第九話 返還済み
物をなくすことが、続いた。
ワイヤレスイヤホンのケース。会社のカードキー。リップクリーム。家の鍵につけていた、小さな木のキーホルダー。
一つなくすたびに、自分が嫌になった。注意しているつもりだった。鞄の中身を毎朝確かめて、ポケットに物を入れないようにして、席を立つときは振り返るようにした。それでも、なくした。気づくと、ない。
一つなくすたびに、ハガキが届いた。
『遺失物返還のお知らせ 下記物件について、返還が完了しましたのでお知らせいたします 返還先:同居のご家族』
イヤホンケース。カードキー。リップクリーム。キーホルダー。
ハガキは、いつも私がなくしたと気づいた日の、二、三日後に届いた。なくした場所の近くの警察署や、駅の名前が書いてあった。
「また来てる」
私は、ハガキを修に見せた。修は、ちらりと見て言った。
「ああ、それなら玄関にあるじゃん」
「玄関?」
「トレイのとこ。お前、自分で置いてたじゃん」
玄関の靴箱の上には、小さな木のトレイがある。鍵や、出かけるときに忘れたくない物を置いておく場所だ。
見に行くと、そこに、全部あった。
イヤホンケース。カードキー。リップクリーム。木のキーホルダーのついた家の鍵。
左から順に、きれいに並んでいた。大きさの順に、間隔をそろえて。
「……私、取りに行ってない」
「行ったんだろ。じゃなきゃ、ここにないし」
修は、台所から顔を出して言った。
「最近ほんと、ぼんやりしてるな。疲れてるんだよ」
責める声ではなかった。心配している声だった。修は、やかんに水を入れて、火にかけた。
「お茶いれる。座ってな」
私はソファに座った。修がいれてくれたほうじ茶は、熱くて、少し濃かった。湯呑みを両手で包むと、指先から温かさがしみてきた。
ぼんやりしているのだ、と思った。疲れているのだ。仕事が忙しくて、忘れ物が続いて、取りに行ったことまで忘れている。そういうことは、ある。人間は、そういうものだ。
修が隣に座って、テレビをつけた。バラエティ番組の笑い声が、部屋に広がった。
私は、玄関のほうを見た。
トレイの上の物は、大きさの順に並んでいた。
私は、物を並べない。トレイには、いつも放り込むだけだ。鍵の上にリップが乗って、その上にレシートが乗る。修に「せめて重ねるな」と言われても、直らなかった。
今、トレイの上の物は、まっすぐに並んでいた。
私以外の誰かなら、そう並べる。
お茶が、少しだけ冷めた。




