ハヤト族の末裔
建物の二階に、大きなプールとそれを囲むように観覧席の設けられた会場があった。
「あまり前だと、水しぶきがかかるらしいので、この辺にしようか。」
ハヤタは、観覧席の中段あたりでそういうと椅子に腰をかけた。
ミカも隣の席に座った。
買ってきた炭酸飲料を飲みながらショーの開始を待っていると、スタッフの女性が、観覧席の客にストローを五センチくらいに切ったものを配り始めた。
切り口がギザギザに切られている。そして、全ての観客にストローが配り終えられたころに、ショーが始まった。
司会者が、配ったストローは笛になっていて、イルカを呼ぶのに使うので、吹く練習をしましょうと言って、吹き方の説明を始めた。
ハヤタは、面倒くさいことは苦手なので、吹く練習をしようとはしなかった。
その横で、ミカは、真面目に吹く練習を始めた。初めは、なかなか上手く鳴らなかったが、そのうちに「ピィー」という高い音が鳴った。
「ほら、鳴ったよ。ハヤタくんもやってみなよ。」
ミカがあまり嬉しそうに言うので、ハヤタは無碍にもできず、試しに鳴らしてみた。
ストローを半分くらい口にくわえて、軽く唇を振るわせるように吹くと、一回で「ピィー」という澄みわたった高い音色が鳴った。
「あっ、ハヤタくん、ずるい。私より上手じゃない。それに、音が他の人とは違って、とてもきれい。」
ミカが、少し拗ねたような素振りで言った。
ハヤタは、何故か、自分が鳴らしたその音色に、どこか懐かしさを感じていた。
もちろん、このようなストローの笛を吹くのはこれが初めてだし、これまでに他の楽器も鳴らしたことはなかった。
なのに、遠い昔に聞いた懐かしい音を聞いているかのような、そんな不思議な感覚に襲われていた。
と同時に、頭の中に、歴史の教科書で観たことのある古代の人が着ていた衣装をまとった自分の姿が浮かび、何かを言っていた。何を言っているのかを聞き取ろうとするが、聞き取れない。
そんなもどかしい時間がしばらく続いた。
「どうしたの?ぼーっとして。ショーが始まるわよ。」
ミカの声で、ハヤタは現実に戻った。
「オレ、今、ずっとぼーっとしていた?」
「うんうん、ほんの数秒よ。」
ハヤタには、ほんの数秒であったとは思えなかったが、ミカが嘘をついているとは思えなかった。
あれは、何だったのだろう。
ユイさんの言っていたハヤト族に何か関係があるのだろうか。
ハヤタは、横でイルカショーを楽しんでいるミカを見て、今はそれ以上考えるのはやめておくことにした。
そのうちイルカショーが終わり、ハヤタはミカと水族館をあとにした。
時間はまだ十六時すぎだったので、ハヤタは、ミカと水族館の横にある公園を散歩することにした。
「ハヤタくんは、KAZの競技者にはならないの?きっと、ハヤタくんは、まだまだ強くなれるよ。」
並んで歩いていると、ミカが聞いてきた。
「ごめん、もうKAZはやらないと思う。オレがKAZをやったのは、ただきみと付き合いたかっただけだから。それに、オレは、もともと争いごとがあまり好きじゃないんだ。」
オレは、正直に思ったことを答えた。
「へえ、もったいない。才能あるのに。って言うか、あなた、本当に私と付き合いたいっていう理由だけで、私と勝負したの?」
「そうだよ。それが何か?」
「それが何かって、あなた、そのためにミツキさんの特訓を一か月以上も受けたんでしょう。そこまでして、どうして私と付き合いたかったの?」
「それは、きみがオレの好みだったから。」
「好みって、たったそれだけの理由で、高校生チャンピオンの私に勝負を挑んで、しかも一か月以上も特訓をして勝ってしまう人なんて、普通はいないでしょう。」
「現に、ここにいるんですけど。」
オレは、まさかここで、ミカが『運命の女性』かもしれないからと言うわけにはいかず、とぼけるしかなかった。
「信じられない。きっと何かわけがあるはずよ。そのうち、ちゃんと話してもらいますからね。」
ミカは、オレの言葉を信じなかったが、それはもっともなことだった。
おそらく、オレがミカであったとしても、信じはしないだろう。
オレは、この話題を避けるためもあって、ミカの揚げ足を取ってみることにした。
「『そのうち』ってことは、またオレと会ってくれるっていうことかな?」
「そんな意味で言ったんじゃないわよ。ハヤタくんこそ、また私と会いたいの?」
「会いたい。また、オレと二人で会ってください。」
オレは、ミカの目を正面から見つめ、ミカの右手の甲の上に自分の左手を重ねながら言った。
ミカは、照れた様子で、少しうつむき加減になりながら、小さい声で答えてくれた。
「いいよ。私もまた会いたい。」
ハヤタは、帰宅後、夕食を食べると自分のベッドに横たわり、今日のことを考えていた。
まずは、イルカショーでのできごと。
ストロー製の笛を鳴らしたときのあの不思議な感覚、頭の中に浮かんだ自分らしき姿、頭の中のオレは何を言おうとしていたのか。
考え出すときりがなかった。
唯一の手かがりは、前にユイさんから聞かされた話くらいだった。
オレは、ハヤト族の末裔で、十四歳で覚醒を始める。
オレは、今、十五歳なので、既に覚醒が始まっているというのか。
しかも、オレは、特別な能力を持つように選ばれた男らしい。
しかし、今のオレには、特別な能力などない。
確かに、オレはたった一か月少しの練習で、高校生チャンピオンの綾瀬ミカに勝った。
でも、これは、単にオレの運動能力が高いうえに、ミツキさんの特訓があっからにほかならない。
決して、特別な能力があるからではない。
未だに、オレは、ユイさんから聞いた話の全てを信じてはいなかった。
ただ、オレがこれまでに女の子を好きになったことがないということだけは本当だったので、好奇心から『運命の女性』探しとやらに乗っかってみたにすぎなかった。
実のところは、『運命の女性』の話しすら、本気で信じているわけではない。
そういえば、ミカは、オレの『運命の女性』なのだろうか?
もちろん『運命の女性』とやらが本当にいればの話しだが。
今日は、確かにミカと一緒にいて楽しかった。
でも、それは、これまでにナンパで友だちになった九人のガールフレンドと一緒にいるときとそれほど変わり映えのするものではなかった。
ということは、やはりミカも、『運命の女性』ではないのか。
ただ、これまでの九人とは、一つだけ違うことがあった。
それは、オレが本気で、もう一度ミカと会いたいと思ったことだ。
しかし、これが『好き』という感情によるものなのかどうか、オレ自身には分からない。
こんなことを考えながら、、オレはそのうちに寝入ってしまった。
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