消えない違和感
「……なあ圭太」
ギルドを出たあと、しばらく歩いたところで誠が口を開いた。
「……なんだ」
「さっきの席の話」
「……」
まだ引きずっているらしい。
「……やっぱ気になるか」
「当たり前だろ」
誠は即答した。
「“誰かいたのに思い出せない”とか気持ち悪すぎるだろ」
「……」
その通りだ。
「でな」
誠は続ける。
「さっき色んなやつに聞いたじゃん?」
「ああ」
「全員“最初からいない”って言った」
「……」
「でもよ」
誠は少しだけ声を落とす。
「一人だけ、変なやつがいた」
「……?」
「覚えてねえって言いながらさ」
誠は眉をひそめる。
「“あれ?なんか違う気がする”って言ってた」
「……!」
足が止まりそうになる。
「……誰だ」
「知らねえ」
誠は首を振る。
「顔は覚えてるけど名前が出てこねえ」
「……」
それだけで分かる。
「……始まってるな」
「は?」
誠が聞き返す。
「完全に消えてるわけじゃねえ」
俺は言う。
「でも、ズレが残ってる」
「……」
誠は黙った。
⸻
「なあ」
誠がまた口を開く。
「これってさ」
「……なんだ」
「ギルドだけの話か?」
「……」
その一言で、嫌な予感が走る。
「……見てくるか」
「だな」
俺たちは街の中へ足を向けた。
⸻
ハーデルの街は相変わらず賑わっていた。
行商人、冒険者、一般の住人。
様々な人が行き交っている。
「……」
だが――
「……なんか変だな」
誠も同じことを感じているらしい。
「……ああ」
俺は周囲を見渡す。
「……数が合わねえ」
「数?」
誠が聞く。
「ああ」
「人はいる」
俺は言う。
「でも……密度が薄い」
「……」
誠も辺りを見回す。
「……言われてみれば」
「だろ」
感覚的な違和感。
だが確実にある。
⸻
その時だった。
「おい、お前ら」
後ろから声がした。
振り向く。
そこには――
「……メレブー?」
森で会った行商人だ。
「おやおや、こんなところでまたお会いするとは」
いつもの作り笑顔。
「……」
俺は少し警戒する。
「あんた、なんでここにいるんだ」
誠が聞く。
「行商人ですのでねぇ」
肩をすくめる。
「どこにでも現れますよ」
「……そうかよ」
誠は軽く流す。
だが俺は――
「……なあ」
メレブーに聞く。
「この街、なんか変じゃないか?」
「変?」
メレブーは首を傾げる。
「いえいえ、いつも通りですよ?」
「……」
やっぱりだ。
「本当にか?」
少しだけ強く聞く。
「ええ」
にこやかに答える。
「何も変わっていませんとも」
「……」
その笑顔が、妙に引っかかる。
⸻
「なあ圭太」
誠が小声で言う。
「こいつ……」
「ああ」
分かっている。
「……なんか知ってるな」
その時だった。
「……おや?」
メレブーがふと周囲を見た。
「どうかしましたか?」
誠が聞く。
「いえ……」
少しだけ笑顔が崩れる。
「今、誰かいたような……」
「……!」
俺と誠の視線が合う。
「どこだ?」
俺は聞く。
「……あれ?」
メレブーは首を傾げる。
「気のせい……ですかねぇ」
「……」
完全に同じだ。
「……さっきの席と同じだな」
誠が小さく言う。
「ああ」
今、確実に――
「……何かが消えた」
だが、誰も気づかない。
⸻
「それでは私はこれで」
メレブーは軽く頭を下げる。
「またどこかでお会いしましょう」
そう言って去っていく。
「……なあ」
誠が言う。
「さっきの見たか?」
「ああ」
「今、確実に“誰かいた”よな」
「……ああ」
間違いない。
「……でも、もう分からねえ」
「……」
それが一番怖い。
⸻
「圭太」
誠が真面目な顔で言う。
「これ、止めねえとやばい」
「……」
分かっている。
「……でもよ」
誠が続ける。
「止め方が分かんねえ」
「……」
その通りだ。
「……思い出すのをやめるか」
誠が言う。
「……」
一瞬、考える。
だが――
「……無理だな」
首を振る。
「もう止まらねえ」
「……だろうな」
誠は苦笑する。
「お前そういう顔してるわ」
「……」
自覚はある。
⸻
その時だった。
『……けい……た……』
また声が響く。
「……っ」
今度はさっきより近い。
「……来やがったな」
誠が低く言う。
「……ああ」
俺は目を閉じる。
「……行くしかねえか」
「……大丈夫か?」
「分からねえ」
正直に答える。
「でも」
目を開ける。
「行かないと、もっと消える」
「……」
誠は少しだけ考えてから、
「……分かった」
と頷いた。
「今回は俺も起きてる」
「……ああ」
少しだけ安心する。
⸻
街の喧騒の中で。
俺たちは立ち止まる。
「……なあ圭太」
誠が言う。
「なんだ」
「次、消えるの……」
そこで言葉を止める。
「……」
分かっている。
「……ああ」
俺は小さく答える。
「分かってる」
もう、これは偶然じゃない。
白の向こう側にある世界が――
確実に現実を侵食している。
そして次に消えるのは。
「……」
俺たちのすぐ近くかもしれない。




