表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
要らない娘と呼ばれた私を、魔王は千年待っていたそうです ~捨てた公爵家は没落し、私は世界で一番幸せになりました~  作者: 蒼空ルーシェ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/30

第26話 窓の向こう

 リーシェが、ロケットを、開けて、ゼルヴァーンに、押し花を、見せた。


「弟は、どんな子だ」


 ゼルヴァーンが聞いた。


 二人は、月の庭園のベンチに、座っていた。夕方の風が、花を揺らしていた。


「優しい子です」


 リーシェが、答えた。


「十二歳で、よく泣く子です。私のために、よく泣いていました。お父さまが、私を、無視するたび、お母さまが、私の話をしないたび、お兄さまが、私を、いない人として扱うたび——アルトは、私の知らないところで、泣いていたみたいです」


「君のために」


「はい」


「いい弟だ」


「私の、唯一の、家族でした」


 ゼルヴァーンが、わずかに、視線を、揺らした。


「でした、か」


「ええ。今は」


 彼女は、ロケットを、握った。


「あなたが、家族です」


 ゼルヴァーンが、息を、吸った。


 千年生きた魔王が、簡単な言葉に、息を、止めた。


「リーシェ」


「はい」


「君は——」


 言いかけて、止まった。


 彼の右手が、リーシェの隣の、ベンチの座面に、置かれた。リーシェの左手の、すぐ近くに。触れない。けれど、近い。


 風が、吹いた。


 リーシェの左手が、ほんの少しだけ、動いて——彼の小指に、触れた。


 ゼルヴァーンは、引かなかった。


 ただ、その小指が、ほんのわずかに、リーシェの小指に、絡まった。


 千年で、初めて、二人の手が、自分から、絡まった。


 夕日が、二人の手の上に、落ちていた。



   ◇



「いい家族だな」


 ゼルヴァーンが、言った。


「うちは、四人です」


「四人」


「はい。ゼルヴァーンさまと、デミウルゴさんと、ナディアさんと、私」


「デミウルゴは家具では」


「家具は家族です」


「家族か」


「家族です」


 ゼルヴァーンが、わずかに、笑った。


 その小指は、まだ、絡まっていた。



   ◇



 夜。


 月の庭園が、静まっていた。リーシェは、部屋に戻り、眠っていた。


 ゼルヴァーンは、執務室で、書類を、見ていた。


 城は、穏やかだった。



   ◇



 同じ夜。


 王都。クリストフの執務室。


 燭台が、一本だけ、灯っていた。


 クリストフは、机の引き出しを、開けていた。


 中から、小さなロケットを、取り出した。銀の、古い、彼自身の手のひらに収まる、小さなロケット。


 開いた。


 中には、女性の、肖像が、入っていた。


 若い女性だった。金色の髪。深い青の瞳。クリストフによく似た、面差し。優しい、笑みを、浮かべていた。


 母の、肖像だった。


 彼は、じっと、見つめていた。


 動かなかった。


 何も、言わなかった。


 時計が、二度、鳴った。


 彼は、ロケットを、閉じた。


 握りしめた。


 窓の方を、向いた。


 窓の外。雨が、降り始めていた。


 遠く、魔王城の、方角。


 彼は、長く、そこを、見ていた。


 時計が、もう一度、鳴った。


 彼は、ロケットを、机の上に、置いた。


 燭台の炎を、消した。


 部屋が、暗くなった。


 暗い部屋で、彼は、もう一度、窓の外を、見た。


 窓の向こうに、何が、見えているのか。


 彼にしか、わからなかった。



   ◇



 扉が、控えめに、叩かれた。


「殿下」


 ハインツの、声だった。


 クリストフは、答えなかった。


 しばらくの、沈黙。


 ハインツが、もう一度、ノックした。


「殿下。グランハイド領から、第一報が、届きました」


 クリストフが、燭台に、新たに、火を、灯した。


「入れ」


 ハインツが、入ってきた。両手の指先のインクが、燭台の光で、黒く、はっきりと、見えた。


「アルト・グランハイドの、現在の動きを、報告いたします」


「読め」


 ハインツが、報告書を、開いた。


「アルト・グランハイドは、十二歳。公爵家の末弟。最近、執事の、エルヴァードと、頻繁に接触している。執事の私室に、夜中に、何度も、出入りしている。何かを、調べている様子」


「何を、調べている」


「不明です。ただ、図書室の、半身関連の、本が、最近、何冊か、移動しています」


「移動」


「はい。隠されています、おそらく、アルトによって」


 クリストフの、目が、わずかに、動いた。


「あの子は、何かを、知ろうとしているのか」


「あるいは、姉のために」


「姉のために」


 クリストフが、ロケットの上に、手を、置いた。


「……あの少女には、本当に、味方が、多い」


 ぽつりと、言った。


「公爵家の、要らない娘、だったはずなのに」


 ハインツが、答えなかった。


「ハインツ」


「はい」


「あの少年を、揺さぶれ。ただし、殺すな」


「殺さない、揺さぶり、と申されますと」


「家族を、奪う」


 ハインツの、ペンを持つ手が、止まった。


「家族、ですか」


「あの少年は、姉を奪われた。今度、もう一人、奪われたら——あの少年は、姉を、必死で、呼び戻そうとする。手紙で。何度でも。『姉上、帰ってきてください』と。家族の、悲鳴で」


 ハインツは、答えなかった。


 長く。


「……承知しました」


 ハインツが、退出した。


 残されたクリストフは、ロケットを、もう一度、開けた。


 母の、肖像。


 彼は、その肖像に、向かって、囁いた。聞こえないほど、小さな、声で。


「母上」


 ロケットの中の、母は、笑っていた。


「私は、もう、あの過ちを、繰り返しません」


 雨音が、強くなっていた。


「あの少女からは——母を、奪わない代わりに、家族を、奪います」


 彼は、ロケットを、閉じた。


「私の母を、誰も、返してくれなかったように——あの少女にも、誰も、返さない」


 燭台の炎が、揺れた。


 窓の外で、雨が、降り続いていた。



   ◇



 雨の音は、王都にだけ、降っていた。


 魔王城には、月が、出ていた。


 穏やかな、月夜だった。


 リーシェは、眠っていた。ロケットを、心臓の上に、置いて、眠っていた。


 まだ、知らなかった。


 弟が、もうすぐ、もう一人の家族を、失うことを。


 知らずに、穏やかに、眠っていた。


お読みいただきありがとうございます。


クリストフの、初めての、内側を、お見せしました。

台詞は、母への囁き、たった、二言。


「私は、もう、あの過ちを、繰り返しません」

「私の母を、誰も、返してくれなかったように——あの少女にも、誰も、返さない」


この男にも、過去があります。

それが、なぜ、半身の力を、欲しがるのか。

全貌は、まだ、お見せできません。


しかし、彼は、決めました。

リーシェの弟アルトから、家族を、奪うことを。


——アルトの周りには、もう一人、家族のように、彼を護っている人がいます。

執事の、エルヴァードです。

彼の名前を、覚えておいてください。


次話、第27話「代償」。

リーシェが、倒れます。

そしてゼルヴァーンが、初めて、千年前のことを——話します。


ブックマーク・評価・感想、心よりお待ちしております。

ロケットを握るクリストフに、☆ひとつ、お慈悲を。


蒼空ルーシェ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ