第51話 失敗作
翌朝。
王宮の、地下への入り口。
大きな、石の扉。千年前、封印された、入り口だった。
クリストフの王命で、扉の封印が、解かれていた。三人の魔導士が、夜通し、解封作業を、行っていた。
扉が、ゆっくり、開いた。
地下から、冷たい風が、吹き上げてきた。長く、誰も、降りていない、場所の風。
「では、参りましょう」
クリストフが、灯りを、手に、取った。
順番は——クリストフが、先頭。次に、ゼルヴァーン。次に、リーシェ。アルト、ナディア、フィン、リューシェ、デミウルゴ、ハインツの、順に、続いた。
九人が、千年前の地下へ、降りていった。
◇
階段は、長かった。
石造りの、螺旋階段。千年分の、苔と、埃が、層を、なしていた。リーシェは、慎重に、足元を、選んで、降りた。
降りていくにつれて——空気が、変わった。
冷たい、というより——古い、空気。千年、誰も、呼吸していない、空気。
階段を、降りきった。
大きな、廊下。両側に、扉が、並んでいた。中央の廊下を、進むと——
最後の、扉が、あった。
円形の、大きな、石の扉。中央に、半身の紋章が、刻まれていた。
「これが」
「祭壇の入り口、で、ございます」
ハインツが、答えた。
ゼルヴァーンが、扉に、手を、当てた。
「リーシェ」
「はい」
「準備は」
「はい」
「では、開ける」
扉が、ゆっくり、開いた。
◇
祭壇の、間。
広大な、円形の、空間。天井は、高く、見えないほど、上に、あった。
壁が、全面、絵に、なっていた。
壁画。千年前の。
リーシェは、壁画を、見上げた。
最初に、目に、入ったのは——銀灰色の髪の、女性。
ローシェ。
壁画の中の、ローシェが、両手を、広げて、立っていた。彼女の周りに、花が、咲いていた。白い花が、無数に。
「お姉さま——」
リューシェが、息を、呑んだ。
「これは、お姉さまだ」
「リューシェさま」
「ええ。私の、お姉さま」
壁画の、ローシェの、隣に——男が、描かれていた。
ゼルヴァーン。千年前の、ゼルヴァーン。今と、ほとんど、変わらない姿。
二人が、手を、繋いで、立っていた。
壁画の、二人の、足元には——白い花が、敷き詰められていた。
◇
しかし——
壁画の、続き。
二人の、後ろに。
もう一人、人影が、描かれていた。
黒い、影として。
顔は、見えない。輪郭、だけ。
しかし、その影は——リーシェと、同じ、輪郭、だった。
「これは——」
「無名の女王、で、ございます」
ハインツが、答えた。
「千年前から、お姉さまの後ろに、立っていた」
「いいえ」
壁画の、もう一区画。リューシェが、指を、差した。
「お姉さまの後ろ、ではない。お姉さまの中に、最初から、いたんだ」
応接間ではないが、空気が、凍った。
壁画の、別の区画には——もう一つの絵が、あった。
半身候補が、描かれていた。
たくさんの、女性たち。さまざまな、年齢の。みんな、銀灰色の髪を、していた。半身の、血筋の、子供たち。
そして、その中で——
たった、一人だけ。
黒い、輪郭の、子供が、描かれていた。
他の、子供たちと、同じ、姿勢で。しかし、色だけが、黒。
「これが——」
「無名の女王の、本来の姿、で、ございます」
ハインツが、声を、低くした。
「半身候補として、生まれた、子供。しかし、世界に、選ばれませんでした」
「選ばれない、と——」
「半身は、千年に一度、必ず、一人、選ばれます。しかし、半身候補は、複数、生まれます。選ばれなかった、候補は——色を、失います」
「色を」
「ええ。世界に、認められなかった、半身候補は、輪郭だけ、残して、消えていきます。本来は」
「本来は」
「しかし、千年前に、一人——色を、失っても、消えなかった、候補が、いました」
「無名の女王」
「左様で、ございます」
リーシェが、長く、壁画を、見つめた。
「この子は」
「お嬢様」
「同じ家、ですか」
「半身の血筋は、グランハイド家、です。彼女も、グランハイド家の、傍流から、生まれました」
「では」
「お嬢様の、遠い、ご親戚で、ございます」
応接間ではないが、空気が、しんと、静まった。
◇
「彼女は——」
リーシェが、口を、開いた。
「お姉さまと、同じ、家から、生まれた」
「ええ」
「同じ、銀灰色の髪を、持って、生まれた」
「ええ」
「しかし、選ばれなかった」
「ええ」
「では——」
「彼女は、お姉さまに、嫉妬、しました」
リューシェが、口を、開いた。
「ねたみ、ですか」
「いいえ。ねたみとも、嫉妬とも、違う。もっと、根源的な、感情です」
「何でしょう」
「『私も、要らない、と言われたくない』」
リーシェの心臓が、跳ねた。
その言葉は、クリストフの母が、最後に、言った言葉。
お母さまが、最後に、言ったかも、しれない、言葉。
そして——リーシェ自身が、十七年、抱えてきた、言葉。
「お嬢様」
ハインツが、続けた。
「無名の女王は、選ばれた半身を、収穫することで、自分の存在を、世界に、認めさせようと、しました。お姉さまを、奪うことが、彼女の——『私も、ここに、いた』の、証明になる、と」
「では——」
「彼女は、消えたかったのでは、ありません」
「お嬢様」
「彼女は、ただ——認められたかった、んです」
壁画の、黒い子供の絵を、リーシェは、見上げた。
その絵の、子供の、顔のない場所に——リーシェには、自分が、見えた。
十七年前の、自分が。
お読みいただきありがとうございます。
千年前の祭壇に、家族全員が、降りました。
壁画には、ローシェさま、ゼルヴァーン陛下、そして——お姉さまの中に、最初から、いた、もう一人の影が、描かれていました。
無名の女王は、グランハイド家の、傍流から、生まれた、半身候補でした。
選ばれず、色を、失い、しかし、消えなかった子。
「私も、要らない、と言われたくない」
それは、クリストフの母と、リーシェ自身が、十七年、抱えてきた言葉と、同じでした。
無名の女王と、リーシェは——同じ家から、同じ想いで、生まれた、もう一人でした。
次回、第52話「母上」。
クリストフが、母の最期を、壁画の続きで、知ります。
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