表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
要らない娘と呼ばれた私を、魔王は千年待っていたそうです ~捨てた公爵家は没落し、私は世界で一番幸せになりました~  作者: 蒼空ルーシェ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/27

第24話 二人の王

 二人は、初めて、声を荒げた。



   ◇



 翌朝。執務室。


 ゼルヴァーンの手元には、デミウルゴが朝までかけて整理した報告書があった。クリストフに同調する貴族は四名から六名に増えていた。ハインツの解読は、半分を超えた。王都では、半身を「呼び戻す」という単語が、政治の言葉になり始めていた。


 ゼルヴァーンが、書類を机に置いた。


「クリストフを、消す」


 短く、そう言った。


 リーシェは、書類を畳んでいた手を、止めた。


「……消す、というのは」


「文字通りだ」


「殺すということですか」


「ああ」


 応接間にデミウルゴはいなかった。ナディアもいなかった。二人だけだった。だから——容赦のない言葉が、出ていた。


「ゼルヴァーンさま」


「リーシェ。あの男は対話で動かない。儀式が完成すれば、君が消える。僕は——もう、君を、失えない」


「ですから」


 彼女は、言った。穏やかに。しかし、まっすぐに。


「殺してはいけません」


 ゼルヴァーンの目が、わずかに、見開かれた。


「リーシェ」


「あの人を殺せば、人魔関係は崩れます。停戦条約は終わります。今度はあなたが——大陸最強の魔王が、人間を屠った魔王になります」


「構わない」


「構ってください」


「リーシェ——」


「私は、暴力で守られた人にはなりたくありません」


 応接間の温度が、変わった。


 ゼルヴァーンが、立ち上がった。長身が、一気に立ち上がった。金の瞳が、暗く沈んでいた。


「では、君は何を望む」


「対話です」


「対話で、あの男が止まると思うのか」


「思いません」


「では、なぜ」


「でも、暴力で勝つと、私たちの方が、間違いになります」


 ゼルヴァーンが、息を吸った。長く、深く。


「君を守るためなら、僕は、世界中が間違いだと言っても、構わない」


「それは——」


「それは、僕の覚悟だ。千年分の覚悟だ」


「違います」


「違わない」


「違います、ゼルヴァーンさま」


 リーシェが、立ち上がった。彼の前で、まっすぐに。


「それは、覚悟ではなく——恐怖です」


 ゼルヴァーンの呼吸が、止まった。


 恐怖。


 その単語が、胸の真ん中に、刺さった。



   ◇



 誰も、何も言わなかった。


 しばらく、二人とも、動かなかった。


 それから、ゼルヴァーンが、机の書類をまとめた。


「……少し、頭を冷やしてくる」


「ゼルヴァーンさま」


「すまない」


 彼は、扉に向かった。


「リーシェ」


 扉の前で、振り返らずに、言った。


「君は、正しい。でも——今、聞ける僕じゃ、ない」


 扉が、閉まった。



   ◇



 応接間に、リーシェが、一人、残された。


 いつかと、似ていた。


 ずっと前、ゼルヴァーンが、リーシェの部屋の扉の前に、立っていたことがあった。リーシェの方が、扉の中で、声を絞り出した夜。


 今度は、逆だった。


 リーシェが、扉の前にいた。ゼルヴァーンが、扉の向こうにいた。


 彼女は、しばらく、座っていた。深呼吸を、何度かした。冷たい右手を、左手で握った。


 それから、立ち上がった。



   ◇



 ゼルヴァーンの執務室は、城の最奥にあった。リーシェは普段、そこには入らない。彼の聖域だった。


 今日は、その扉の前まで来た。


 扉は、閉まっていた。中の気配は、ある。歩いているのが、わかった。


 彼女は、ノックを、しなかった。


 代わりに、扉に、手を当てた。


 冷たい右手を、扉に当てて、声を絞り出した。


「ゼルヴァーンさま」


 返事は、なかった。


「逃げないでください」


 十七年、口にできなかった、お願いだった。父にも、母にも、兄たちにも、誰にも、言えなかった。


 それを今——伝えたい、たった一人の人に、向かって、リーシェは、言っていた。


「逃げないで、私のことを」


 返事は、まだ、なかった。


 しかし、扉の向こうで、足音が、止まった。


 近づいてきた。


 扉の、すぐそこまで。



   ◇



 扉が、ゆっくり、開いた。


 ゼルヴァーンが、そこにいた。金の瞳が、少し、赤かった。


「……入っていいか」


 彼が、聞いた。


「入って、いいかではなく」


 リーシェは、笑った。少しだけ。


「出てきてください」


 ゼルヴァーンが、執務室から、一歩、出た。


 二人とも、廊下に立っていた。


「リーシェ」


「はい」


「君は、正しい」


「いいえ」


「いいえ、ですか」


「正しいのではなく」


 彼女は、彼を、見上げた。


「私は、あなたが嫌う未来を、一緒に背負いたいだけです」


 ゼルヴァーンが、目を閉じた。長く。


 それから、開けた。


「……リーシェ」


「はい」


「君を、危険に晒したくない」


「はい」


「君が消えるくらいなら、世界が滅びてもいい、と——僕は、本気で思っている」


「はい」


「だから、暴力に、傾く」


「はい」


「だから、君に——止めてほしい」


 彼女は、頷いた。深く。


「止めます。あなたが暴力に傾くたびに、何度でも」


 ゼルヴァーンの右手が、ゆっくり、リーシェに伸びた。


 止まらなかった。


 頭の上に、置かれた。


 千年で、初めて、リーシェの頭に、彼の手が、置かれた。


「……ありがとう」


「いえ」


「君は、僕の——」


 言いかけて、止まった。半身、と続けようとした。しかし、それでは、足りない気がした。


 代わりに、別の言葉が、口を、ついた。


「——歯止めだ」


 リーシェが、笑った。


「素敵な、二つ名ですね」


「悪い意味じゃない」


「わかってます」


「魔王の歯止めは、世界の歯止めだ」


「重大な役職ですね」


「ああ」


「責任重大です」


「ああ」


「お給金は」


「蜂蜜菓子で」


「足りません」


「では十二個」


「上げてくれましたね」



   ◇



 夕方。


 執務室で、二人は、改めて、向き合った。


「クリストフを、殺さない」


「はい」


「殺さずに——勝つ方法を、考える」


「はい」


「正論には、正論で返す」


「私が、考えます」


「君が?」


「はい。あの人の使う言葉を、私が、自分の言葉で、返します。あなたの代わりに」


 ゼルヴァーンが、リーシェを、長く、見た。


「君は——強くなったな」


「いえ」


 彼女は、首を、振った。


「強くなったのではなく、知ったんです」


「何を」


「あなたが、隣にいてくれることを」


 ゼルヴァーンが、また、彼女の頭に、手を置いた。今度は、置くだけではなかった。少しだけ、髪を、撫でた。


 ぎこちなく。千年ぶりに。


 リーシェは、目を、閉じた。冷たい指先が、いつの間にか、温まっていた。



   ◇



 夜。


 ナディアが、リーシェの部屋に、温かいスープを運んできた。


 今日は何も聞かなかった。ただ、スープを置いて、眼を細めた。


「半身さま」


「ナディアさん」


「お顔が、明るくおなりです」


「そう、ですか」


「はい。喧嘩なすった、お顔です」


 リーシェは、笑った。


「ばれましたか」


「ばれます。私も、千年前に、似た顔を、いたしました」


 その言葉に、リーシェは、首を傾げた。


「ナディアさんも、誰かと、喧嘩を」


「ええ」


「どなたと」


 ナディアは、答えなかった。


 ただ、窓辺の花瓶の、花の位置を、少しだけ、直した。


 千年前の半身が、好きだった位置に。


お読みいただきありがとうございます。


二人が、初めて、声を荒げました。

そして、一話の中で、和解しました。


——「逃げないでください」

十七年、誰にも、言えなかった、たったひとつの願いを、

リーシェが、初めて、伝えたい人に、伝えました。


千年で初めて、ゼルヴァーンの手が、リーシェの頭に、置かれました。

ぎこちなく、千年ぶりに、髪を撫でました。


そしてナディアが、ぽつりと、千年前の自分のことを、漏らしました。


次話、第25話「私はここに残ります」。

クリストフの使者が、ついに来ます。

弟アルトからの、手紙が、届きます。

そしてリーシェが——自分の意志で、未来を、選びます。


ブックマーク・評価・感想、心よりお待ちしております。

歯止めになったリーシェに、☆ひとつ、お願いいたします。


蒼空ルーシェ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ