第50話 王都の地下
三日後。
クリストフから、ご返答が、届いた。
『王都の地下、千年前の祭壇への、訪問を、許可、いたします。私も、同行、申し上げます』
ハインツの手紙、ではなかった。クリストフ本人の、筆跡だった。
「殿下、ご自身で——」
「ええ。母の眠る墓陵の、地下でも、ございますから」
「ああ」
「私も、対峙、いたしたい」
応接間。家族と、ハインツが、文面を、囲んでいた。
「では、明朝、王都へ」
ゼルヴァーンが、頷いた。
「リーシェ、君が、主役だ」
「はい」
「君の意志で、進める。無理は、するな」
「はい」
◇
翌朝。
王都へ、向かう、二台の馬車。
一台目に、リーシェ、ゼルヴァーン、アルト、ナディア。
二台目に、リューシェ、フィン、デミウルゴ、ハインツ。
家族の、全員が——王都の地下に、向かっていた。
道中、アルトが、リーシェに、聞いた。
「ねえさま」
「うん」
「ぼくも、地下に、降りますか」
「アルト、あなたは——」
「ぼく、まだ十二だから、留守番、ですか」
「いいえ。あなたが、降りたいなら、降りていい、です」
「降りたいです」
「では、降りましょう」
「うん」
アルトが、頷いた。十二歳の喉が、緊張で、震えていた。
しかし、目は——揺らがなかった。
◇
夕方。王都に、到着した。
クリストフが、王宮の正門で、待っていた。
白い礼装。今日は、王太子の威厳を、纏っていた。しかし、目は——昨日までより、穏やかだった。
「リーシェさん」
「殿下」
「クリストフ、と、お呼びください」
「クリストフ様」
「お越しいただき、ありがとうございます」
「殿下も、ご一緒、と、伺いました」
「ええ。母の墓陵の、地下、ですから」
「ええ」
クリストフが、家族全員に、深く、頭を、下げた。
「皆さま、ようこそ、王宮へ。今宵は、王宮で、お休みください」
「夜は、地下に、降りないのですか」
「明朝に、いたしましょう。地下は、灯りが、ございません。夜は——危険、です」
「わかりました」
◇
王宮の客室。
リーシェの部屋。窓辺で、彼女は、王都の街並みを、見ていた。十七年、住んでいた、王都。しかし、社交界では、いつも、壁際だった。王宮には、来た記憶が、ない。
ノックの音が、した。
「ゼルヴァーンさま、ですか」
「ああ」
「お入り、ください」
ゼルヴァーンが、入ってきた。
「リーシェ」
「はい」
「明朝、君は、無名の女王と、対峙する」
「はい」
「僕に、できることは——」
「隣に、いてください」
「ああ」
「それで、十分です」
ゼルヴァーンが、リーシェの両手を、取った。
「リーシェ」
「はい」
「もし、明朝——君が、消えそうに、なったら」
「ええ」
「僕は、君を、止める」
「止めて、ください」
「ああ」
「でも、止められなかったら——」
「リーシェ」
「私のことは、責めないで、ください」
「ああ」
ゼルヴァーンが、リーシェの額に、自分の額を、近づけた。
額と、額が、触れた。
千年で、初めて。
「リーシェ」
「はい」
「君は、千年、僕が、待っていた、人だ」
「はい」
「失わない」
「はい」
二人は、額と、額を、合わせたまま、長く、立っていた。
窓の外で、二つの月が、傾いていた。
◇
夜。
ナディアが、リーシェの部屋に、お茶を、運んできた。
「ナディアさん」
「半身さま」
「明朝、よろしく、お願い、申し上げます」
「いえ。私こそ——」
「ナディアさん」
「はい」
「私が、無名の女王と、対峙して、消えそうに、なったら——どうか、止めて、ください」
「お嬢様」
「あなたが、千年前、ローシェさまを、止められなかった、と、おっしゃいました」
「ええ」
「今度は、止めて、ください」
「お嬢様、私は——」
「ナディアさん。あなたは、私の、家族です。家族に、頼んでいるんです」
ナディアの目から、涙が、一粒、落ちた。
「ええ、お嬢様。必ず、止めます」
「ありがとうございます」
「お休み、ください」
「はい」
◇
深夜。
リーシェは、ベッドで、目を、開けていた。
眠れなかった。
夢の中の、無名の女王の声が、明日、現実に、なる、ことを、知っていた。
夢の中で、リーシェは——影と、向き合うのに、慣れていた。
しかし、現実で、向き合うのは——初めて、だった。
左手が、心臓の上の、ロケットを、握った。
しかし、ロケットを、握る、その手の中に——昨日、ゼルヴァーンに、額を、合わせた時の、温度が、まだ、残っていた。
「ゼルヴァーンさま」
彼女が、囁いた。
「明朝、隣で、見ていて、ください」
窓の外で、雲が、薄く、月を、覆っていた。
二つの月の、片方の欠けが——なぜか、また、わずかに、深くなっていた。
お読みいただきありがとうございます。
王都の、王宮に、家族全員が、到着しました。
明朝、地下の祭壇に、降ります。
ゼルヴァーンと、リーシェが、千年で、初めて、額と、額を、合わせました。
「君は、千年、僕が、待っていた、人だ」
「失わない」
そしてナディアに、リーシェは、こう、頼みました。
「私が、消えそうに、なったら、止めて、ください」
明朝、千年前の祭壇に、初めて、足を、踏み入れます。
壁画に、何が、描かれているのか。
次回、第51話「失敗作」。
無名の女王の、本当の正体が、明かされます。
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