実戦訓練
そして、レクチャー五日目、この日も、オレはミツキさんと、午前六時に北ブロックのモノレールの駅で待ち合わせていた。
オレが待ち合わせ時刻の十分前に着き、ミツキさんが五分前に着いたのも、それまでと同じだった。
その日までは晴れの日が続いていたが、この日はあいにくの曇り空で、かえって朝から少し蒸し暑かった。
それまでと違ったのは天気だけでなく、ミツキさんが手に、シルバーのジュラルミン製ケースを持っていたことだった。その大きさからして、オレが持ってきた黒革製のケースと同じように、その中味は、ゴーグルとヘッドセットが入っているに違いない。
「今日からは道場に行くわよ。」
この日からは、行き先が変わるということをミツキさんから聞かされた。
これまで四日間通った政府の施設には、KAZの道場、KAZを行う設備までは用意されていないらしい。
「私が通っている道場も、ここから近いのよ。付いてきて。」
そう言うと、ミツキさんは、これまでとは逆の方向に歩き始めた。
KAZの道場への道すがら、ミツキさんは、オレにその道場のことについて簡単に教えてくれた。
これから行こうとしている道場は、KAZの本部道場で、全国にあるKAZ道場の総本山的な役割を担っており、全門下生の管理もそこで行っているらしい。
建物は十階建てで、一階に事務局があり、二階から七階には練習場や競技場がいくつも設けられている。
八階から上は本部のオフィスになっている。
今日は、その五階にある競技場の一つを押さえてあり、そこで、実戦形式のトレーニングを行う予定をしているとのことであった。
ミツキさんは、このKAZの本部道場にもう十年以上通っており、既にインストラクターの資格を取得しているらしい。同じ道場に通う綾瀬ミカとは顔見知りであることを、ミツキさんから、このときに初めて教えられた。
本部道場の建物に着くと、ミツキさんは、建物に入ってすぐのところにある受付で、そこにいた女性と親しげに一言二言言葉を交わし、オレを伴って、エレベーターで五階に上がった。
本部道場の建物は、想像していた以上に立派で、曇り空の下にそびえ立っていた。
周辺にある政府関係の施設と比べても見劣りしない。
それどころか、その五角形のデザインは、過去に某国が国防総省の本庁舎として使っていた建物を彷彿とさせるデザインで、周囲の建物の中では一番目立つ存在となっている。
エレベーターが五階につくと、そのフロアーには、いくつもの練習場と競技場が設けられていた。
いずれも空調が行き届いているが、かすかに汗の乾いたような匂いが漂っていた。
ミツキさんは、その中の競技場の一つにオレを招き入れた。
中に入ると、正面に大型のスクリーンが設置されており、その手前の左右に二箇所、それぞれ三畳ほどの広さの競技スペースが設けられていた。
「まずは、セッティングをしましょう。」
ミツキさんは、そう言うと、オレを向かって右側の競技スペースに連れて行き、そこに用意してあった上下黒色の競技用スーツに着替え、持ってきた道具を装着するよう促した。
そして、オレが促されるままに、競技用スーツに着替えて、黒革製のケースから取り出したゴーグルとヘッドセットを装着すると、ミツキさんは、その競技スペースの右手前の隅角に置かれていた百五十センチほどの高さのある立方体の機械を操作し始めた。
薄い発汗素材の競技用スーツだけだと、じっとしていると少し肌寒い。
少しすると、正面のスクリーンに、オレのアバターが立体的に映し出された。
「ハヤタ、少し動いてみて。」
そのミツキさんの指示通りに、オレが正拳突きをやってみると、正面のスクリーンの中のオレのアバターも同じ動きをした。
「それじゃあ、今度は、頭の中で、自分が手に剣を持っているところを想像してみて。」
オレは、またミツキさんの指示どおりに、自分が右手に剣道の竹刀くらいの長さの剣を持っているところを想像してみた。
すると、正面のスクリーンの中のオレのアバターの右手に剣が現れた。
「じゃあ、剣道の竹刀を持っているつもりで素振りの動きをしてみて。」
オレは、ミツキさんに言われるままに、実際にはない竹刀を両手で持っているつもりで、面を打つ素振りをやってみた。
すると、正面のスクリーンの中のオレのアバターが、両手で持った剣で面を打つ動きをした。
「これで、勘のいいハヤタなら、だいたい分かったわよね。」
ミツキさんが、オレに確かめた。
オレは、何となく分かった気がしたので、「はい、大丈夫です。」と答えた。
「あとは、頭の中で、手に持った剣が消えるところを想像すれば、剣は消えるわ。槍や棒も同じ要領だからね。ちなみに、KAZで使用できる武器は、剣、槍、棒の三種類で、スローイングナイフや銃などのいわゆる飛び道具は使用できないことになっているから。」
オレが、聞きたいと思っていたことをミツキさんは説明してくれた。
「最後に、正面のスクリーンの中で、攻撃が相手にヒットすれば、相手にダメージを与えることができるようになっているわ。」
「スクリーン中のあなたのアバターの上に出ている緑色のHPゲージがゼロになればあなたの負けよ。」
「HPゲージの下にあるオレンジ色のゲージは、スキルゲージで、これがなくなるまでは剣、槍、棒といった武器が使えるほか、いくつかのスキルが使用できるわ。スキルについては、また今度説明することにするから、今日はとりあえずスキルなしで闘うことにしましょう。」
それだけ言うと、ミツキさんは、さっさとスクリーン左側の競技スペースに行ってしまった。
一人になったオレは、ミツキさんの準備ができるまのでの間に、色々と試してみた。
その結果、どうやら、出てくる剣、槍、棒は、あらかじめ長さや種類が決まっているようで、違った種類や長さのものを想像してみても、出てくるのは同じものだということが分かった。
あと、スクリーンの中のオレのアバターの動きは、実際のオレの身体の動きが忠実に再現されるようだが、前進、後退といったある程度距離のある空間内での動きについては、頭の中で想像した動きが反映されるようになっている。
「それじゃあ、早速、始めようか。」
この程度のことをオレが理解したところで、ミツキさんの声がして、正面のスクリーンに立体的なミツキさんのアバターが現れた。
「はい、師匠、お願いします。」
「本来なら、初心者とやるときは、HPゲージとスキルゲージの量にハンデをつけてやるのだけど、相手がハヤタなら、初めからハンデなしでいいわよね。それじゃ、いくわよ。」
ミツキさんは、オレの返事を聞こうともせずに、いきなりバトルを開始した。
スクリーン上に大きく「ミツキVSハヤタ」という文字が浮かび上がると、ほとんど間を置かずに「FIGHT!」という文字が映し出された。
と同時に、すごい勢いで、ミツキさんがオレに襲いかかってきた。
それから、お昼の休憩を挟んで午後五時ころまで、この実戦形式のレクチャーが続いた。
結局、この日、オレはミツキさんに、一勝もできなかった。
「まあ、はじめてなら、いくらハヤタとはいえ、こんなものよ。なんたって、私が相手なんだから。」
ミツキさんが、帰り道で慰めにもならないような言葉をオレにかけてきた。
それが少し自慢混じりに聞こえ、オレは、前から薄々感じていたことではあったが、ミツキさんが実はかなり大人げない人だということをそのとき悟った。




