ヒロの兄
「ヒロは、知っていたのか?」
ランチを食べに入った店でオレはヒロに聞いた。
「ああ。ハヤタも当然分かっていると思っていたが、お前結構いい加減なんだな。対戦カードも見ていなかったなんて。」
「悪かったね。こっちは好きで、こんな大会に参加しているわけじゃないんでね。」
オレは、八つ当たり気味に言った。
ミツキさんがこの大会に参加しているであろうことは、考えてみれば分かることだった。
オレが見た動画、春にKAZ本部の事務局の発表した競技者のランキングトップテンのこれまでの試合の動画の中には、当然、ミツキさんのそれもあった。
「しかも、姉貴に勝ったら、次はオレの兄貴が相手だぜ。」
ヒロが何気に言った。
「兄貴?ヒロ、お前、ミツキさん以外にお兄さんもいたのか?」
「あれっ、言わなかったけ。」
「そんなこと聞いてない、初耳だよ。」
「ボクには、姉貴より一つ歳上の兄貴がいて、名前はタケルって言うんだ。この兄貴が、姉貴よりもさらに強くて、現在の世界チャンピオンだと言っても間違いない。」
「どうして、そんな大切なこと早く教えてくれなかったんだよ。」
オレは、少しイラッとして、強い口調で言ってしまった。
そういえば、オレが見た動画の中に、そのような名前の滅茶苦茶強い人がいた。
そして、その人はランキングトップだった。
ただ、ヒロに兄がいるとは夢にも思っていなかったので、まさかヒロの兄だとは思ってもみなかったにすぎない。
「そんなこと言われても……。だいたいハヤタは、そもそもKAZになんて全く興味を示していなかったし、KAZをやってみたのも、単に綾瀬ミカが『運命の女性』かどうかを確かめるためだったんじゃないのか。」
言われてみれば、そのとおりだった。
オレは、何を熱くなっているのか。
知らないうちに、オレは、この大会で優勝しようとでも思っていたというのか。
そんなことはないはずだったが、オレの中で、何かが闘争心をあおっていた。
「それにさ、ハヤタ、お前、師匠である姉貴に本気で勝てるとでも思っているのか。」
ヒロが少々あきれ気味に言った。
これも、そのとおりだ。
もし、ミカとの対戦のための特訓を受けていたとき、ミツキさんが本気を出していなかったとすれば、オレにはほとんど勝ち目はない。
動画で見た限りでも、ミツキさんは、特訓のときにはオレを相手にはそれほど使わなかった槍を得意としていることが分かっていた。
特訓のときには、ミカが使うことを想定した剣を使うことが多かったのだ。
ということは、ミツキさんが本気を出していなかった可能性が大なのだ。
「そうだな、師匠に勝てるわけはないか。」
オレは、少々投げやりに、そう言うしかなかった。
ランチを食べ終えると、オレはヒロと、KAZ本部道場の建物に戻り、一階の事務室前の電工掲示板をもう一度確認した。
準決勝の二試合は、いずれも七階のA競技室が会場となっていた。
その後の決勝も同じ七階のA競技室で行われるようだ。
準決勝の一試合目は、ヒロの兄が登場する。
(佐山リョウVS松村タケル)
そして準決勝の二試合目が、オレとミツキさんの対戦カードだ。
(姫野ハヤタVS松村ミツキ)
オレは、よほど七階のA競技室と相性が良いらしい。
エレベーターを使って、七階のA競技室に戻ると、準決勝の一試合目が始まろうとしていた。
ヒロの兄は、どちらかといえば、弟のヒロよりも、とびっきりの美人であるミツキさんに似た正統派の美男子だった。
身長は一八二センチメートルの長身で、筋肉質だが、それほど図体はでかくない。いわゆる細マッチョというやつのようだ。
ヒロの説明では、ミツキさんと同じく、東ブロックの役所に勤めており、所属は、都市企画部の都市計画課、都市計画決定事務を担当しているらしい。
ミツキさんと同じく、学生時代からスポーツ万能で、今でも競技としてKAZをやっており、国内ランキングトップにして、社会人の部の世界チャンピオンであって、実質的な世界チャンピオンである。
対戦相手である佐山リョウは、オレが事前に頭に入れていたデータによると、大学三回生で二十一歳、大学生の部の世界チャンピオンで、国内ランキングは二位だ。
身長は一七八センチメートルで、背格好はオレとそれほど変わらない。
ちなみに、国内ランキング三位がミツキさんで、同四位は綾瀬ミカである。
結局、準決勝に残った四名は、オレも含めて、いずれもシードされていた選手であった。




