表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
要らない娘と呼ばれた私を、魔王は千年待っていたそうです ~捨てた公爵家は没落し、私は世界で一番幸せになりました~  作者: 蒼空ルーシェ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/47

第39話 もう一人の千年

 日が暮れ、家族が一人ずつ集まっても、デミウルゴだけが来なかった。


 リューシェの部屋。ベッドの脇に、ナディアとフィン。足元に、リーシェとゼルヴァーン。窓辺に、ハインツ。扉口に、アルト。


「デミウルゴは」


 ゼルヴァーンが聞いた。


「お一人で、お話になりたいことが、おありでしょう」


 フィンが答えた。


「私が、お声がけして参ります」


「いや」


 ゼルヴァーンが、首を振った。


「僕が、行く」



   ◇



 城の、長い廊下。


 ゼルヴァーンが、デミウルゴの執務室の前に立った。扉は閉まっていた。


 ノックを、しなかった。代わりに、扉に額を預けた。


「デミウルゴ」


 返事は、なかった。


「お前は、なぜ、千年、僕に仕えた」


 長い、沈黙。扉の向こうで、椅子が軋む音がした。


 扉が、開いた。


 デミウルゴが、立っていた。眼鏡を、外していた。


 千年で、初めて、ゼルヴァーンが見る、デミウルゴの素顔だった。眼鏡を外したその目は、少しだけ、ナディアと似ていた。同じ千年を生きてきた者の、目。


「陛下」


「お前は、なぜ、僕に仕えた」


「ローシェさまの、ご命令でございました。眼鏡を、千年、つけ続けて、と」


「ああ」


「眼鏡をかけることは、陛下を、千年、お見守りすることでございました」


 ゼルヴァーンが、目を伏せた。


「お前は、ローシェに――」


「お慕いしておりました」


 デミウルゴの声が、静かだった。


「ナディアと、同じ場所で、千年、お慕いしておりました」


「知っていた」


「は」


「お前も、ナディアも、ローシェを慕っていた」


「お気づきでしたか」


「千年仕えれば、わかる」


 ゼルヴァーンが、わずかに笑った。


「お前は、ローシェのご命令を、千年、果たした。眼鏡をかけて、僕の心を観察し続けた。揺らいだ時、止めた。それは、お前なりの、お慕いだったのだろう」


「左様でございます」


「ありがとう」


 千年で、初めて、ゼルヴァーンが、デミウルゴに深く頭を下げた。


 デミウルゴが、慌てた。眼鏡を、また、かけた。


「陛下、お顔を、上げてください」


「いや。お前の千年に頭を下げないのは、僕の方が、間違っている」


 デミウルゴの目が、揺れた。


「陛下。私の千年は、報われました」


「ああ」


「眼鏡を、もう、外しても、よろしいでしょうか」


「外したくないだろう、お前は」


 デミウルゴが、ふ、と、笑った。


「ええ。これは、お姉さまの贈り物でございます。千年、外したことが、ございません」


「ならば、つけたままで、いい」


「左様でございます」


 二人は、それから、リューシェの部屋に向かった。



   ◇



 部屋に戻ったデミウルゴを、ナディアが見た。


 二人の目が、合った。


 千年、同じ場所に立っていた二人が。千年、ローシェに想いを寄せていた二人が。初めて、互いを、その視点で見た。


「デミウルゴ。私たち、似た者同士、でしたね」


「ええ」


「千年、お側で、お慕いしていた」


「ええ」


「気づいて、いた、と」


「気づかれていた、ご様子です」


 二人が、互いに、わずかに笑った。


 千年の、報われない想いの、互いを、ようやく認め合った、笑みだった。



   ◇



 ナディアが、ベッドの脇の椅子に戻り、リューシェの手を、両手で包んだ。


「リューシェさま。お姉さまから、千年、お言伝を、預かっておりました。私が、お話しいたします」


 リューシェは、答えなかった。眠っていた。


「お姉さまは、最後にこうおっしゃいました。『リューシェに、無理をさせないでほしい。あの子は、私を追いかける癖がある。千年、追いかけ続けたら、自分の人生を、忘れてしまう』」


「リューシェさま、お聞きですか」


「『無名の女王を追うのは、結構。けれど、あなた自身の千年も、忘れないで』」


 リューシェの指先が、わずかに動いた。


「『私の代わりに、千年、生きないで』」


 リューシェの唇が、わずかに開いた。


「『あなたは、私の弟だけれど、あなたの人生は、あなたのもの』」


 涙が、リューシェの目尻から、一粒、流れた。眠ったままで。



   ◇



「ゼルヴァーン陛下」


 フィンが、声をかけた。


「陛下も、何か、おかけくださいませ」


 ゼルヴァーンが、ベッドの脇に近づいた。


「リューシェ。お前の姉は、僕の半身だった。お前は、僕の義弟だ。義弟の人生を、僕は、欲しい」


 リューシェは、答えない。


「お前自身の千年を、ここから始めろ」


 リューシェの指先が、もう一度、動いた。


「アルト」


 ゼルヴァーンが、振り返った。


「君も、声をかけてくれ」


「ぼ、ぼくが、ですかっ」


「ああ。家族なら、呼んでやれ」


 アルトが、ベッドの脇に進んだ。リューシェの手に、自分の小さな手を添えた。


「リューシェ、おじさま」


 リューシェは、応えない。


「ぼく、リューシェおじさまと、お話、したいです。お姉さまのお話を、もっと、聞きたいです。だから――目を、開けてください」


 リューシェの目が、わずかに開いた。薄い、灰色の瞳が、現れた。しかし、焦点は、まだ合っていなかった。


「もう、一押し、です」


 フィンが、囁いた。


「お嬢様」


 リーシェが、ベッドの脇に進んだ。リューシェの、もう片方の手を取った。


「リューシェさま、私です」


「……お、嬢、様」


 声が、わずかに出た。


「リューシェさま、私です」


「ろ、ローシェ、姉さま――」


「いいえ。リーシェです」


「リー、シェ」


「はい。リーシェ、です」


 リューシェの目の焦点が、ゆっくり、合った。彼の目に、リーシェが映った。


「お嬢、様」


「はい」


「私は――」


「ここに、いてください」


「お姉さまが、お呼びに、なって、おられました」


「お姉さまは、もう、休んでいらっしゃいます。あなたの千年は、ここから、です」


 リューシェの目から、涙が、ぼろぼろと流れた。眠りから覚めながら。千年の追跡から、ようやく解放されながら。



   ◇



 夜中。リューシェが、完全に目を覚ました。


 起き上がって、家族全員に、深く頭を下げた。


「皆さま。千年、追ってきたお姉さまを、今、手放しました。私の千年は、ここから、です」


 ゼルヴァーンが、頷いた。


「ようこそ、もう一度」


「ありがとう、ございます、陛下」


「兄上、と、呼べ」


 リューシェが、わずかに笑った。千年で、二度目の笑みだった。


「兄上」


「ああ」


「家族というのは、温かいものでございますね」


「ああ」


 窓の外で、二つの月が出ていた。


 左の月の欠けが、また、わずかに小さくなっていた。


 誰も、まだ、気づいていなかった。


お読みいただきありがとうございます。


デミウルゴの眼鏡の意味が、千年越しに明かされました。「眼鏡をかけることは、陛下を千年お見守りすること」。


そしてナディアとデミウルゴが、互いの千年の想いを、ようやく認め合いました。「私たち、似た者同士、でしたね」。


リューシェさまが、目を覚まされました。お姉さまを手放し、自分の千年をここから始めると、決意なさいました。


しかし――影は、まだ退いただけ。揺らがせ方を変えて、リーシェの夢に、また現れます。


次回、第40話「揺らがせる、ということ」。リーシェが、揺らぐことを、恐れなくなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ