第59話 お姉さまへ
ローシェが、光に、なって、月の庭園に、降りた。
しかし、消える前に、彼女は、リーシェに、振り返って、声を、かけた。
「リーシェ」
「お姉さま」
「もう一つ、お伝えしたいことが、あったの」
「はい」
「あなたの、お母さま——アリエルさんに、お会いしました」
リーシェの息が、止まった。
「お母さま、と」
「ええ。彼女も、半身の血を、持っていらした方。ノエルの中で、千年——いえ、十六年、私と、隣で、おやすみに、なって、いらした」
「お母さま——」
「あなたに、お伝言を、預かっています」
リーシェの目から、涙が、ぼろぼろと、落ちた。
「お母さまの、お伝言」
「ええ。彼女は、こう、おっしゃっていた」
ローシェが、目を、閉じた。お母さまの声を、思い出すように。
「『あの子は、私が、産んだ、私の子。要らない、と、言われ続けても、ここに、いていい、子。お父さまの、罪を、背負わないで、生きてほしい』」
リーシェが、両手で、口元を、押さえた。
「お母さま」
「『あなたを、産んで、私は、私の人生を、終えた。けれど——あなたが、生きて、あなた自身の、人生を、生きてくれるなら、私の人生は、無駄では、なかった』」
「お母さま——」
「『あなたを、私のように、亡くしたく、ない。あなたは、私と、似ているけれど——あなたは、揺らいで、消えないで』」
「お母さま」
「『私は、あなたが、生きているのを、千年も、見守るよ』」
リーシェが、その場に、しゃがみ込んだ。声を、出して、泣いた。
「お母さま、お母さま——」
ローシェが、彼女の肩に、手を、置いた。
「リーシェ」
「お姉さま」
「お母さまも、世界の循環に、お戻りに、なります」
「ええ」
「あなたが、咲かせる花の中に——私と、お母さまが、二人、いるよ」
「お姉さま」
「だから——」
「ええ」
「揺らいでも、消えないで」
「はい」
ローシェが、ふっと、消えた。
月の庭園の花の上に、銀の光が、降りた。
花が、揺れた。
千年遅れの、お姉さまと、十六年遅れの、お母さまが、世界の循環に、戻った。
◇
リーシェが、目を、覚ました。
祭壇の、奥の小部屋で。
ノエルが、まだ、リーシェの胸の上に、両手を、置いていた。
「リーシェ」
「ノエルさん」
「お姉さまは」
「世界の、循環に、戻られました」
「ええ」
「そして——お母さまも、ノエルさんの中で、休んでおられました」
「ええ」
「お母さまも、世界に、戻られました」
ノエルが、頷いた。
「私は、千年——半身の血を、持つ方々を、収穫してきました。彼女たちの、魂を、ずっと、私の中で、お預かりして、おりました」
「ええ」
「皆さま、ようやく、世界に、お戻りに、なれます」
「ええ」
「私の中の、収穫した方々の魂は——あなたを、通じて、世界に、戻ります」
「私を、通じて」
「ええ。あなたは、世界の、循環の、入り口です。半身の役目とは——魂を、世界に、戻すこと、なんです」
「ええ」
「収穫されてきた方々が、千年、私の中で、おやすみだった」
「ええ」
「これからは、皆さま、ゆっくり、世界に、お戻りに、なる」
「ええ」
リーシェが、ノエルの手を、両手で、握った。
「ノエルさん。あなたは——千年、皆さまを、お守りに、なられていたんですね」
「お守り、では、ありません」
「いえ、お守り、です」
「えっ」
「あなたが、収穫した、と、思っているけれど——あなたが、いなければ、皆さまの魂は、千年前に、ばらばらに、なって、世界に、溶けて、いた。あなたが、まとめて、お預かりくださったから——皆さま、千年、おやすみに、なれて、今、お戻りに、なれる」
「リーシェ」
「あなたは、収穫者では、なく——千年の、お預かり、係でした」
ノエルの目から、涙が、ぼろぼろ、落ちた。
「私は——お守り、係でしたか」
「ええ」
◇
扉が、開いた。
家族たちが、入ってきた。
ゼルヴァーンが、最初に、リーシェの方を、見た。
「リーシェ」
「ゼルヴァーンさま」
「お姉さまに、お会いしました」
「ああ」
「お姉さまから——お伝言が、ございます」
「ああ」
「お姉さまは、ゼルヴァーンさまを、私に、お任せ、くださいました」
「ああ」
「『あの方の、千年の、孤独を、これからの千年で、埋めて、ください』、と」
ゼルヴァーンの目が、揺れた。
「ローシェが」
「はい」
「ありがとう、リーシェ」
「いえ」
「ローシェに、伝えてくれるか」
「ええ」
「『君の千年の、想いを、引き継ぐ』」
「お伝えします。お姉さまは、今、私の咲かせる花の中に、いらっしゃいますから」
「ああ」
ゼルヴァーンが、リーシェの手を、握った。
◇
ナディアが、ノエルの前に、立った。
「ノエル様」
「ナディアさん」
「あの——千年前、私が、お姉さまに、嘘を、申し上げた——」
「知っております」
「私が、お姉さまを、揺らがせたことが——あなたを、収穫に、向かわせたかも」
「いいえ」
「えっ」
「お姉さまは、ご自分で、お選びになりました。揺らがず、選ばず、を。あなたの嘘は、きっかけでは、ありますが——お姉さまが、ご自分で、選ばれたのです」
「ええ」
「私を、責めて、おられません」
「ナディアさん」
「ええ」
「私たちは、家族、です。これからは、千年の罪を、二人で、清算、いたしましょう」
「えっ」
「私も、千年、収穫者として、生きました。あなたも、千年、嘘を、抱えて、生きました。私たち、似た者同士、です」
ナディアが、長く、ノエルを、見た。
「ええ」
「ノエル様」
「ええ」
「私たちも、姉妹のように、生きていただけますか」
「ええ」
「ナディアおねえさま」
ナディアの目から、涙が、落ちた。
「ノエル、お妹さま」
二人の、千年の、罪を、抱えた者たちが、姉妹に、なった。
お読みいただきありがとうございます。
お母さまの、お伝言が、リーシェに、届きました。
「揺らいで、消えないで」
そしてノエルは——千年、収穫者ではなく、お預かり係でした。
皆さまの魂を、まとめて、お守りに、なられていたのです。
ナディアとノエルが、姉妹のように、なりました。
千年の罪を、抱えた、二人の姉妹。
次回、第60話「揺らがなかった人」。
お姉さまが、世界に、お戻りに、なる、最後の朝の話です。
そして、フィンが、千年の侍女頭としての、最後の、お話を、いたします。
ブックマーク・評価・感想、何卒、お願いいたします。
姉妹に、なったナディアとノエルに、☆ひとつ、お力添えを。
蒼空ルーシェ




