80話 釣られた先の出来事
作務衣姿の年配男性は
引き戸の前で立ち止まり、息を吐く
その様子を隣で見ていた和服姿(絽)の
年配女性は呆れた様に口を開く
「ここまで来てどないしたんですか?」
「祝いの席だと聞いとるからな」
「辛気臭いのが‥‥とか思ってます?」
「アイツとは‥‥」
「楽しそうな声が聞こえてるし
まぁ、なんとかなるでしょ」
年配女性が一声かけてから
引き戸を開けて店に入っていく
年配女性は昔馴染み達と
歓声を上げて再会を喜ぶ
作務衣姿の年配男性は
少し渋い顔をしながら店に入り
昔馴染み達と声を掛けてから
店に入るのに躊躇った原因と目が合う
「やぁ‥‥久しぶりだね」
「あぁ‥‥だな」
バレー全国大会が終わる日
祝勝会が開かれるお店で
久しぶりの再会が行われていた
「判決を言い渡しますわ!」
私が主将!私は偉い!と書かれたタスキを
かけたリンがそう言うと
座敷で正座をしているクナが
プルプルと震えていた
クナの後ろには両手にハリセンを持ったポーが
冷たい目でクナを見下ろしている
「6‥‥いえ、12発ですわね」
「異議!異議アリです!
なんで言い淀んで倍なんですか!」
「18発がいいんですの?」
「倍が不服とかではないです!
シン!じょーじょーしゃくりょーを!」
クナはカウンター席で
頭に蛇のぬいぐるみを尻尾に巻きつけた
蠍ちゃんのぬいぐるみを乗せて
ダークヒーロー参上!嫌われてナンボ!と
書かれてあるタスキをかけているシンに
クナが助けを求める
「難しい言葉知ってんのね」
「厳しい判決を与えて成長を促すのも
必要な事だよ〜ん」
「シンは甘い」
「ここらで厳しくしておかないと」
「そうね‥‥来年が辛くなるものね」
シンが呆れた様に言うのに続いて
カヤ、ルカ、アヤノ、サリが
涙目になっていくクナに言う
「エライ硬そうなハリセンやなぁ」
「今年はお母さんと一緒に作ったの」
「心を込めて作ってやったの」
ソナがポーの持ってるハリセンを見ながら
感想を述べていると
エル、ヒルが母親と笑いながら
ねーっと言っていた
「シン!助けて!なんでもする!
いっぱい言う事聞くから!助けて!」
「クナ‥‥準決勝の日にね
取っておいた和菓子を食べなかった?
2日前にクナのおじいちゃんと
おばあちゃんがくれたヤツ」
クナの命乞いにシンが諭す様に言うと
シンの頭の上では小さな蛇が
楽しみにしてたヤツだったのに!と
言った感じでピー!ピッー!と抗議していた
「結構あったのに全部食うたん?」
「へぇ‥‥それは初耳ですわね」
トウカが驚いていると
リンが目を怪しく光らせながら
クナを見下ろす
「あ‥‥いや‥‥でも
今は前の食べ過ぎた事を怒って」
「おかわりを結構貰ったんじゃないの?
クナのおじいちゃんとおばあちゃんに
さっき言われたのよね
どう?昨日も色々と渡したけど
どれが美味しかったってね」
クナはシンの言葉を聞いて
少し離れた所でお酒を呑んでる
クナの祖父母を見ると笑いながら謝っていた
「へぇ〜、じゃあ
今日の朝に全部食べたんだね」
「全部じゃないもん!
大好きなイチゴ大福は帰ったら‥‥
シン!助げぇん!いぎゃん!」
問いかけに反抗したクナに
ポーがハリセンを振り下ろす
シンに縋りつこうとしたクナをポーが仕留めた
「かなりヤルの」
「キツくやる」
「今日も動きが悪かった」
「あんまり動きすぎると着崩れるよんっと」
抵抗するクナにエル、ヒル、ルカが
襲いかかるのを見て
カヤが全員の姿を見ながら心配する
「まぁ、いつでも直したるし」
トウカがそう言うと
クナの断末魔が響いて祝勝会が始まった
「ったく、しょうがねぇな」
カウンターを挟んでシンの前にいる
アヤノの祖父がお盆の上に
魚の干物と酒瓶を乗せながら愚痴る
「シンちゃん、ちょいとすまねぇが
奥でやってる奴らに
コレを持って行ってくれねぇか」
アヤノの祖父がそう言うと
座敷の方では歓声が上がり
アヤノの両親が素早く動いて
肉や野菜を焼き始めていた
シンと小さな蛇は後ろの座敷を見てから
カウンターの方を振り向くと
アヤノの祖母が床下の収納から
大きな瓶を片手でキッチンの方へと出していた
「ごめんね、シンちゃん
少し仕込みを忘れててね
コレに少し漬けてから焼くと美味しいのよ」
大きな瓶の封を切って
中身のタレを皿に移しながら
アヤノの祖母がシンに話しかける
なんというかすごく美味しそうな匂いが
そこら中に漂い始めた
シンの頭の上では小さな蛇が
絶対!ぜぇったい美味しいヤツ!と
ピィ〜♬ピ〜!と鳴いていて
シンはわかってるからと言いながら
ゴクッと唾を飲んでいた
「持って行けばいいのね」
「戻ってくる頃には準備万端にしておくわね」
シンはカウンター席でから降りて
魚の干物と酒瓶がのっているお盆を持って
店と家を繋ぐ通路の方へと歩いて行った
「何もソイツを出す事はねぇだろうが」
「優しい優しいおじいちゃんが
もう3年も漬け込んで改良もしてるんですよ
それに最高の獲物を釣るなら
餌にも気を使わないとね」
「別にシンちゃんを釣る為じゃねぇよ」
「なら、なんで3年なのかしらね?」
アヤノの祖母がニヤッと笑いながら言われ
拗ねたアヤノの祖父が座敷の方を見ると
「オマエが3年もかけたモノだ!
釣られねぇワケがねぇよ!」
「ワシらも釣られてやるから
大人しくよこせ!」
「あ!でも!最初はシンだよ!」
「当たり前だのぉ」
「優しいおじいちゃんって言いながら
アナタも手伝ったんでしょ
優しいおばあちゃん!」
鬼の夫婦が顔を赤くしながら
宴会は始まっていった
何故か明かりはなく
月明かりだけに照らされた居間に
シンは、お盆を持って入っていく
「失礼します」
シンがそう言ってから
正座をして机にお盆を置く
居間にある机は10人程が囲えそうなぐらいに
大きい物だったが
今はシンから見て左右に2人ずつが無言で
机を挟んで座っていた
「やあ、こんなことをさせて悪いね
今日の主役だっていうのに」
「2連覇おめでとう
すごい事なのよ‥‥蛇蠍ちゃん」
シンから見て右側の2人
リンの祖父母がシンに話しかける
シンは頭に乗っているぬいぐるみを
落とさない様に頭を少し下げると
小さな蛇も頭を下げた
頭を上げたシンは無言の2人の方を見ると
シンの方をジッと見ていたのか
目が合ってしまう
「ああ‥‥すまん
初めましてだな、トウカの祖父だ」
「ジッと見てしまってごめんなさいね
初めまして、トウカの祖母よ」
「いえ、全然です
初めまして、シン・フジムラです」
お互いが頭を下げ合うと
少し間が空いて無言になると
リンの祖父が笑う
「ありがとう、シンちゃん
あちらが始まってしまっているから
主役は戻った方が良いかもね」
「私達もすぐに行くと思うけど‥‥
そうねぇ‥‥その前に立ってから
その姿をキチッと見せてくれないかしら」
リンの祖母から言われたので
シンはスッと立ち上がってから
両手を横に広げて
着ている浴衣の全体を見せる様に立つ
シンはリンの祖母が指を
クルッと回したのを見て
姿勢はそのままに
浴衣の背面も見せる様に回った
「いやぁ‥‥いいねぇ」
「ホント‥‥夏の風物詩ね」
「気に入ってます」
月の光の中
居間と庭の間にある縁側の廊下に立ち
シンはニヤッと笑いながら
リンの祖父母に答える
「そんな風にやるとダークヒーローだね」
「蛇蠍っていう風物詩かしらね」
「新たなモノを生み出さないで!」
3人は笑い合う
シンはジッと見てくるトウカの祖父母に
頭を下げてから、店の方へと歩いて行った
「なんか言いたい事があったんじゃないのかい」
シンが行った後にリンの祖父が
トウカの祖父に話しかける
トウカの祖父は懐から出した細長い木箱の
中からキセルを取り出し
草を詰め火を点けて、吸い始めた
「アレはオメェが作ったんか?」
「まさか‥‥経緯を知っているからね
あの技術を真似するほど無粋ではないよ」
「じゃあ‥‥なにか
トウカが作ったってのか」
「言っておくけど
アドバイスをして基礎の技術を
教えたぐらいしかしていないよ」
トウカの祖父はキセルを咥えて煙を吸うと
ゆっくりと上に向かって吐き出す
「なんでしたっけね?
確か‥‥綺麗だよの始まりでしたわね」
「贈られたモンやし
ウチはキッチリと覚えとるんやからね」
「あの浴衣を見て思い出したのよ」
「まったく‥‥心配ばっかりしとったのに
結局は旦那にそっくりなんやから
心配して損したわ」
リンの祖母とトウカの祖母が
笑い合いながら呆れていた
「心配は無用だよ
見ただろう?シンちゃんは良い子さ
キミの見る目も確かだったが
キミの孫の見る目も確かだよ」
「フン!まだまだ甘いわ!
もっとこう」
「そこまでだよ
キミの話は長いからね
コチラとしては早く宴会に参加したいんだよ」
トウカの祖父の言葉を遮って
リンの祖父が横に置いてあった木箱を
机の上に丁寧に置く
「なんだ?コイツは?
オメェの作品でも拝すつもりか」
「師匠として弟子に贈り物をしたくてね
弟子が悩んで置いてきたモノだったんだけど
キミ達への贈り物らしくてね」
「コレを‥‥トウカが?」
「先に宴会に行ってくるよ
どうするかは任せるけど‥‥
できれば師匠としての顔を立ててくれると
コチラとしては嬉しいね」
それだけ言うと
リンの祖父母は立ち上がって
歓声が上がる店の方へと足早に向かった
残された2人は机にある木箱を開けて
中に入っている物を見て手が止まる
「あの子も立派になったんと違う?」
「まだまだだって言ってんだろうが」
月明かりに照らされた甚平と浴衣
その2着の背中部分には
薄くボンヤリとしてはいるが
綺麗な満月が浮かび上がっていた




