第45話 父からの手紙
夜。ナディアが、一通の書状を持って、リーシェの部屋に来た。
「半身さま。グランハイド領から、急ぎの書状が」
「公爵家から、ですか」
「はい。ハインツさんのご紹介で、本日、王都の急便で届きました。差出人は――」
ナディアが、躊躇した。
「お父上で、ございます」
リーシェの手が、止まった。
公爵――お父さまからの、手紙。十七年、一度も、もらったことのなかったもの。
「お渡ししても、よろしいですか」
「お願いします」
封蝋に、グランハイド家の紋章。リーシェは、しばらく、封を切れなかった。
「ナディアさん。隣に、いてください」
「もちろんでございます」
「読みます」
◇
封を切った。中から、二枚の紙が出てきた。
一枚目は――筆跡が、震えていた。父が、震える手で書いたのだと、わかる字だった。
『リーシェ
私は、お前に、許してくれ、とは申さぬ。
ただ、一度だけ、お前に会いたい。お前を、リーシェ、と呼ばせてくれ。お父様、と呼ばれなくていい。
会いに来てくれるなら、邸の正門を、お前のために開けて、待っている。
お前が来ないのであれば、私はその正門を、千年、開けたまま、待つ。
グランハイド公爵
お前のかつての父』
リーシェの目から、涙が、一粒、落ちた。
「お父様――」
ナディアが、リーシェの肩に、両手を置いた。
「お嬢様。お父上は、お変わりになられたのかもしれません」
「変わったでしょうか」
「人は、変わります。千年は、無理かもしれませんが――十七年は、変われるかもしれません」
リーシェが、もう一枚の紙を、開いた。
◇
二枚目は、もっと震えた字だった。
『追伸
私は、お前の母を、十七年前、要らない、と言ったことがある。お前が生まれた、その日。
お前の母は、その夜、私にこう言った。「あの子は、私のような子になります。半身の血を、持つ子に。私を要らないと言ったあなたが、あの子を要らないと言わない保証は、ありません」
お前の母は、お前を産んだ夜、私を、信じておられなかった。
私は――お前の母を、十七年、要らない、と言い続けた。お前にも、同じことをした。
お前の母は、十六年前に亡くなった。最後まで、私に、信じていただけなかった。
お前は、生きている。
だから、私は、お前に、もう一度会いたい。信じてもらえなくていい。ただ、お前を、リーシェ、と呼ばせてもらいたい。それだけが、私の十七年の、罪滅ぼしだ。
グランハイド公爵
お前のかつての父』
リーシェが、両手で、紙を握った。
「お母さまも――半身の血を、お持ちでしたか」
ナディアが、頷いた。
「お嬢様のお母上は、半身の血をお持ちでございました。クリストフ殿下のお母上と、同じく」
「私のお母さまも――要らない、と言われ続けて、消えたんですか」
「お亡くなりに、なられました。お嬢様のお父上が、お母上を、要らない、と言われ続けた、と思われます」
リーシェが、紙を、テーブルに置いた。
長く、何も言わなかった。
◇
扉が、ノックされた。
「リーシェ」
ゼルヴァーンの声だった。
「入ってください」
彼が入ってきて、リーシェの顔を見て、すぐに状況を察した。
「公爵から、か」
「はい」
「内容は」
「お会いしたい、と」
「行くのか」
リーシェが、長く、答えなかった。
「ゼルヴァーンさま。行きます」
「ああ」
「お父さまを、許すためでは、ありません。ただ――お母さまのことを、お聞きしたいから、です」
ゼルヴァーンが、頷いた。
「いつ行く」
「明朝。クリストフ殿下と、グランハイド領の議論を、する前に」
「では、朝食前か。僕も、行く」
「お一人では、行きません」
ゼルヴァーンが、ふ、と笑った。
「君は、強くなったな」
「あなたが、隣にいてくれるからです」
◇
夜中。リーシェは、ベッドの上で、目を開けていた。眠れなかった。
心臓の上で、弟の花のロケットが、揺れた。
しかし今夜、彼女が考えていたのは、もう一つのことだった。
お母さまも、半身の血を、持っていた。お母さまがいなければ、私は、生まれなかった。お母さまも、要らない、と言われていた――
リーシェは、ベッドから起き上がり、窓辺に立った。
月光の下、月の庭園では、十二輪の黒い花が揺れていた。その中央に、二輪の白い花。盟約と、お姉さまとの再会の印。
リーシェの中で、もう一つ、白い花が咲きそうな気配がした。お母さまへの想いの、白い花。
明朝、彼女は、お母さまに会いに行く。
正確には――お母さまの、生まれた家に。
お読みいただきありがとうございます。
公爵から、十七年ぶりの、本物の手紙が届きました。「お前を、リーシェ、と呼ばせてくれ」。そして――お母さまも、半身の血をお持ちでした。クリストフ殿下の母と、同じく。
リーシェが生まれた夜、お母さまはこう言い残されていました。「あの子は、私のような子になります」。リーシェは、お母さまの想いの続きを、知らずに生きていたのです。
次回、第46話「最後の正門」。十七年、裏口しか使えなかった少女が、生まれた家の正門から、入ります。




