
六人——八人の家族の、午後だった。
お読みいただきありがとうございます。
世界が、満ちました。
北の三州、南の沿岸、東の森林、西の砂漠——
すべての場所から、お祝いの、お知らせが、届きました。
そして、ゼルヴァーンが、リーシェに、千年で、初めての、お願いを、申し上げました。
「僕の、隣に、千年、立ち続けてくれるか」
「お受けします」
千年待った魔王と、要らないと言われた半身が——
ようやく、千年の続きを、二人で、歩む、ことに、なりました。
家族の、皆が、城の窓辺で、覗き見ていたのが、バレバレ、でした。
次回、第63話「婚礼の話」。
第2部第5章「もう一度の朝」、最終話。
婚礼の準備が、始まります。
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蒼空ルーシェ




