第48話 アルト・グランハイド
翌朝。魔王城に戻ったリーシェたちは、応接間で、クリストフと向かい合っていた。
今朝のクリストフは、昨日とは別人のように、穏やかな顔をしていた。母の真相を知った夜のあとで、彼は、重荷を一つ、下ろしていた。
「半身さま。グランハイド領の処遇の議論を、再開いたしましょう」
「はい。私から、お話し申し上げて、よろしいでしょうか」
「もちろんです」
「グランハイド領は――王家の直轄には、いたしません」
クリストフが、頷いた。
「お話、お伺いいたします」
「アルトが、家督を継ぎます。ただし、まだ十二歳です。二十歳になるまでの八年間、現公爵――私の父が、家督を預かります。その間、ヴァルター長兄と次兄が、アルトを補佐します。お兄様たちが、自ら申し出てくださいました」
クリストフが、長く、考えた。
「半身さま。グランハイド領を、王家の直轄にしない、というご判断は――」
「お父様が、罪滅ぼしの機会を、お失いになるからです」
「罪滅ぼし」
「お父様は、お母さまと私に対して、十七年、罪を犯してきました。今、その罪を認めて、家督を預かっておられます。家督を王家に移してしまえば――お父様は、その罪滅ぼしの機会を、失います」
クリストフの目が、見開かれた。
「半身さま。それは、お父上に、優しすぎるご判断では」
「いいえ、殿下」
リーシェが、笑った。
「優しさでは、ありません。お父様に、ご自分で、罪を引き受けていただく、ことです」
クリストフが、長く、彼女を見た。
「私が、母の代わりに戦う必要がない、と――昨日、お教えくださったのと、同じお考え、ですね」
「ええ。人は、自分で、自分の罪を引き受けます。他人が代わりに罰しても、自分が罪を認めるとは、限りません」
「半身さま。あなたの判断を、支持いたします」
◇
「では、二つ目。公爵領の統治責任は、アルトくんが二十歳になるまで、現公爵が預かる、ということで、よろしいですね」
「はい」
「私からは、二つ、付帯条件を申し上げます。一つ――半身さまの母、アリエル様の御霊を、王家の墓陵に、追葬いたしたい」
リーシェの息が、止まった。
「お母さまを、王家の墓陵に」
「はい。半身の血を持ったまま亡くなられたお方は――お母さまと、私の母、お二人。お二人を、並んでお眠りいただく墓陵を、整備いたしたく」
「殿下、それは――」
「私の、お願いです。母が、お一人で眠るのは、寂しい。お二人で、お眠りください」
ナディアが、息を呑んだ。フィンが、深く頭を下げた。
「殿下、ありがとうございます。お嬢様のお母上は、千年に一度の半身の血を、隠してお亡くなりになられました。王家の墓陵で、初めて、ご自分の血を、お認めいただくことになります」
「私の母も、同じことを、望むはずです」
リーシェが、頷いた。
「殿下。お願い申し上げます」
「もう一つの付帯条件。グランハイド領の、半身の血を引く子供たちの教育を――王家が支援いたします」
「半身の血を、引く、子供たち」
「はい。グランハイド家には、半身の血を引いた子供たちが、傍流に、何人かおられます。ハインツも、その一人」
ハインツが、頷いた。
「私と同じく、半身の血を隠して生きてきた子供たちが、十数人、おります」
「その子供たちを、王家が支援します。彼らが、ご自分の血を隠さずに生きていける世界を、作る。それが、私の、母への罪滅ぼしです」
リーシェの目から、涙が落ちた。
「殿下。ありがとうございます」
◇
「三つ目。半身さまの、ご出自としての扱い。特別保護下、という当初の案は、取り下げます」
「と、申されますと」
「半身さまは、王家の保護下に、お入りになる必要は、ございません。あなたは、もう――魔王城の半身、です」
「ありがとうございます」
「ただ、年に一度、人間の領土で、お祭りを催したい、と思います。半身さまの御来訪を祝うお祭り。義務ではなく、招待として。お越しにならない年も、お祭りは開催します。お越しになる年は、人間の領土の子供たちが、半身さまから、花をいただくことになります」
リーシェが、長く、考えた。
「殿下。招待として、なら、お受けします。私の意志で、行きます」
「ええ」
ゼルヴァーンが、頷いた。
「僕も、隣で、行こう」
「ありがとうございます、陛下」
◇
午後。応接間。
アルトが、グランハイド家の家督継承者として、正式に認められる儀式が、行われた。
ハインツが、文書を読み上げた。
「アルト・フォン・グランハイド。十二歳。グランハイド公爵家、第八十二代、当主継承者として、認める」
アルトが、深く頷いた。
ゼルヴァーンが、彼の肩に、手を置いた。
「アルト」
「は、はいっ」
「君は、これから、ねえさまの家を継ぐ。重い、お役目だ。しかし、君は――一人ではない」
「はい」
「魔王城が、君の後ろ盾だ。困った時は、来い。ヴァルター長兄と次兄も、補佐につく。そして、ねえさまが、隣にいる」
「はい」
アルトの目から、涙が、ぼろぼろ落ちた。
「ぼく、頑張ります。ぼく、ねえさまみたいな子が、もう生まれない家に、します。八年で、です」
「ああ」
リーシェが、彼の頭を撫でた。
「アルト。八年で、十分です。私も、隣で、見ているから」
「うん」
◇
その日の夕方。クリストフが帰る前に、リーシェに、深く頭を下げた。
「半身さま。ありがとうございました。母の真相を、お教えくださり――そして、グランハイド領の処遇を、賢明にご判断くださり。私は、あなたを、ようやく、半身として、お認めいたします」
リーシェが、笑った。
「半身として、ではなく」
「と、申されますと」
「殿下。私を、リーシェ、と呼んでいただけませんか」
クリストフの目が、わずかに、見開かれた。
「リーシェ、と。では、私のことも、クリストフ、と」
「お返事は、難しいです、殿下」
「リーシェさん」
「クリストフ様」
二人が、笑った。
第一部の敵対者と、和解者の、初めての笑い合いだった。
「リーシェさん。私たちは、これから――」
「友達、で、いいですか」
「友達」
「はい」
「では、友達で」
◇
夜。ゼルヴァーンとリーシェが、月の庭園に出ていた。
十二輪の黒い花は、まだ咲いていた。中央の二輪の白い花も。
「リーシェ。今日は――強かったな」
「あなたが、隣にいてくれるからです」
「ああ」
「ゼルヴァーンさま。公爵家の決算は、付きました。次は、何が来るでしょうか」
「無名の女王の、本拠地、だろう。ハインツが、最近、王宮の地下に、千年前の遺跡がある、と申していた」
「地下に」
「ああ」
風が吹いた。十二輪の黒い花が、揺れた。
その時――一輪の黒い花の根元に。
白い、小さな芽が、地面から、顔を出しているのを、リーシェは見つけた。
「ゼルヴァーンさま。黒い花の足元に、白い芽が」
「ああ」
「無名の女王さんも――」
「揺らいでいる、のかもしれない」
二人は、長く、その芽を見ていた。
お読みいただきありがとうございます。
公爵家の決算が、つきました。アルト・フォン・グランハイドが、家督継承者として認められ、後ろ盾は魔王城が引き受けます。お母さまが王家の墓陵にお眠りになり、半身の血を引く子供たちが、王家の支援を受けます。
そして、クリストフ殿下とリーシェが――友達になりました。
公爵家の、十七年の振り回しが、ようやく終わりました。けれど、黒い花の足元には、白い芽が一つ。揺らいでいるのは、リーシェだけでは、ないのかもしれません。
次回、第49話「地下の地図」。ハインツが、王都の地下に眠る、千年前の遺跡を示します。無名の女王の本拠地が、初めて、姿を現します。




