第五話 ハガキ
日曜の朝、修とパン屋まで歩いた。
家から十分ほどの、住宅街の角にある小さな店だ。九時に開いて、昼前には棚が空になる。私たちは月に一、二度、ここまで歩いて、クロワッサンとバゲットを買う。帰り道に公園のベンチで、バゲットの端をちぎって食べる。行儀が悪いのはわかっているけれど、焼きたての端は、その場で食べないともったいない。
「来年さ」と修が言った。「どこか行こうか。少し遠く」
「遠くって」
「北のほう。寒いところ。透子、寒いところ苦手だっけ」
「苦手。でも、行きたい」
「どっちだよ」
修が笑い、私も笑った。風が冷たくて、パンが温かかった。こういう朝のために、平日を我慢しているのだと思った。
帰ると、ポストにハガキが一枚入っていた。
差出人は、隣の駅の警察署だった。
『遺失物返還のお知らせ 受理番号 ○○○○-○○○○ 下記物件について、ご本人様への返還が完了しましたのでお知らせいたします』
品名の欄には、『手帳(黒)』とあった。
「なにそれ」と修が言った。
「わかんない。手帳、なくしてないし」
「間違いだろ」
修は私の手からハガキを取って、半分に破り、玄関の資源ごみの袋に入れた。
「こういうの、たまにあるんだよ。名前が似てる人とか」
「似てる人、いるかな。三木透子」
「いるだろ、日本中探せば」
そうかもしれない。そう思って、私は台所でパンを切った。
昼過ぎ、修が昼寝を始めたあとで、私は資源ごみの袋から破れたハガキを取り出した。
なぜそうしたのか、自分でもわからなかった。捨てられたものを拾い直すのは、なんだか後ろめたかった。二枚になったハガキを、テーブルの上で合わせた。破れ目がぴたりと合った。台所の引き出しからセロテープを出して、裏から貼った。
受理番号は、スマホのときとは違っていた。
品名、手帳(黒)。
私は鞄を開けた。黒い手帳は、ちゃんとそこにあった。仕事用の、表紙に名前を書いていない、どこにでも売っている手帳。
息を吐いた。あるじゃないか。
開いて、ぱらぱらとめくった。来週の会議。歯医者の予約。母の誕生日に丸。どれも私の字だった。私の予定だった。
しおりの紐が、再来週のページに挟まっていた。
私は、紐をいつも今週のページに挟む。毎週月曜の朝、電車の中で、紐を一週分進める。それが小さな習慣だった。
今日は、日曜だ。紐は、今週のページにあるはずだった。
再来週のページには、まだ何も書かれていなかった。
私は紐を今週のページに戻した。
戻してから、もう一度、再来週のページを開いた。何も書かれていないそのページを、しばらく眺めた。
誰かが、ここから先を使うつもりだったみたいだった。




