第58話 魂の領域
翌朝。
地下の祭壇の間に、八人が、集まっていた。
リーシェ、ゼルヴァーン、アルト、ナディア、フィン、リューシェ、デミウルゴ、ハインツ。
そして——ノエル。
ノエルが、家族として、隣に、立っていた。本来の姿で。銀灰色の髪と、薄い灰色の瞳の、若い女性。
クリストフは、午前中に、王宮の公務が、あった。午後に、合流する、ことに、なっていた。
◇
「ノエルさん」
「ええ、リーシェ」
「お姉さまの魂を、私の中に、お移し、いただく、儀式を——お願い、できますか」
「ええ」
「どう、するんですか」
「ローシェお姉さまの絵の前で、私が、両手を、あなたの胸の上に、置いて、魂を、移します」
「ええ」
「お姉さまの魂は、銀の光に、なって、私の手のひらから、あなたの心臓に、流れます」
「ええ」
「儀式の間、あなたは——夢の中に、入る、可能性が、あります」
「夢の中」
「ええ。お姉さまと、最後の、対話を、なさることに、なるかも、しれません」
リーシェが、頷いた。
「お受けします」
◇
奥の、月光の部屋。
ローシェの絵の、前で、二人が、向かい合った。
家族たちは、扉の外で、待っていた。
ノエルが、両手を、リーシェの胸の上に、置いた。
心臓の、すぐ上。銀のロケットの、上に。
「リーシェ」
「はい」
「目を、閉じて」
「はい」
リーシェが、目を、閉じた。
ノエルの手のひらから、銀の光が、漏れ始めた。
光は、リーシェの胸に、染み込んでいった。
千年、ノエルの中に、閉じ込められていた、お姉さまの魂が——リーシェの心臓に、流れた。
リーシェの呼吸が、深くなった。
深く、深く。
そして——
◇
夢の中。
月の庭園。
しかし、今日の月の庭園は——昨日までと、違っていた。
花が、咲き乱れていた。
白い花。青い花。薄紅。銀。そして、もう、黒い花は、なかった。
月の庭園が、千年前の姿に、戻っていた。
中央に——一人の女性が、立っていた。
ローシェ。
彼女は、振り返って、笑った。
「リーシェ」
「お姉さま」
「ようやく、二人で、ゆっくり、お話、できるわね」
「はい」
「私の魂が、あなたの中に、移ったの。少しの間、夢の中で、お話、しましょう」
「はい」
ローシェが、リーシェに、手を、伸ばした。
リーシェが、手を、握り返した。
二人の半身が、夢の中で、隣に、立った。
◇
「お姉さま」
「ええ」
「お姉さまは、これから、どう、なられるんですか」
「私の魂は、あなたの中で、徐々に、薄まって、最後には、世界の循環に、溶ける」
「世界の循環に」
「ええ。半身の魂は、最終的には、世界の循環の、一部に、なるの。私は、千年、ノエルの中で、止まっていたから——これからは、ゆっくり、世界に、戻る」
「お姉さまは、消えてしまうのですか」
「消える、というより——溶ける」
「ええ」
「世界の、空気の中に、土の中に、花の中に。私の魂は、ばらばらに、なって、世界に、戻る」
「お姉さま——」
「悲しまないで」
「ええ」
「私は、千年、休んでいた。これからは、世界の、循環の中で、もう一度、流れる。それが、半身の、本来の、姿なの」
「お姉さま」
「ええ」
「私は、お姉さまから、お力を、引き継ぎます」
「ええ」
「私が、咲かせる花の中に、お姉さまの魂が、流れています、ね」
「ええ」
「では、私が、咲かせる、ひとつひとつの花が——お姉さまの、続き、です」
「ええ」
ローシェの目から、涙が、一粒、落ちた。
「リーシェ、ありがとう」
「私こそ、お姉さま」
◇
「お姉さま」
「ええ」
「ゼルヴァーンさまのことを——」
「あの方は、もう、私の方を、見て、いらっしゃらないわ」
「えっ」
「あなたを、見て、いらっしゃる」
「ええ」
「だから、私は——もう、安心して、世界に、溶けられる」
「ええ」
「あの方を、お任せ、いたしますね、リーシェ」
「はい」
「私が、できなかった、こと——揺らがれても、消えない、ことを、なさってください」
「はい」
「あの方の、千年の、孤独を、これからの千年で、埋めて、ください」
「はい」
ローシェが、リーシェの両手を、握った。
「私の代わりに、ではなく」
「ええ」
「あなた自身の、千年として」
「ええ」
「お受けします、お姉さま」
◇
「リーシェ」
「ええ」
「お別れ、ね」
「お姉さま」
「次にお会いするのは——あなたが、咲かせる、花の中で」
「はい」
「私は、花の中に、いる」
「はい」
「あなたを、見ているからね」
「お姉さま」
「ええ」
「最後に、一つ——」
「うん」
ローシェが、リーシェを、抱きしめた。
「お姉さま、と、呼んでくれて、ありがとう」
「お姉さま」
「血の繋がりは、千年、薄いけれど——あなたは、私の、千年遅れの、妹」
「お姉さま」
「妹に、お会いできて、嬉しかった」
「私もです、お姉さま」
「リーシェ」
「ええ」
「揺らいで、消えないで」
「はい」
「私は、揺らがず、消えました。あなたは——揺らいで、消えずに、いて」
「はい」
ローシェが、リーシェから、離れた。
光に、なって、月の庭園の、花の上に、降りていった。
花が、揺れた。
ローシェの魂が、世界に、戻り始めた。
お読みいただきありがとうございます。
リーシェが、夢の中で、お姉さまに、お会いに、なりました。
そして——お姉さまの魂が、世界の循環に、戻っていくことに、なりました。
「私の代わりに、ではなく、あなた自身の、千年として」
千年前の半身が、千年後の半身に、すべてを、お任せに、なりました。
次回、第59話「お姉さまへ」。
夢の中の、お姉さまとの、最後の対話の続きです。
そして——ゼルヴァーンに、お姉さまの最後の、お言葉を、お伝え、いたします。
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