第41話 アルトの本
「ぼく、夜中に、気づいたことが、あって」
朝食の席で、アルトが、テーブルの上に一冊の本を置いた。半身の本だった。リーシェの部屋から、持ってきたらしかった。
「あの、勝手に、ごめんなさい。でも、『再会』の章のこと、です」
全員が、アルトを見た。
「読めるのか、魔族の文字」
ゼルヴァーンが聞いた。
「全部は、まだです。でも、『再会』って書いてある字は、わかります。ぼく、その字、辞書で引きました」
「辞書」
「公爵家から、ぼくが持ってきた辞書です。グランハイドを継ぐなら、字を覚えなきゃって、自分で、買ってもらったやつ」
ゼルヴァーンが、ちらりとリューシェを見た。リューシェも、ハインツも、頷いた。
「続けろ、アルト」
「はい」
◇
「『再会』には、辞書で引いたら、二つ意味が、あって」
アルトが、本を開いた。
「一つは、もう一回、会う、です。普通の意味。もう一つは――」
アルトが、辞書をテーブルに置いた。指で、ある一行を指した。
『再会:魂が、夢の中で、もう一度、出会うこと』
応接間が、静まった。
「夢の中、で――」
「ええ。ぼく、思ったんです。ねえさまが、夢で、もう一人のねえさまと会ってるって、聞いて。それで、『再会』って、もしかして、夢のことなのかな、って」
リーシェの目が、見開かれた。
「アルト。あなたは、夢を、信じてる」
「だって、ねえさま、夢で、お話、してるんでしょう? じゃあ、夢の中も、本当のこと、ですよね」
ゼルヴァーンが、アルトの頭に、手を置いた。
「君は、賢い。大人たちは、『再会』を『血筋』と読んでいた。同じ家系から、もう一度、半身が生まれる、と。君は、『再会』を『夢』と読んだ」
「うん」
「子供だから、見えた」
「えへへ」
リューシェが、頷いた。
「半身の本の『再会』章の、本当の意味は、『夢の中で、もう一度、出会うこと』。では、千年前のローシェさまも――」
「夢の中で、誰かと、再会していた、可能性が、ある」
ナディアが、息を呑んだ。
◇
応接間。半身の本を、テーブルに広げた。「再会」の章を、開いた。
最初の一行は、既にリーシェが読んでいた。
『半身は、二度、生まれる。だから、二度、消されかける』
しかし、アルトの解読をもとに読み直すと、二行目の意味が、変わった。
『一度目の半身が消える、その瞬間に。二度目の半身は、すでに、別の場所で、息をしている』
別の場所で――
ハインツが、口を開いた。
「私は、これを『地理的な、別の場所』と解釈しておりました。グランハイド領、王都、と。しかし、もし、これが『夢の中』、つまり魂の領域を指しているなら」
「夢の中で、二人の半身が、存在している」
「ええ」
リーシェが、本のページを繰った。
『二度目の半身が生まれる場所は――一度目の半身が、最も大切にした、ある血筋の中である』
「この『血筋』も――」
「あるいは、『夢の中で、最も大切にした、絆』、かもしれません」
応接間の温度が、変わった。
「では、私は――」
「お姉さまが、夢の中で、最も大切にされた絆の中に、生まれた可能性が、ございます」
フィンが、頷いた。
「お姉さまは、千年前、夢の中で、誰とお会いだったのか」
誰も、答えを持っていなかった。
◇
「ねえさま。ぼく、もう一個、気づいたこと、あって」
アルトが、ページを開いた。指で、ある一節を指した。
『再会は、半身と、半身の、間でも、成り立つ』
応接間が、ぴたり、と止まった。
「半身と、半身」
「うん。だから、もしかしたら、ねえさまが、夢で、お姉さまに、会えるんじゃないかな、って」
リーシェの心臓が、跳ねた。
「お姉さま、に」
「うん。だって、ねえさまも、半身。お姉さまも、半身。同じ半身同士、夢で会える、って。ぼく、間違ってる?」
リューシェが、答えた。
「いいえ、アルト。あなたは、間違っておりません。お姉さまが千年前、夢で誰とお会いだったか、私は、薄々感じておりました。お姉さまは、夢の中で、別の半身とお話になって、おられたのかもしれません」
「別の半身、というのは」
「未来の、半身でございます。千年後の、半身。お嬢様でございます」
応接間が、静まった。
◇
「ローシェは、千年前、夢の中で、リーシェに会っていた」
「可能性が、ございます」
「では、僕が千年待ったのは、ローシェが、夢でリーシェに伝えた、千年だった」
「左様でございます」
ゼルヴァーンが、長く、息を吸った。
「リーシェ。君は、千年前のローシェに、夢で会えるかもしれない」
リーシェの目から、涙が一粒、落ちた。
「会いたいです。お礼を、申し上げたい。私がここにいるのは、お姉さまが千年前、夢で私を見つけて、ゼルヴァーンさまに約束させたから、です」
「ああ」
「お姉さまに、もう一度、お会いしたいです」
◇
夜。リーシェは、ベッドに入った。
今夜は、家族全員が、廊下に待機していた。アルトは、リーシェの隣の布団で、起きていた。
「アルト。ありがとう。あなたが『再会』を夢と読んでくれたから、私、お姉さまに会えるかもしれません」
「えへへ」
「夢の中で、私、無名の女王さんとお話します。それから、お姉さまにも、会いに行きます」
「うん。気を、つけて」
「ありがとう、アルト」
リーシェが、目を閉じた。
心臓の上で、ロケットが揺れていた。弟の花の、ロケット。
今夜、彼女は、千年前のもう一人の半身に、会いに行く。
お読みいただきありがとうございます。
「再会」は、「血筋」ではなく、「夢」でした。十二歳のアルトの素直な辞書の引き方が、千年の解釈をひっくり返しました。
「半身と、半身の、間でも、再会は成り立つ」。ローシェさまは、千年前、夢の中で、未来の半身――リーシェに会っていた。リーシェも、今夜、夢で、お姉さまに会いに行きます。
次回、第42話「リューシェの目覚め」。夢の中の、最初の出会いです。無名の女王とも、お姉さまとも、お会いします。




