対戦!
そして、勝負当日がやってきた。
オレは、誘いもしないのに自宅まで迎えに来たヒロと連れ立って、KAZ本部道場の建物に約束の時間の一時間前には到着していた。
外は、初夏と思えるような強い日差しが降り注ぎ、半袖のTシャツ一枚で十分な気温になっている。
街路樹が青々と生い茂り、新緑の少し青臭い匂いが街中に溢れかえっていた。
オレたちが、本部道場七階のA競技室に入ると、そこには五十名近くのギャラリーが集まっていた。
オレがヒロの顔を見ると、ヒロは自分の顔の前で右手を左右に振り、自分の仕業ではないことをアピールした。
この競技室は、競技室の中では大きい方で、正面スクリーンの反対側に簡単な観覧席が設けられている。
まだ、一時間前だというのに、その観覧席は満員になっていた。
満員の観客の熱気で、空調の効いた競技室内の室温が少し上昇しているように感じられる。
綾瀬ミカが、わざわざ人を呼ぶとは考えられなかったので、大方、ミツキさんが人を集めたに違いない。
少しすると、ミツキさんがやって来たので、オレがそのことを聞くと、ミツキさんはあっさりと自分の仕業であることを認めた。
「だって、ギャラリーがいた方が、気合いが入るでしょう。心配しなくても大丈夫。入場料は取っていないから。」
その約三十分後に到着した綾瀬ミカは、この観覧席を埋め尽くしたギャラリーを見ても表情一つ変えなかった。
きっと、普段から大勢のギャラリーの前で闘うことに慣れているのだろう。
ヒロは、いつの間にか観覧席に移動していて、ちゃっかりとカワイイ系の女の子の横に陣取っていた。
そうこうしているうちに、勝負の開始時間が刻々と近づいてきた。
オレは、既に黒色の競技用スーツに着替えていたので、挑戦者サイドとなる正面スクリーンから向かって右側の競技スペースに行き、そこでゴーグルとヘッドセットを装着した。
機械の設定などは既になされていたようで、まだ照明を落としたままの競技室内の正面のスクリーンに、すぐにオレのアバターが立体的に映し出された。
ミカの方も用意ができたのか、少し遅れて、ミカのアバターがスクリーンに映し出された。
そして、スクリーン上に大きく「ミカVSハヤタ」という文字が浮かび上がると、その下に開始までのカウントダウンを表す数字「60」が表示され、その数字が「59,58…」と一秒刻みで減っていった。
そして、その数字が「0」になると同時に、「FIGHT!」という文字が映し出されて競技室内の照明が明るくなり、オレと綾瀬ミカの勝負が始まった。
互いにハンデの設定はない。
綾瀬ミカは、開始と同時に猛然とオレに近づき、まずは正面から左のジャブを打ってきた。
おそらく、これはオレの動きを見定めるためのものであろう。
オレは、これを必要最小限の動きでかわすと、ミカの顔面をめがけて右足で前蹴りをくりだした。
ミカもこれを必要最小限の無駄のない動きでかわすと同時に身体をかがめ、オレの軸足になっている左足を、右足で払いにきた。
オレは、それを後方へのバク転でかわす。
オレがバク転から着地すると、ミカがすかさず、上中下段の三発の正拳突きを入れてきた。
オレは、これをかろうじて両手で受けることで、身体にはヒットさせなかった。
ミカは、さすがに動きに無駄がなく、かつ、その攻撃には切れがある。
これは、思った以上に厳しい闘いになりそうだとオレは思った。
そのオレの予感は当たり、そこからは互いに攻撃はするも、有効に相手のHPを奪えない膠着状態が続いた。
お互いに、身体からは既にかなりの量の汗が噴き出している。
ミカは、この状態にしびれを切らしたのか、とうとう剣を使い始めた。
と同時に、高速移動と打撃力強化も使って、一気に勝負を決めにきた。
綾瀬ミカは、オレの研究によると、三つの武器の中では、剣を最も得意としている。
そして、動きの速いオレを相手にした場合、リーチのある槍や棒では、いったん懐に飛び込まれてしまうと有効な攻撃ができなくなるため、武器を使うのであればおそらく剣を使ってくるだろうとオレは予想していた。
その予想は見事に的中した。
オレも、躊躇なく、剣を使って、これに対抗した。
なんとか、ここをしのいで、ミカにスキルゲージを使い切らせ、肉弾戦に持ち込みたい。
オレは、勝負を決めにきたミカの数十回にもわたる剣による攻撃を全てしのぎきった。
その方法は簡単で、ミカの高速移動にはオレも高速移動で対応し、ミカが打撃力強化を使った打ち込みに対しては打撃力強化を使った剣で打ち合うことによって、これを受けた。
つまり完全にミカの動きに、自分の動きをシンクロさせたのだ。
これによりミカのスキルゲージは尽きたが、当然の結果として、オレのスキルゲージもゼロになった。
ここからは、肉弾戦になる。
ミカは、汗まみれになった顔にまさかという表情を顔に浮かべながら、すさまじいスピードと勢いで、次々と突きと蹴りの連続攻撃を繰り出してきた。
オレは、防戦一方になった。
その中で、オレは、ほんの一瞬のチャンスを伺っていた。
研究の結果、ミカの弱点は、唯一攻撃の際に、一瞬、それはほんのコンマ数秒の単位でだけ生じる防禦の隙のみであることが分かっていた。
オレに勝機があるとすれば、肉弾戦に持ち込んで、そのミカの一瞬の隙をつくほかない。
しかし、ミカの攻撃は非常に正確なため、その一瞬の隙をつくのが至難の業だ。
しかも、このミカの攻撃を寸前のところでかわしつつ攻撃をしかけるというのは、もはや神業の領域に入るかもしれない。
それでも、それしか勝機がない以上、オレに選択の余地はなかった。
そして、ミカのすさまじい連続攻撃を受ける中、その一瞬のチャンスが巡ってきた。
もうこれ以上はミカの連続攻撃を受けきれない、せめて剣があればと思ったその瞬間、オレのアバターの右手にほんの一瞬だけだが剣が出現した。
オレは既にスキルゲージを使い切っており、スキルゲージは全く残っていなかったはずであったが……。
この剣の突然の出現に狼狽えたミカは、冷静さを失い、強引にフィニッシュを決めようと、オレの頭部をめがけて、右足での回し蹴りと左足での後方回し蹴りの連続攻撃という大技をしかけてきた。
そして、その連続攻撃の合間に、ほんの一瞬だけ隙が生まれた。
オレは、ミカの右足での回し蹴りを、上体を右斜め後ろに反らしてギリギリのところで避けると、瞬発入れずに、右斜め前に倒れ込むようにして左足での後方回し蹴りをこれもギリギリで避けながら、その勢いを利用して着地したばかりのミカの右足の膝関節の裏側に右拳で正拳突きを放った。
ミカの左足での後方回し蹴りは、オレの後頭部をかすめ、アバターの髪の毛が何本か切れて飛んだが、オレの右拳の正拳突きは、左足での後方回し蹴りの軸足となったミカの右足の膝関節裏側にまともにヒットした。
ミカのHPゲージが四分の一ほど減少し、スクリーン中のミカのアバターは、オレに背を向けた状態で、右の膝を折って崩れ落ちた。
オレは、このチャンスを逃さず、ミカのアバターの頭部めがけて、渾身の力でとどめの左ストレートを放った。
(許せ、ミカ)
その瞬間、ミカのHPゲージはゼロになり、スクリーンに大きく「ハヤタ VICTORY!」の文字が映し出された。
観覧席からは、綾瀬ミカのファンのものと思われる女性の悲痛な叫び声がしたが、すぐに、それを打ち消すように、大歓声と拍手が鳴り響いた。




