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挑発

 次の土曜日の夕方、オレは、KAZ本部道場近くのビルに入っているファストフード店に、ヒロと一緒にいた。


 オレは、ファストフード店独特のコンスターチの匂いが苦手なので、この手の店には入ることは滅多にない。

 綾瀬ミカはKAZ本部道場での土曜日の練習後は必ず仲間と一緒に、このファストフード店に立ち寄るとのヒロのリサーチを信じての行動だった。



 オレがヒロと二人がけの席に向かい合って座り、お世辞にも美味しいとは言えないそのファストフード店のコーヒーをすすっていると、綾瀬ミカが店に入ってきた。


 都合の良いことに、今日の連れは一名。

 しかも、同い年くらいの女の子だ。

 二人とも手にKAZの道具―ゴーグルとヘッドセット―が入っているであろうと思われるケースを持っているので、KAZの練習帰りであることは間違いがない。


 ミカは、ミツキさんと同じようなシルバーのジュラルミン製ケースを、連れの女の子は、ピンク色の革製のケースをそれぞれ持っていた。

 二人は、店のカウンターで注文したパイとジュースをトレーに乗せて、オレたちが座っている席の斜め向かいにある四人がけの席に着ついた。


 店内には、少し大きめのBGMが流れているので、席が少し離れているだけでも、ミカらの会話は全く聞こえてこない。


 オレは、二人がパイを食べ終わったのを確認すると、席を立ち、正面から綾瀬ミカに歩み寄った。

 ミカは、近づいてくるオレの姿を認めると、少し面倒くさそうな表情をした。


 これだけの美形であれば、ナンパされることも多いのだろう。


 ショートカットの茶髪に、そのはっきりとした目鼻立ちをさらに引き立たせるような自然なメイクをしている。

 目は大きいが少し切れ長で、現役のモデルだと言われても、おそらく誰も疑いはしないだろう。

 しかも、全体的に引き締まった体つきで、肩や腕には無駄のない筋肉がついており、腹部の縊れが鍛えられた腹筋によるものであることが容易に分かった。

 データで見るよりも、実物はその何倍も美人だった。



 オレは、できるだけ丁寧な口調で、ミカに話しかけた。

「綾瀬ミカさんですか。お友達とご歓談中、お邪魔して申し訳ありません。実は、オレは最近KAZを始めたばかりなのですが、どうしても高校生チャンピオンであるあなたとお話しをさせていただきたくて。少しの時間で結構ですので、こちらに移動させていただいてもよろしいでしょうか。」


 ミカは、オレがあまりにも丁寧な言葉遣いで話しかけたので、これがナンパなのかどうかが分からず、少し戸惑っている様子だった。

 おそらく、これまでのナンパでは、もっと砕けた感じで話しかけられることが多かったのだろう。


 オレは、そのミカの戸惑いを見逃さず、畳みかけるように言葉を続けた。

「オレの師匠は、松村ミツキさんです。ご存知ですか?向こうに座っているのは、師匠の弟さんです。」


 少々卑怯だとは思いながらも、ここはミツキさんを最大限利用させてもらうことにした。

 しかも、都合良く、弟のヒロもいる。


「ミツキさんのお弟子さんですか。わかりました。いいわよね?」

 ミカは、連れの女の子に同意を求めた。連れの女の子も、ミツキさんの名前が出たからなのか、断れない様子で、首を縦に振った。


 オレは、ヒロの方を向いて、ヒロにこちらに来るよう手招きをした。

 ヒロは、すぐに二人分の飲みかけのコーヒーをトレーに乗せ、笑顔でこちらにやって来た。


 ミカがそれまで向かい合って座っていた連れの女の子の横に移動してくれたので、オレはミカの正面に、その横にヒロが座った。


「姫野ハヤタといいます。こちらは、松村ヒロシ。」

 オレは、自己紹介をした。


「この子は、山野シオリ。」

 ミカは、オレが自分の名前を知っていることは分かっていたので、連れの女の子の紹介だけをした。


「お二人ともKAZをされているの?」

 ミカが聞いてきた。


「いえ、やっているのはオレだけで、ヒロはやっていません。」


「まあ、ミツキさんの弟さんなのに、なさっていないのね。」

 ミカに言われて、ヒロは少しばつの悪そうな顔をした。


「ボクはスポーツは苦手なもので。その代わりと言ってはなんですが、このハヤタはスポーツ万能で、うちの姉貴も驚くほどKAZの上達が早いんですよ。」

 ヒロが、挽回にとばかりにしゃしゃり出た。


「上達が早いということは、姫野さんは、最近始められたのかしら?」

 都合良く、ミカの方から聞いてくれた。


「この前の六連休から始めたので、一ヶ月と少しになります。ニュースで、綾瀬さんを見て、綾瀬さんにあこがれて始めました。」

 ミカは、このオレの返事を聞いて、やはりナンパかもしれないと思ったのか、あからさまに嫌悪を感じたような表情をした。


 こうなれば、隠し立てをしても意味がない。

「綾瀬さんが、『自分より強い人としか付き合う気にはなれない』と言っていたインタビュー記事を見て、綾瀬さんより強くなって、綾瀬さんとお付き合いしたいと考え、KAZを始めました。ついては、突然で申し訳ないのですが、オレと勝負してもらえませんか?」


 オレは、綾瀬ミカには小細工は通用しないと思ったので、どストレートにアプローチをすることにした。


「始めてたった一ヶ月あまりの人が、ミカと勝負したいだって。あなた自分が何を言っているのか分かっているの?ミカは高校生チャンピオンなのよ。」

 連れのシオリが口を挟んできた。


「綾瀬さんが高校生チャンピオン、しかも世界チャンピオンなのは知っていますよ。その上での挑戦です。もし、オレが勝ったら、オレと付き合ってください。」

 オレは、ものともせずに続けた。


「だから、あなたとミカでは勝負にならないって言っているのよ。やるだけ時間の無駄だわ。ミカもう行きましょう。」

 オレのものともしない物言いにカチンときたのか、シオリがヒステリック気味に言った。


 しかし、ミカが席を立つ気配はなかった。

 ミカは、少し考え込んだあと、オレに質問してきた。

「当然、ミツキさんも、あなたが私に勝負を申し込むことを知っているのよね?」


「はい。そもそもミツキさんには、あなたに勝ちたいからと言って、レクチャーをお願いしていましたから。」


「それで、ミツキさんは、あなたに勝算があると言っておられるの?」


「勝算は五割はあると言ってもらっています。」


「この私を相手に五割……。しかも、始めて一ヶ月少しのあなたが……。信じられないわ。でも、あなた目を見ていると、嘘を言っているようには見えないし。」

 ミカは、驚いた様子で、そう言うと、その顔つきが変わった。

 それまでの笑顔がなくなり、次第に厳しい勝負師の顔になっていった。


「面白いわね。いいわ、勝負を受けてあげる。」

 意外に早く、欲しかった返事がミカから返ってきた。


「ミカ、やめておきなさいよ。初心者があなた相手に5割の勝算だなんて、ナンパするための口実に決まっているじゃない。」

 しつこく、連れのシオリが口を挟んできた。


「シオリ、いいのよ。ここのところ、手応えのある相手がいなくて、私も少し退屈していたところだったから。せっかくなので、ミツキさんのお弟子さんとやらの実力を見せてもらいましょうよ。」

 オレは、そのミカの言い方に少しカチンときたので、好戦的に言い返した。


「オレが勝ったら、本当にオレと付き合ってもらえるんですよね。」


「ええ、約束するわ。あくまで、あなたが勝ったらの話しですけど。ただ、私だけが約束をさせられるのは不公平だわ。逆に、私が勝ったら、あなたは私に何をしてくれるの?」

 ミカも負けじと好戦的に言い返してきた。こうなると、売り言葉に買い言葉だ。


「何でもしますよ。なんなら、生涯、あなたのしもべとして働かせてもらいましょうか。」


「面白いわね。じゃあ、そうしてちょうだい。あなたには死ぬまで私のしもべとして働いてもらうわ。」

 まるで、既に勝敗はついているとでも言いたいかのように、ミカは言ってきた。


「勝負の場所は、本部道場でいいですよね?日時は、こちらから連絡させていただきますので、連絡先を教えてもらえますか?」

 ミカは、なんの抵抗もなく、オレとメッセージアプリのIDを交換した。


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