第60話 揺らがなかった人
翌朝。
魔王城に、戻った、九人の家族と、王太子クリストフ。
大食堂に、九人分の朝食が、用意されていた。
ノエルが、家族の席に、初めて、座った。リューシェの隣の席を、用意した。
「ノエル様」
フィンが、お茶を、注いだ。
「フィン」
「お久しゅう、ございます」
「あなたは——」
「千年前、お姉さまの侍女頭、でございました。あなたが、お祭壇に、お降りになる前から、お見かけ、いたして、おりました」
「あなたは、私を、知っていらした」
「左様で、ございます。お姉さまが、いつも、私に、こう、おっしゃっていました。『傍流に、私と同じ髪を、持った、優しい子が、いる。ノエルという子。あの子も、半身候補として、認められて、ほしい』、と」
ノエルの息が、止まった。
「お姉さまが、私のことを——」
「いつも、お気に、なさって、おられました。あなたが、選ばれなかった、ことを、お姉さま、ご自分の、責任のように、感じて、おられました」
「お姉さま」
「だから、最期に、こう、おっしゃったのです。『触れて、と申し上げます』、と。お姉さまは、ご自分の、選ばれた、立場を、あなたに、お渡しに、なられたかったのです」
ノエルの目から、涙が、落ちた。
「お姉さまが——私を、ねたませた、のでは、ないのですね」
「いいえ。お姉さまは——あなたを、ずっと、家族として、想っておられました」
「家族」
「ええ」
ノエルが、両手で、顔を、覆った。
ナディアが、隣で、肩に、手を、置いた。
「お妹さま」
「お姉さま」
二人が、長く、抱き合った。
◇
朝食のあと。
リーシェが、月の庭園に、出た。
ゼルヴァーンと、ノエルと、三人で。
月の庭園は——千年前の姿に、戻っていた。
黒い花は、もう、なかった。中央の白い花、二輪は、まだ、咲いていた。盟約の夜と、お姉さまの、再会の夜の、印。
リーシェが、花壇の中央に、しゃがんだ。
素足で、土に、降りた。
手のひらを、土に、置いた。
「咲いて」
光が、走った。
昨日まで、彼女が、咲かせたのと、同じ光。しかし——今日は、銀の光が、混じっていた。
お姉さまの、魂の光。
お母さまの、魂の光。
他にも——千年、収穫されてきた、半身の血を、持つ方々の魂の、光。
すべての光が、リーシェの手のひらから、土に、流れた。
花が、咲いた。
千年で、いちばん、たくさんの、花が、咲いた。月の庭園を、超えて、城全体に。城下に。森に。そして——大陸全土に、銀の光が、流れていった。
◇
「リーシェ」
ゼルヴァーンが、隣で、息を、呑んだ。
「ええ」
「これは——」
「皆さまの魂が、世界に、戻っています」
「ああ」
「お姉さまも、お母さまも、ノエルさんの中で、お眠りだった、皆さまも」
「ああ」
「世界の、循環が——」
「戻った」
ノエルが、リーシェの隣で、目から、涙を、流していた。
「私が、千年、お預かりしていた、皆さまが——ようやく、お戻りに、なれた」
「ええ」
「ノエル」
「ええ、リーシェ」
「ありがとうございました」
「えっ」
「千年、皆さまを、お守りいただいた、こと」
ノエルが、リーシェの肩に、もたれた。
「リーシェ」
「ええ」
「私は、もう、要らない、と、言われない、ですか」
「いいえ。要らない、人では、なくなりました」
「ええ」
「あなたは、千年の、お守り係」
「ええ」
「これからは——家族の、お姉さまの一人」
「ええ」
◇
その日の、午後。
フィンが、応接間に、家族を、集めた。
「皆さま」
「フィン」
「私は——お役目を、終えました」
応接間が、静まった。
「お役目」
「ええ。グランハイド家の侍女頭として、千年、お仕えしてきました。お姉さまの魂を、お見送り、いたしました。ノエル様を、家族に、お迎え、いたしました」
「ええ」
「私の千年の、お役目は、すべて、終わりました」
「フィンさん」
「ええ」
「それは——」
「私は、もう、休ませて、いただきます」
「休ませて」
「ええ。私は、千年、休まずに、過ごしてきました。これからは——お休み、いたします」
「フィンさん」
リーシェが、立ち上がった。
「ご隠居、なさる、のですか」
「ええ。グランハイド領の、片隅の、小さな家で。アルト様の、補佐は、ナディア様に、お任せ、いたします」
ナディアが、頷いた。
「フィン。私で、よろしいですか」
「ええ、ナディア。あなたが、千年、お側で、お仕えしていた、お姉さまの代わりに、半身さまに、お仕えされていますから」
「ええ」
リーシェが、フィンの両手を、取った。
「フィンさん」
「ええ、お嬢様」
「ありがとうございました」
「いえ」
「千年、皆さまを、お見守り、いただいたこと」
「お嬢様の、お言葉に、千年の、お役目が、報われた、と、思います」
フィンが、深く、頭を、下げた。
「ご隠居になられて——もう、お会いできなく、なるんですか」
「いえ。年に一度、お嬢様の、お花祭りに、招待していただければ、幸せ、で、ございます」
「お祭り」
クリストフが、頷いた。
「ええ、お祭り、開催、いたします。フィン様も、ぜひ、お越し、ください」
「ありがとうございます、殿下」
◇
夕方。
フィンが、馬車で、グランハイド領に、向かった。
ナディアが、城門で、見送った。
千年の、姉妹の、別れ。
しかし、ナディアの目から、涙は、流れなかった。
「フィン」
「ナディア」
「またね」
「ええ」
「お祭りで、お会いしましょう」
「ええ」
二人は、短い、しかし、千年に対応する、言葉だけで、別れた。
馬車が、走り出した。
フィンが、馬車の窓から、振り返った。
窓から、ナディアと、リーシェに、深く、頭を、下げた。
馬車が、遠ざかっていった。
◇
「ナディアさん」
「お嬢様」
「フィンさんも、お役目を、終えられて——あなたは、どう、ですか」
「私の、お役目は、まだ、続きます」
「お役目」
「あなたの、おやすみまで、お側に。いえ、おやすみのあとも——あなたの、お嬢様か、お坊ちゃまの、お側に」
「ナディアさん」
「ええ」
「私の、子供」
「ええ」
リーシェの頬が、赤くなった。
「まだ、結婚も、しておりませんが」
「結婚は、もうすぐ、で、ございましょう」
ゼルヴァーンが、隣で、咳払いを、した。
ナディアが、わずかに、笑った。
「千年お仕えしておりますが——」
「数えるな」
「ただいま記録しております」
「やめろ」
「お祝いの、記録でございます」
応接間に、笑い声が、満ちた。
お読みいただきありがとうございます。
世界の、循環が、戻りました。
千年、ノエルの中で、お眠りに、なられていた皆さまが——
リーシェの咲かせる花を、通じて、世界に、お戻りに、なられました。
フィンが、千年のお役目を、終えて、ご隠居に、なられました。
グランハイド領の、小さな家で、年に一度のお祭りまで、お休み、なさいます。
そして、ゼルヴァーンが、咳払いを、なさいました。
ナディアの、「結婚は、もうすぐ」の、言葉に。
次回、第61話「ノエルの千年」。
ノエルが、家族の一員として、初めての、日々を、過ごします。
そして、リューシェが、ノエルに、ある、お話を、します。
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ご隠居なさるフィンに、☆ひとつ、お力添えを。
蒼空ルーシェ




