第49話 地下の地図
翌朝。魔王城の図書館。
古文書の山に囲まれて、ハインツが立っていた。両手の指のインクは、今朝も、黒く染まっていた。
「半身さま。お話、ございます」
「お伺いします」
ハインツが、テーブルに、一枚の地図を広げた。王都の地図。地上の街並みが、描かれている。
その上に、ハインツが、もう一枚の地図を、重ねた。
古い、千年前の、地下の地図だった。
「これは」
「王都の、地下の地図でございます」
「地下に、街が」
「街では、ございません。千年前、人間と魔族の戦が激しかった時期に、避難所として掘られた、地下空間です。停戦のあと、封印され、忘れられました。人間の歴史書からは、その存在が、削除されました」
ゼルヴァーンが、地図を覗き込んだ。
「これは――」
「ご存じですか、陛下」
「千年前、戦の最中、僕も、何度か降りた場所だ」
「左様でございます」
地図の中央。地下深くに――大きな、円形の部屋が、描かれていた。
「これが」
「千年前の、祭壇でございます。半身の力を、世界に巡らせるための祭壇でした。ローシェさまが、停戦の夜、最後の力を放たれた場所が――ここでございます」
図書館が、しんと、静まった。
◇
「では」
リーシェが、口を開いた。
「ローシェさまが、消えられたのも、ここ。無名の女王に、収穫されたのも」
「はい」
「では、無名の女王の、本拠地は――」
「ここ、でございます」
ハインツの指が、円形の祭壇を、指した。
「千年、無名の女王は、この祭壇に根を張って、半身の力を収穫しております。リーシェさまの力も、夜ごと、ここに吸い上げられて、おります。お嬢様の咲かせる花の力の一部が、千年の慣習で、ここに流れております」
リーシェが、息を止めた。
「では――」
「祭壇を破壊すれば、無名の女王は、収穫の機能を、失います。祭壇は、彼女の肉体でもあります。破壊すれば――彼女も、消える可能性が、ございます」
リーシェが、長く、考えた。
「ハインツさん。私は、無名の女王を、消したくないのです」
「お嬢様」
「あの人も、要らない、と言われた人でした。私と、同じ。家族になれたら、と、申しました。祭壇を破壊する、ということは――あの人を、もう一度、消す、ということです」
図書館が、静まった。
ゼルヴァーンが、リーシェの肩に、手を置いた。
「リーシェ。君は、どうしたい」
「祭壇に、行きたいです。祭壇で、無名の女王と、お話ししたいです。破壊するか、しないかは――お話ししたあとで、決めます」
「ああ」
◇
「クリストフ殿下に、ご相談いたしましょう」
デミウルゴが、口を開いた。
「王宮の地下、ですから、殿下のご許可が、必要でございます」
「ハインツさん。すぐに、王都に戻れますか」
「はい。今日、帰路につきます。三日後には、ご返答をいただけるかと」
「お願いします」
ハインツが、深く、頭を下げた。
◇
その夜。リーシェは、月の庭園に出ていた。
十二輪の黒い花の前に、しゃがんで、一輪の花を見つめていた。昨日、白い芽が出ていた花。
白い芽は――今夜、もう少し、伸びていた。葉が、二枚、出ていた。
「無名の女王さん」
リーシェが、囁いた。
「あなたの、家族の、芽です」
夢の中でしか、会えない相手。
しかし今夜――夢ではなく、起きている時に、リーシェの声に、答えが返ってきた。
「私の、家族」
もう一人の自分の声が、月の庭園の、どこかから聞こえた。姿は見えない。声だけが。
「あなたも、家族に、なれます」
「私は、千年、収穫してきた。私と家族になる、というのは――お前の家族を、危険に晒すことだ」
「私は、揺らぎません」
「私は、お前を、揺らがせるために、存在する」
「では、揺らがされても、消えないように、します」
「お前は――」
「考えてください。家族になるか、消えるか。明後日、王都の地下で、お話ししましょう」
声は、答えなかった。長い、沈黙。
風が吹いた。十二輪の黒い花が、揺れた。
その中の、白い芽だけが――揺れずに、立っていた。
◇
「リーシェ」
ゼルヴァーンが、後ろから声をかけた。
「ゼルヴァーンさま」
「無名の女王と、話していたか」
「はい」
「答えは」
「考えて、いるみたいです」
「ああ」
「ゼルヴァーンさま。私、明後日、王都の地下に、行きます。無名の女王と、お話しします。そして、家族になれるか、なれないかを、決めます」
「ああ」
ゼルヴァーンが、リーシェの隣に、しゃがんだ。
「リーシェ。君は、強くなった」
「私は、揺らいでいます。揺らいで、立っています」
「ああ」
ゼルヴァーンが、リーシェの手を握った。左手を。
リーシェも、握り返した。
心臓の上のロケットを、もう、握っていなかった。
代わりに、ゼルヴァーンの手のひらを、握っていた。
第2部第3章「公爵家の決算」 了。
お読みいただきありがとうございます。第2部第3章「公爵家の決算」、完結です。
公爵家の、十七年の決算が終わりました。アルトが家督を継ぎ、お母さまが王家の墓陵にお眠りになります。
そして、無名の女王の本拠地が――王都の地下、千年前の祭壇、と判明しました。リーシェは、消すのではなく、家族になる道を、探そうとしています。
次回、第50話「王都の地下」。第2部第4章「王都の影」、開幕。千年前の祭壇に、リーシェが足を踏み入れます。そして――千年前の真相の、最後の欠片が、明かされます。
花は、嵐でも、咲きます。
ちょうどよくない場所にも、咲きます。




