第61話 ノエルの千年
翌朝。
大食堂に、八人が、揃った。フィンが、グランハイド領に、ご隠居なさったので、八人。
ノエルが、ナディアの隣の席に、座っていた。今朝も。
朝食を、初めて、家族として、取る、ノエル。
彼女は、フォークの握り方を、知らなかった。
千年、食事を、取っていなかったから。
「ノエル様」
ナディアが、隣で、教えた。
「こう、お持ちください」
「ああ、なるほど」
「親指で、こう」
「親指で——」
「そうそう」
ノエルが、不器用に、蜂蜜菓子を、刺した。口に、運んだ。
咀嚼した。
目が、見開かれた。
「美味しい——」
「ええ」
「これは、千年で、初めて——食べたものです」
「千年、何も、お召し上がりに、なられていなかったのですね」
「ええ。私は、収穫した、半身の魂を、栄養として、生きていました」
ノエルが、もう一口、菓子を、刺した。
「美味しい——」
「もう一個、いかがですか」
「いただきます」
ゼルヴァーンが、横で、低い声で、言った。
「リーシェ」
「はい」
「ノエルの分が、増えたな」
「ええ」
「僕の分が、また、減るのか」
「ええ。料理長に、明日から、二十一個に、増やしていただきましょう」
「七人で、二十一個か」
「家具を、入れると、八人ですね」
「家具は数えるな」
「ただいま記録しております」
「やめろ」
大食堂に、笑い声が、満ちた。
ノエルが、笑い声の中で、目から、涙を、流していた。
「ノエル様」
「ええ、ナディアおねえさま」
「お泣きで」
「私、千年、笑い声の中に、いた、ことが、ありませんでした」
「ええ」
「家族って、こんなに、にぎやか、なんですね」
「ええ」
◇
朝食のあと。
リューシェが、ノエルに、声を、かけた。
「ノエル」
「リューシェさま」
「私と、月の庭園に、出ませんか」
「はい」
二人が、月の庭園に、出た。
白い花。青い花。薄紅。銀。咲き乱れていた。中央に、二輪の白い花。
リューシェが、花壇の前で、立ち止まった。
「ノエル」
「ええ」
「私は、千年、あなたを、追ってきました」
「ええ」
「あなたを、消すために」
「ええ」
「お姉さまの仇として」
「ええ」
「しかし——」
リューシェが、目を、伏せた。
「あなたが、家族になられた今、私は、千年の追跡の、意味を、失いました」
「リューシェさま」
「私は、これから、何を、すれば、いいのでしょうか」
ノエルが、長く、考えた。
「リューシェさま」
「ええ」
「私を、追って、千年、生きてくださいました」
「ええ」
「では、私は、これから、あなたを、お見守り、申し上げます」
「ノエル」
「ええ。あなたが、千年、ご自分の人生を、生きておられなかった、ように——私も、千年、ご自分の人生を、生きていませんでした」
「ええ」
「これからは、お互いの、千年を、お見守り、いたしましょう」
リューシェが、長く、ノエルを、見た。
「ノエル」
「ええ」
「あなたは——お姉さまに、よく似ています」
「ええ」
「でも、お姉さまでは、ありません」
「ええ」
「あなたは、あなた」
「ええ」
リューシェが、ノエルの手を、握った。
「あなたの千年を、私が、お見守り申し上げます」
「ありがとうございます」
◇
午後。
リーシェの部屋。
ノエルが、訪ねてきた。
「リーシェ」
「ノエルさん」
「お願いが、ございます」
「何でしょう」
「私に——お姉さまの、絵を、見せていただけませんか」
「お姉さまの絵」
「ええ。地下の祭壇に、あった、絵」
「あの絵は——」
「祭壇から、お運び、いたしました。ハインツが、手配、してくださいました」
「では、どこに」
「魔王城の、図書館に、ございます」
二人が、図書館に、向かった。
ハインツが、図書館の、書架の、奥の、特別な場所に、絵を、安置していた。
「ハインツさん」
「ノエル様」
「ありがとう、ございます」
「いえ」
ノエルが、絵の前で、しゃがんだ。
千年、見上げ続けた、お姉さまの絵。
今日は——目線の高さで、向き合えた。
「お姉さま」
ノエルが、囁いた。
「お姉さまの、魂が、世界に、お戻りに、なったから——絵だけが、ここに、残っています」
「ええ」
「私は、これからも、絵に、お話、申し上げて、よろしいですか」
「ええ」
「絵に、ですが——お姉さまに、お会いした、気持ちで」
「ええ」
ノエルが、長く、絵の前で、しゃがんでいた。
リーシェは、距離を、置いて、見守っていた。
◇
「リーシェ」
帰り道、ノエルが、リーシェに、声を、かけた。
「ええ」
「家族って、何ですか」
「家族——」
「私は、千年、家族を、知りませんでした。あなたが、家族と、おっしゃるけれど——具体的に、何を、すれば、いいのか、わからない、んです」
「家族は——」
「ええ」
「一緒に、ご飯を、食べることです」
「ええ」
「一緒に、笑うことです」
「ええ」
「お互いの、揺らぎを、止めて、あげること、です」
「ええ」
「そして——お互いの、千年を、見守ることです」
「ええ」
「リューシェさまが、おっしゃったように」
「ええ」
「ノエルさん」
「ええ」
「あなたは、もう、家族の中に、おられます。あれこれ、考えなくて、いい、です」
「ええ」
「自然に、過ごして、ください」
「自然に」
「ええ」
ノエルが、頷いた。
二人が、月の庭園を、抜けて、城に、戻った。
◇
その夜。
リーシェの部屋。
ゼルヴァーンが、訪ねてきた。
「リーシェ」
「ゼルヴァーンさま」
「ノエルは、どうだ」
「ええ、馴染んで、おられます。少しずつ」
「ああ」
「千年、家族と、いう、ものを、ご存知なかったから——少し、ずつ、ですけれど」
「ああ」
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「家族が、八人に、なりました」
「ああ」
「これから、どう、なるでしょうね」
「どう、と、いうのは」
「いえ、私たちの——婚礼の、お話、です」
ゼルヴァーンが、咳払いを、した。
「リーシェ」
「ええ」
「明日、君に、お話したい、ことがある」
「お話」
「ああ」
「何でしょう」
「明日、月の庭園で、お話する」
「ええ」
ゼルヴァーンが、頭を、撫でて、部屋を、出ていった。
リーシェの頬が、また、赤くなった。
お読みいただきありがとうございます。
ノエルが、家族として、初めての、日々を、過ごしています。
フォークの握り方を、ナディアから、習いました。
リューシェが、ノエルに、お互いの千年を、お見守り、いたしましょう、と、お誘い、いたしました。
そして——明日、月の庭園で、ゼルヴァーンが、リーシェに、お話、が、ございます。
ご想像、できそうな、お話、でございますね。
次回、第62話「世界が、満ちる」。
無名の女王が、消えた、世界の各地から、お知らせが、届きます。
そして、月の庭園で、千年前と同じ、二人だけの時間が、訪れます。
ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。
家族と、いう言葉を、初めて、知ったノエルに、☆ひとつ、お力添えを。
蒼空ルーシェ




