第57話 人質
夜明け前。
二人は、地下に、戻った。家族の、待つ、祭壇の間に。
誰も、何も、聞かなかった。しかし、家族全員が——二人の様子から、何かが、変わったことを、察した。
アルトだけが、無邪気に、聞いた。
「ねえさま、お顔が、赤いです」
「えっ」
「あ、いえ、別に、何でも」
リーシェの頬が、もう一度、赤くなった。
ナディアが、フィンと、目を、合わせた。フィンが、微笑んだ。
「お嬢様」
「ナディアさん」
「お幸せ、で、いらっしゃいますか」
「はい」
「では、それで、十分でございます」
デミウルゴが、眼鏡を、直した。
「千年お仕えしておりますが——」
「数えるな」
「ただいま、記録しております」
「やめろ」
「お祝いの、記録でございます」
ハインツが、こっそり、笑っていた。彼が、声を出して、笑うのは、初めて、だった。クリストフも、隣で、わずかに、笑った。
地下の祭壇の間に、初めて、笑い声が、満ちた。
◇
しかし、笑いは、すぐに、収まった。
ノエルが、奥の小部屋から、出てきた。
影の輪郭は、もう、ほとんど、白くなっていた。しかし、まだ、完全な、人の姿、では、なかった。
「ノエルさん」
「リーシェ」
「お答え、お聞かせください」
「ええ」
ノエルが、長く、月光の下で、立っていた。
「私は——」
「ええ」
「消えたく、ない」
応接間ではないが、空気が、しんと、静まった。
「消えない、選択ですか」
「ええ。私は、千年、生きてきた。お姉さまに、許されて、ノエルという名前を、いただいて——ようやく、生きる、意味を、見つけた、ばかり、なの」
「ええ」
「今、消えるのは、嫌」
「ええ」
「でも——お姉さまの魂を、千年、私の中に、置いておくのも、嫌」
「ええ」
「ジレンマでございます」
「ええ」
「だから、リーシェ」
「ええ」
「私からの、最後の、お願いが、ございます」
◇
「私の中の、お姉さまの魂を——あなたの中に、移してください」
リーシェの息が、止まった。
「私の中に」
「ええ」
「お姉さまの魂を」
「ええ」
「それは——」
「あなたの中なら、お姉さまの魂は、半身として、もう一度、世界に、循環できる」
「ええ」
「私の中では、循環できない。私は、半身として、不完全な、存在だから」
「ええ」
「あなたの中なら、お姉さまの魂は、安らかに、休める。あなたが、咲かせる、花の力の中で」
「ええ」
「リーシェ」
「ええ」
「お姉さまの魂を、引き受けて、くださいませんか」
リーシェが、長く、答えなかった。
ゼルヴァーンを、見た。
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
「お姉さまの魂を、私の中に——」
「ああ」
「お受けしたいです。でも」
「ああ」
「私の中に、お姉さまの魂が、入ると——私は、お姉さまと、私の、二人、になります」
「ああ」
「あなたが、お会いするのは——」
「君だ」
「ええ」
「君の中に、お姉さまが、いても、いなくても、僕が、会うのは、君だ」
「ええ」
「君は、君だ。お姉さまは、お姉さま。両方、いていい」
リーシェの目から、涙が、一粒、落ちた。
「ゼルヴァーンさま」
「ああ」
リーシェが、ノエルの方を、向いた。
「ノエルさん」
「ええ」
「お受けします」
「ありがとう」
しかし——リーシェは、続けた。
「ただし、条件が、あります」
「条件」
「ええ」
「お聞きします」
「ノエルさん、あなたも、私たちの、家族に、なってください」
ノエルの目が、見開かれた。
◇
「家族——」
「ええ。あなたは、要らない、と言われた人でした。私と、同じ。家族に、なる、と、最初の夜、お話、いたしました」
「ええ」
「今も、同じです。お姉さまの魂を、お受けする、代わりに——あなたも、家族に、なって、ください」
「私が」
「ええ。お姉さまは、私の中で、休んでくださる。あなたは、家族として、私たちの隣に、立って、ください」
「私は——半身候補でした。失敗した、半身候補で——」
「失敗した、ではないです」
「えっ」
「あなたは、選ばれなかった、というだけです。失敗、ではない」
「私は——」
「私と、同じです。お父様に、要らない、と言われた。でも、それは、私が、失敗作だった、ということでは、ありません」
「ええ」
「あなたも、同じ。要らない、と言われただけ。あなたは、失敗作では、ありません」
ノエルの目から、涙が、ぼろぼろ、落ちた。
「リーシェ」
「ええ」
「私を、家族に、するなんて——」
「ええ」
「あなたは、千年、ねたみで、生きてきた、私を——」
「ええ」
「許してくださるの」
「いいえ」
「えっ」
「許す、ではないんです、ノエルさん」
「では」
「あなたを、家族として、お受けしたいだけ、です」
ノエルが、長く、泣いた。
影の輪郭が、ゆっくり、人の姿に、変わっていった。
黒は、ほぼ、消えていた。
代わりに——銀灰色の髪と、薄い灰色の瞳の、若い女性が、月光の下に、立っていた。
ローシェに、そっくりだった。
ただし、もう少し、若い。十代の半ば、くらい。
◇
「これが、私の——本来の姿、です」
「ノエルさん」
「ええ」
「綺麗な、お方ですね」
「私は、お姉さまと、同じ家、ですから」
「ええ」
「リーシェ、私は——」
「ノエルさん」
「ええ」
「家族に、なってくださいますか」
「はい」
「ありがとう、ノエル」
リーシェが、ノエルを、抱きしめた。
ノエルが、しばらく、固まった。
千年、誰にも、抱きしめられた、ことが、なかったから。
それから、ノエルが、リーシェを、抱きしめ返した。
千年遅れの、抱擁、だった。
お読みいただきありがとうございます。
ノエルが、本来の姿に、戻りました。
銀灰色の髪と、薄い灰色の瞳の、若い女性。
お姉さまに、よく似た——でも、ノエル自身の、姿でした。
そして、リーシェが、お姉さまの魂を、自分の中に、お受け入れ、いたしました。
ノエルも、家族に、なって、くださいました。
家族は、七人に、なりました。
(家具を、数えると、八人)
しかし——お姉さまの魂を、リーシェが、受け入れる、儀式は——
まだ、行われていません。
次回、第58話「魂の領域」。
第2部第5章「もう一度の朝」、開幕。
リーシェが、自分の中の、お姉さまと、もう一度、対話することに、なります。
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