表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
要らない娘と呼ばれた私を、魔王は千年待っていたそうです ~捨てた公爵家は没落し、私は世界で一番幸せになりました~  作者: 蒼空ルーシェ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/30

第29話 帰り道

 翌朝。


 大食堂に、二人分の朝食が、用意されていた。


 しかし、もう、あの最初の朝とは、違っていた。



   ◇



 ゼルヴァーンが、椅子を、引いた。


 ぎこちなくは、なかった。


 千年で、二度目だった。二度目の方が、明らかに、うまかった。


「……上達なさいましたね」


 リーシェが、笑いながら、言った。


「ああ」


「コツは」


「考えないことだ」


「考えないんですか」


「考えると、ぎこちなくなる」


「では、今は」


「考えていない」


「正解です」


 壁際で、デミウルゴが、眼鏡を、直した。


「千年お仕えしておりますが、陛下が、椅子の引き方の、コツを、語られるのは、これで——」


「数えるな」


「ただいま記録しております」


「もう記録は、十分だ」


「足りません」


「……勝手にしろ」


 デミウルゴが、ほんの少し、笑った。眼鏡の奥で、目が、緩んでいた。


「千年お仕えして、まいりました」


「うん」


「お仕えした、甲斐が、ありました」


 ゼルヴァーンが、彼を、見た。デミウルゴは、もう、笑っていなかった。ただ、深く、頭を、下げていた。


「お前が、頭を下げるな」


「失礼いたしました」


「下げると、こちらが、困る」


「次から、控えます」


「……ああ」



   ◇



 ナディアが、花茶を、注いだ。


 その手が、わずかに、震えていた。前の夜、彼女は、月の庭園の盟約を、窓辺から、見ていた。一晩中、泣いていた。今朝も、まだ、目が、赤かった。


「ナディアさん」


 リーシェが、声を、かけた。


「はい、半身さま」


「目が、赤いです」


「失礼いたしました」


「いえ、責めているのでは」


「今夜は、しっかり、眠ります」


「ええ。一緒に、ぐっすり」


 ナディアが、首を、振った。


「いえ。半身さまは、しっかりお眠りください。私は——もう、眠らなくとも、良いのです」


「眠らなくて、よいのですか」


「もう、見守るべきものを、見守れたので」


 リーシェの隣で、ゼルヴァーンが、わずかに、目を、伏せた。


「ナディア」


「はい、陛下」


「お前も、家族だ」


「は」


「リーシェが、昨日、僕を、家族と、呼んだ。ならば——お前も、デミウルゴも、家族だ」


 ナディアの目から、涙が、また、一粒、落ちた。


「……はい」


「家族なら、眠れ」


「はい」


「眠って、明日の朝食に、出てこい」


「はい——」


 花茶のポットが、ナディアの手の中で、わずかに、揺れた。



   ◇



 朝食のあと、二人は、城下に、出た。


 手は、繋いでいなかった。


 しかし、距離は、近かった。リーシェの肩のすぐ脇に、ゼルヴァーンの腕が、あった。歩く速度が、合っていた。


 城下に、出るのは、リーシェにとって、久しぶりだった。


 花が、咲いていた。


 昨日の朝、リーシェが、力を込めて、城下の隅々まで、咲かせた花が、まだ、残っていた。北の三州までは、届かなかったかもしれない。けれど、城下の、すべての家の、屋根の隙間に、花が、白く、青く、薄紅に、咲いていた。


 子供たちが、走ってきた。


 角の男の子が、先頭だった。式典の夜、リーシェに「お姉ちゃん」と呼ばれて、頭を花で、撫でられた、あの男の子。


「半身さまっ」


「はいっ」


「また、花、つけてっ」


 彼女は、笑って、しゃがんだ。男の子の頭に、白い花を、一輪、咲かせた。男の子は、目を輝かせて、走り去った。


 ゼルヴァーンが、その光景を、見ていた。


「……世界で、一番、幸運な、魔王だ」


 いつかと、同じ、台詞だった。


 リーシェは、立ち上がって、彼を、見た。


「世界で、一番、幸せな、半身です」


 あの時には、なかった、返事だった。


 ゼルヴァーンの口元が、わずかに、緩んだ。



   ◇



 城下の、広場で、二人は、ベンチに、座った。


 リーシェが、ゼルヴァーンの肩に、頭を、もたれかけた。


「重くないですか」


「重くない」


「本当に?」


「本当だ」


「千年生きた魔王が、人間の少女の頭の重さを、嘘で、誤魔化しますか」


「誤魔化す」


「誤魔化さないでください」


「……重い」


「ひどい」


「冗談だ」


「冗談に聞こえません」


 ゼルヴァーンが、笑った。声を出して。広場で。城下で。


 通りすがりの、魔族の女性が、立ち止まって、こちらを見た。それから、慌てて、進路を、変えた。「陛下が、笑っている……」と、何かを、囁いていた。


 千年見たことのない、光景だったらしい。



   ◇



 午後。


 城に戻ったリーシェに、デミウルゴが、報告書を、持ってきた。


「半身さま」


「はい」


「ご報告が、ございます」


「何でしょう」


「グランハイド領、より、急報が——」


 その時、リーシェの心臓の上の、銀のロケットが、ふと、揺れた。理由はなかった。風もなかった。


 ただ、揺れた。


 彼女の指が、無意識に、ロケットを、押さえた。


「アルト、ですか」


「アルト様、ご本人は、ご無事です」


「ご本人は」


「公爵家の、執事エルヴァード氏が、昨夜、お亡くなりに、なられました」


 リーシェは、息を、吸った。


「エルヴァードさん」


「ご存知の方ですか」


「私が、子供の頃から、いた執事です。アルトを、ずっと、面倒を、見てくれていた人です。私の、十二歳の弟の、二人目の、家族でした」


 デミウルゴは、報告書の、下の方を、指した。


「死因は、階段からの、転落と、報告されております」


「事故、ですか」


「表向きは」


 ゼルヴァーンが、横で、聞いていた。彼の、肘掛を握る手から、木が、軋む音が、聞こえた。


「クリストフか」


「断定はできかねますが、状況証拠は、そう、示しております」


 リーシェは、座って、いた。動かなかった。一分。二分。三分。長く、座っていた。


 それから、ゆっくり、立ち上がった。


「グランハイド領に、行きます」


「リーシェ」


「アルトに、会いに行きます」


「リーシェ、それは——」


「義務、ではありません」


 彼女は、ゼルヴァーンを、見た。


「私の、意志です」


 ゼルヴァーンが、長く、彼女を、見た。


 それから、頷いた。


「では、僕も、行く」


「はい」


「お前は、留守を頼む、デミウルゴ」


「は。万事、お任せください」


 リーシェが、ロケットを、心臓の上で、握った。


 弟が、待っている。


 二人目の家族を、失った、十二歳の弟が。



   ◇



 夕方。


 準備が、進められていた。


 明日の朝、二人は、グランハイド領に、向かう。


 しかし、その夕方、もう一通の、伝令が、城に、届いた。


 差出人は、王太子クリストフ。


「半身さま、ならびに、ゼルヴァーン陛下に、謹んで、お悔やみを、申し上げます。グランハイド執事の不幸、心より、お見舞い申し上げます。——なお、当家としても、葬儀の手配を、半身さまの故郷の、グランハイド領にて、行わせていただきたく、半身さまのご来訪を、心より、お待ち申し上げます」


 ゼルヴァーンが、書状を、読み終えて、目を、伏せた。


「……罠だな」


「罠です」


「行くか」


「行きます」


「リーシェ」


「行かない、という選択は、もう、ありません」


 ゼルヴァーンが、頷いた。深く。


「では、僕も、罠の中に、入ろう」


「お一人で、行かないでくださいね」


「ああ」


「私と、一緒に」


「ああ」


 二人の指先が、無意識に、絡まっていた。



   ◇



 夜。


 月の庭園で、二人は、もう一度、立っていた。盟約を、結んだ場所で。


 ゼルヴァーンが、呟いた。


「明日から、嵐だ」


「はい」


「君を、絶対に、失わない」


「はい」


「絶対に」


「絶対に」


 風が、吹いた。盟約の夜と、同じ、夜風が。


 ただし——その夜の月は、もう、満月では、なかった。


 欠け始めて、いた。



   ◇



 同じ夜。


 王都。クリストフの執務室。


 ハインツが、報告した。


「グランハイド領にて、半身を、お迎えする、準備、整いました」


「儀式の、配置は」


「結界も、完成しております」


「あの男も、来るな」


「はい。半身を、一人だけで、来させない、と、想定いたしました」


「では、二人を、まとめて、断つ」


 クリストフが、母のロケットに、手を、置いた。


「千年前と——同じ手は、使わない」


「同じ結末には、たどり着ける」


「ああ」


 彼の青い瞳に、月光ではない、何かが、灯っていた。


お読みいただきありがとうございます。


盟約の翌朝、椅子は、二度目の引かれ方で、上達していました。

ゼルヴァーンが、城下で、声を出して、笑いました。

リーシェが、世界で一番、幸せな半身、と、答えました。


——しかし。

グランハイド領で、執事エルヴァードが、亡くなりました。

クリストフが、お悔やみの体で、罠を、敷きました。

リーシェは、知った上で、行く、と、決めました。


「行かない、という選択は、もう、ありません」


次話、第30話「千年前と同じ」。

第4章の、最終話。

そして——千年前と、同じ嵐が、リーシェに、襲いかかります。

ただし。


ブックマーク・評価・感想、本当に、心から、お願いいたします。

弟に会いに行く半身に、☆ひとつ、お力添えを。


花は嵐でも咲きます。


蒼空ルーシェ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ